怪異16.支援なき戦い
諸般の事情により、今回はフィクション多めです。
猟銃の管理ってすごく面倒です。銃本体と弾丸は別々で保管し、施錠する必要があります。そのうえに、確か施錠したロッカーなどが取り外せないようにしないといけなかったはずです。まあ、当たり前と言えば当たり前なのですが。
これから、とある男性の話をしようと思う。これは半ば私の手記に近い。
私たちの勤める業界では特定の資格がいる。
自動車の運転をするのと何らかわりない。要は運転免許のようなものである。
ただ、運転免許よりも少し……というかだいぶ煩雑な手続きや試験、そして身体検査なども必要であり条件によってはそもそもその資格を得ることができない者たちも一定数存在している。
彼は「資格」を持っている。
いわば選ばれた男の中の男。エリート中のエリートというわけだ。
今ではある課のリーダーを務め、かつてデバッグの亡霊と呼ばれた過去を微塵も思い出させるようなこともない岩岡だ。伊達や酔狂で大学院を卒業していない。
これは彼の支援なき戦いの話である。私はこの話を聞いて胸が熱くなった。どうか、この手記を読む後世の人々にもその熱意を私は伝えたい――
ある日の午後。
私、久坂部は保全課の同僚と取引先の方々を交えた二ヶ月に一度の定例会議を行なっていた。いつもの調子で会議は進む。そして会議も終盤に差し掛かったころ、松山課長の携帯電話が鳴り彼は部屋を出ながらその電話に応じていた。
進行を務めていた私はそのまま議事を続け、松山課長が部屋を出ていくのを横目で見る。この時の私は、この会議の後にさらに長時間拘束されることになるとは知る由もなかった。
定時少し前に会議が終わり、私はノートパソコンをかかえながら執務室にある自分のデスクへと戻る。戻り際に近くのブースで何名かの課長と部長クラス、そして安全担当が何かを話し合っていた。
「なんかえらい物々しいなあ。なんやろ」
「さあなあ。OIBさんが相変わらず火種ちゃう?」
同期で同じ保全課の橋下と会話しながら私はOIBと聞いて、ああ。なるほどと一人納得をしつつノートパソコンに外部出力用のHDMIケーブルを差し込む。
OIB。大井部長のことだ。毎朝早くから鼻毛を抜いてはデスクに並べ、ディスプレイしつつ写真を撮るという謎のルーチンワークをもつ部長だ。企画部の長であるが、珍妙な癖を持つためかほとんどの社員から煙たがられている。正論を言うこともあるものの、やり方が好まれないタイプの人間だ。
「ああ、大井さんか。ほな仕方ないな」
私もまたくだらないことで、またくだらない時間を使うのだなあと呆れていた。
画面にはウィンドウズの待機画面が現れ、生体認証が促される。アニメ「カードキャプターさくら」の一分の一サイズのケロちゃんフィギュアの当選メールに返信を急がなくては。
「おーい、久坂部。ちょっと来てくれるか?」
「はーい、何すか?」
ログインが完了する前に私はブースでのミーティングが終わったと思われる霜江部長から手招きをされた。
「何すか?」
「はぁ〜、俺疲れたわ」
「いや、それだけじゃ、何も分からンすよ」
私は霜江部長の隣にある丸椅子に掛けながら足を組む。これはプライベートの愚痴というよりは仕事の愚痴だな。ケロちゃんのためにパソコンですぐにでも返信したいが、社用スマホでその返信を手短に済ますことを決意する。
「なあ、警備業務あるやん? あれの支援装置ってお前、使ったことある?」
警備業務の支援装置。警備業務にあっては必須の装置のことだ。
「ありますけど。それが何か?」
「それの保管方法ってお前知ってる?」
「もちろん知ってますよ。施錠できるところに保管して毎日、所在確認でしょ? 猟銃より楽な管理方法ですね」
この支援装置はいわゆる簡易無線局に該当し、取り扱うにはそもそも陸上特殊無線技士の資格が必要になる。そして、大前提となるこの警備業務には特定の社内認定資格が必要となっているのだが、霜江部長はこの社内認定資格を身体的な理由で取得できないのだ。そのため、この支援装置の取り扱いなどはもともと知らないのだった。
「支援装置がどないしたんですか?」
「やってくれましたわ。岩ちゃんですわ、岩ちゃん」
「岩ちゃん? ああ、岩岡さんすか 何をやらかしたんすか?」
「なんかその装置仕事で使うからって、一週間ほど自分のカバンに入れっぱなしやったらしい」
それは確かによくない。が、待てよ。
「え? って言うか、ウチ今、支援装置ないでしょ?」
そもそもウチの事業所は警備業務に就く数が少ないからという理由で、リスクのある無線機自体を廃棄したはずだ。それなのになぜ?
私は急ぎでしたかったケロちゃん当選メールの返信を忘れてその話に時間を割いていた。
「いや、今回それが必要で他所から借りたらしいねん」
「それなら理由は分かりますけど、なんで部課長でわざわざ集まってモメてるんです?」
「アホ。俺かてモメたないねん……で、問題は大井部長が岩岡が他所から支援装置を借りたっていうのを聞いて、管理方法について聞こうとしたら、アイツ非番でおらんかってんな」
「はあ。まあ夜間作業やってたら非番なりますわな」
「そう。ほんで、大井部長と腰巾着のペロの助が岩岡のカバンを調べて出てきたんや」
当然のことではないのか。
「こっからや、本題は」
「こっからですか?」
「当たり前やろ。普通の人間同士ならモメるかいな」
もったいぶらずにとっとと説明してほしいものだ。再び霜江部長は大げさにため息をはく。
「アイツが出社してきて、支援装置がない! ない! って騒ぎ出してな。ほんで、大井部長が抜き出したって」
「ほんで、アイツ思っくそ大井部長に強気でいってな。カバン漁るなんてやめてください! 人として最低ですね! とか抜かしよってん」
その話を聞く限りどっちもどっちに思える。無論、不在の人間のカバンを漁るのは確かに倫理的に問題がある。
一方で有資格者であり、それの保管方法についてもルールを知っていなければならないはずの人間である岩岡も問題である。
「それ話し込んでたんですか?」
くだらねえ。という言葉を出しはしないが、如実に私の表情には出ただろう。
「お互いさまで痛み分けでええんちゃいますか?」
「そんな話で終わるわけないやろ……今から緊急ミーティングや。有資格者全員集めてな」
パッと時計の針を見る。既に定時を過ぎていた。トイレも行きたい。
「え? 今からすか?」
こうしてミッドナイトミーティングが始まるのであった。これは岩岡が今世紀史上最も熱くなったことであるかもしれない。
聞いた話によれば大井部長に詰め寄ったあと、鼻息荒く溜飲を下した男気溢れる顔だったとのことだ。
ちなみに私はこのミッドナイトミーティングにより、「カードキャプターさくら」の限定ケロちゃんフィギュアの当選返信メールを危うく返しそびれたことは言うまでもない。
皆さんの会社にもこんな人はいますか?これは私が知り合いから聞いた話です。
ぜひ読者の皆さんも会社であった怖い話や面白い話を教えてください。
勝手に想像を膨らませ、ホラー、コメディ、シリアス…お好みの短編にしてみます。
ぜひ、よろしくお願いします。
※1.「自転車の魔法使い」も毎週金曜日20時に更新しています、引き続きよろしくお願いします。
※2.「鉄火、錆を削ぐ」(じゆうに大賞応募作)一部完結済みです。第二部(完結編)は2026年7月15日から再開いたしました。こちらは毎週水曜日更新予定です。あわせてご覧ください。




