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第90話 お弁当

なんだかんだ、問題はありながらも学院生活は続いていく。


「痛~。手加減してってば」


スティーブが涙目になって文句を言う。槍での攻撃は突きが主体だ。今までは片方が突き、受ける方はそれを払う練習をしていた。

そして今回、相手が突いてきた槍をかわしながら持ち手を攻撃する受け技を習ったので、その練習中だ。

槍の先端にはクッションが付いているので、当たってもそれほど痛くないのだが、クッション部分以外が当たるとかなり痛い。


クッション部分が刃の想定なので、柄を持ち手に当てた俺の失敗だ。本当に申し訳ない。


「ごめんごめん。次は交代な」


今度は俺が突く。フェイントも混ぜながらスティーブの胸部に一突き。スティーブはそれを躱しながら俺の手を狙うが、その前に俺の槍がスティーブの胸に当たる。


「痛~。なんであたしばっかり」


攻撃を意識するばっかりに、躱すのが遅いんだって。


「リュカはいい感じだな。スティーブは攻撃を引きつけるのも大事だが、相手の槍を躱せなければ意味がないぞ」


ホーク先生のもっともな指摘。


「うぅ~。じゃあ、交代ね」


涙ぐんでいる。今度はちゃんとクッション部分で攻撃してあげなければ。


次はスティーブが攻撃する番だ。スティーブもフェイントを混ぜるが、フェイントと本物の差が大きいんだよな。


バシッ。


「痛、痛、嫌」


違う単語が混じってるぞ。また柄がスティーブの手に当たってしまった。意外と難しいんだよな、これ。かわいそうだから、腫れ上がった手を癒しの手で治してあげた。


     ◇


数学の授業。数学はまだ前世のアドバンテージがある。つまり、昼寝タイムだ。


“ガバッ”


気配察知に違和感を覚え、飛び起きる。先生がちょうど振り向くところだった。この先生は板書が多く、黒板の方を向いていることが多いから良いが、歴史の先生は教室を歩き回りながら説明するタイプだ。


これは眠れない。


仕方がないので、歴史の授業では魔法発動の練習をしている。教室内での魔法発動は阻害されているが、頑張れば少しだけ魔力を動かせる。歴史の時間は直径三ミリの水球を作ったりして遊んでいる。


「では、四人の班を作ってください」


なんか、グループ課題をやるらしい。生徒は四十人だから十グループか。


「スティーブ、一緒にどうだ?」

「いいよ」


見回すと、派閥でまとまりつつある。ダイアナは男性三人と逆ハーレム班を作っている。ルートヴィヒ王子も、ちゃんと取り巻きと共にグループができているようだな。あ、ジェニファーが浮いてるな。


「ジェニファー、一緒にやろうよ」

「ありがとう」


さて、あと一人か。


必ず一人余るから、そいつを入れればいいか。いや、三人グループが四つできるかもしれないな。


そんなこともなく、四人グループが九つできた。


余ったのはミツアだ。


「ミツアさん、そこのグループに入ってください」


のそのそと近づくミツア。


やる気がなさそうである。


     ◇


課題は王国成立後五十年までの歴史を調べてまとめるというものだ。


「さすがに教科書に載ってることをまとめるだけのわけないわよね」


これはジェニファー。そりゃそうだ。


「図書館とかで調べるんじゃないかな」


これはスティーブ。図書館は学院内にあるが、王都の図書館もある。王都の図書館は申請が必要だ。


「王都の図書館に申請書を出して、申請が通るまで学院の図書館で調べものって感じかな。申請書は俺が出しておくよ」


王都の図書館は行ってみたかったんだ。それに、授業を大っぴらに抜け出せる。


「じゃあ、王都の図書館に行ってくるね」


合法的に歴史の授業を抜け出せた。なんか、ミツアがついてきている。


「あれ? ミツアも一緒?」


「あとの二人が学院の図書館で調べものらしい。アタシは外にいる方がまだマシだからな」


それもそうだね。


「ミツアはなんで学院に入ったの?」

「族長に入れと言われた」

「ミツアはなんの種族なの?」

「ラーテルだ」


ラーテル?知らないぞ。


「だからあまり言わないんだ」


知らない、って顔をしていたらしかめっ面で言われてしまった。


     ◇


図書館はかなり立派な建物だった。受付から見る限り、蔵書は多そうだ。ヴァルクレインには本屋すらなかったからな、さすが王都。図書館では申請書をもらうだけだ。ミツアは外で待っていた。中に入る気はなさそうだ。


