怪異5.Alternative Facts1-チョコバットの悪夢-
怪異。UFOキャッチャーのチョコバット、クマよけの鈴、左手の傷、そして――高く笑う声。
このすべてがつながったとき、
Alternative Facts(もう一つの真実)
が浮かび上がる。
六月七日、午前四時半。H県A市某公園、ある男の水死体が発見される。その遺体には目立った外傷はなく、身元もすぐに判明したことから事故死あるいは自殺として「表向き」には捜査が進められていた。
黄色と黒の規制線が貼られた現場には人だかりができており、日ごろ刺激の少ない住民たちの耳目を集める。
いくらかの報道機関もカメラを回しながらその周囲を嗅ぎ回りセンセーショナルに扱うが、一週間も経てばその関心は日々の暮らしに溶けていくように忘れられる。
これもそんな日常に埋もれていく些末な事故のはずだった――
「ホトケさんはあれか?」
「こちらです」
H県警A署捜査一課警部補の山中幸彦は規制線の外側の泥濘んだ地面をスニーカーで歩く。小さな泥を上げながら、ため池のベンチ近くに置かれたブルーシートを見る。山中は少し目線をあげる。現場検証をしている池の木の柵が朽ちて、崩落していた。
おおかた酩酊状態の男が酔いを覚ますために、水辺を歩いていたところ足を滑らせ、そのまま転落して水死したのが所見とみられると無線で山中は聞いていた。
夜が明け始めた頃であるが、梅雨の薄曇りは太陽を遮り極わずかな光だけをもたらす。
規制線を少しだけくぐり、人のかたちに凹凸のある物体を見下ろす。昔、百円で買った数珠を手にし、屈んで合掌する。山中のルーチン。遺体と対面する前の彼なりのささやかな儀式。宗教や思想の壁を彼は持たないが、死者に対するせめてもの手向けであった。遠い鈴の音がしていた。
「山中さん、この件、上から指示出てるんですけど……その……」
部下の服部哲也は視線をそらし言い淀む。
「なんや? 指示?」
「いえ。ご遺体が……」
「ホトケさんがどないしてん?」
山中は訝しみつつも、青いビニールシートをめくりあげた。
「……これは確かに、外には出せんな」
その遺体の両手には片手サイズのぬいぐるみが握りしめられていた。
しかし、それをはるかに超える異常。
口は大きく高笑いするように開いていたが、空洞ではなく黒い。チョコバットがあふれんばかりに詰め込まれている。
シートをめくった際にいくらかチョコバットも落ち、溶けることなくその準チョコレート菓子はただ転がる。
「鑑識はなんて?」
「死因はおそらく溺死。十年前の模倣犯ですかね……」
この奇妙な死体を服部も山中も知っていた。
「……わからん。もしくは本人か。いずれかやな」
チョコバット連続殺人事件――
およそ十年前に世間を震撼させた事件。あまりにも衝撃的な事件ゆえ、チョコバットの売れ行きが一時期著しく低迷したほどだ。
「お前も覚えとるか?」
「ええ……新人の頃でしたけど、あんなご遺体は尋常ちゃいますよ」
H県A市でその遺体は見つかった。ほぼ今回と似た状況であり、唯一違ったのは左手に裂傷があり縫合しているか、いないかだけだった。
「呪いや何や言うオカルトじみた奴もおったけど、あれは人の仕業や。のこのこと尻尾見せよったわけや」
「今度こそ……捕まえましょう」
二人の刑事は静かに決意あらたにチョコバットをくわえた遺体を見つめた。
――これから起こるさらなる惨劇を彼らはまだ知らない。
Alternative Facts1-チョコバットの悪夢-
いかがだったでしょうか。
数話に一度、今までの怪異たちがもたらしたキーワードがヒントとなる事件を紐解いていきます。
それは狂気的な殺人者なのか、それとも人知を超えた何かなのか――
ぜひ、その「代替の真実」を目に焼き付けてください。
※1.「自転車の魔法使い」も毎週金曜日20時に更新しています、引き続きよろしくお願いします。
※2.「鉄火、錆を削ぐ」一部完結済みです。第二部(完結編)は2026年7月中旬から再開予定です。