なんで来たんだ?授業を抜け出すためだったな。俺も似たようなもんだ。あとは理由書とか保証人とか。


まぁ、あとで記入しよう。


歴史の先生に、理由書に添付する証明書――まぁ、こんな課題を出しましたよと書いてある書類だ――と保証人のサインをもらう。


「保証金が一人当たり一万ギル必要なんだけど、どうする?」


皆、パスした。


保証金、戻って来るんだけどな。


     ◇


次の日の昼休み。皆が食堂に行こうとしたときに揉め事が始まった。


「ダイアナさん、教科書に字を書き込むのはあまり感心しませんよ」


この世界、本に書き込むことは推奨されない。数十年前まで、本は全て写本でひどく値段が高く、貴族の持ち物だった。高くて貴重な写本にいたずら書きなどされてはたまらない、ということでできたマナーだろう。

活版印刷が広まった現在でも、本に書き込みをしないというのはほとんどの貴族が共有する価値観だ。


「でも、これは私が購入した本ですし、なんで書き込みしちゃ駄目なんですか?」

「そういうところが非常識と言っているのです。あと、非常識と言えば、婚約者がいる男性に色目を使うのも非常識です」

「そんな、私、色目なんて使ってません!」

「あなたが誑かした男性の婚約者から相談を受けているんです」

「ピスタ君のこと? 彼はユリさんとの関係で悩んでいて、相談に乗ってあげているだけです」


相談女の男版か?相談系って高確率で浮気につながるぞ。


     ◇


「ダイアナはいるか?」


そこにヘインケル様が現れた。いや、これ以上面倒なことは無しにして欲しいんだが。腹が減ってるから、とっとと食堂に行きたいんです。


「ヘインケル様!」


ダイアナが何やら包みを持ってヘインケル様に駆け寄る。


「早起きしてお弁当、作ってきました!」


あれ、お弁当なんだ。大きいな。


「まだ私が話してる最中ですよ」


手を伸ばすアレクシア。だが、彼女の手はダイアナが抱えていた弁当の包みに当たる。


落下する弁当箱。飛び散るサンドイッチ。


「そ、そんな」


呆然とするダイアナ。早起きしたって言ってたしな。


「ち、違うの」


アレクシア自身も驚いている。


「何をするんだ、アレクシア!」


そして、怒鳴るヘインケル様。ダイアナは我に返ると、教室から駆け出した。アレクシアとダイアナの双方を見て迷っていたヘインケル様だが、ダイアナを追うことにしたようだ。彼も教室を出ていく。


立ち尽くすアレクシア。


それを取り巻きが慰める。


「今のはダイアナが悪かったと思いますよ。アレクシア様と話している最中に、いきなり会話を打ち切るなんて」

「そもそも、ヘインケル様にお弁当を作ってくるなんて、何様のつもりなんでしょう?」


     ◇


そして、サンドイッチを拾う俺。いや、全部が床に散らばったわけじゃないからね。地面に着いてないものの方が多いくらいだ。お、この唐揚げは美味そうだな。

俺につられたのか、スティーブが床に落ちたサンドイッチを片づけ始める。


「なんか、凄いことになってきたね」

「ちょっと見物してくるわ」


弁当箱の蓋を閉め、残りの片づけをスティーブに任せてダイアナが去った方へ向かう。しばらく探すと、庭園でしゃがみこんでいるダイアナと、その横に突っ立っているヘインケル様を見つけた。


そこは肩を抱いて慰める場面じゃないかな?


そう思い、近づくべきか悩んでいたところ、いつもヘインケル様にひっついていた男子学生が声をかけてくる。


「行ってあげてください。王子、意外とヘタレなんであそこから進まないと思います。本人もどうしていいかわからず、困ってるんですよ、あれ」


今の発言、ちょっと不敬じゃないかな?


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