第87話 出会い
翌日も中央軍事務局で事務作業だ。幸いなことに、窓口業務は暇だ。出納係も寝ている。
午後三時半に窓口を閉めた時点で待ちはゼロ人。
「リュカ、もう帰っていいぞ。戸締りはこっちでやっておく」
会計係の人が早上がりして良いと言ってくれる。
ありがたい。
さて、せっかくの早上がりだ、買い物に行こうかな。まずは服屋だ。もう入荷しているはずだし、来週も今の格好で学院に行ったら、またアレクシアに嫌味を言われてしまう。
「こちらになります」
なんか、超派手なのが多いな。あまり派手なのは好みではない。並んでいる中で、地味な服を何着か買う。生地の質は良いし、縫い目も精細だ。悪いものではない。
服を買った後、商店街に行き、石鹸や菓子などを買う。
そうだな。ついでに石鹸作成のための油でも見てみよう。
王都は獣油と植物油の差が、ヴァルクレインほどではなかった。オーク油とか、意外と高く売っている。オーク油はねっとりした白色のペーストで、意外と匂いが薄い。一方、ボア系の油は一言でいうとラードだな。完全に固体で匂いが強い。
植物油も様々な種類があるが、あまり香りが強いのは嫌だな。ゴマ油石鹸とか、需要がないだろう。香りと値段を見ながら、ひまわり油っぽいのと、獣油の中でも安いヤツを購入する。
獣油の方は半固体で、ちょっと嫌な臭いがする。
「これ、なんの油なんですか?」
「それはファットゴブリンっていう、東のダンジョンで出るゴブリン種の油さ。初級冒険者がよく取ってくるんだ」
よりによってゴブリンか。
ジェニファー用だな。
◇
夜は娼館に行ってみる。
「リュカ、来てくれたのね」
「久しぶり、っていっても一週間くらいか。元気にしてた?」
「うん、体調も悪くないよ」
良かった。ベネットも元気そうだ。買ってきたお菓子を一緒に食べながら近況を聞く。
「そろそろ仕事に戻ろうかなと思って。しこりも目立たなくなったし、チェリーも仕事始めたっていうし」
いや、それはやばいんじゃないか?梅毒は感染初期、特に一年以内が他者にうつす確率が高い。だが、彼女たちも日々、食べていかなければならない。止めることはできないだろう。
発症した女性がどうなるか、今度イエヴァに聞いてみよう。
「じゃあ、怪我人がいたら治療するよ」
ワンダーとアジェーダで怪我人を治療する。
それほどの人数はいないな。
軍で一日に治療していた人数を一週間で治療している感じだ。
レベルアップに七倍の時間がかかってしまうことになる。
王都の他のスラムも回ってみようか。
その日はワンダーに泊まった。
◇
「朝帰り」
翌朝、寮に戻るとスティーブにジト目で見られた。いや、こっそり壁を越えるより外泊しちゃう方が楽だし。
「王都に知り合いがいないわけじゃないんだ」
元娼館に泊まってるなんて言ったらどう思われることやら。そういえば、エレノアは王都にいるのかな。一度、ヴァルテンブルク伯爵の屋敷に挨拶に行った方がいいのかもしれない。
その前に手紙だな。
◇
午前中の授業が無事に終わり、昼休み。
今度はアレクシア、ダイアナに絡んでいた。
「学院では身分の差に関して寛容ではあります。ですが、さすがに王家の者を君づけや、侯爵家の者を呼び捨てというのは目に余ります。それに、そのように足を丸出しにした格好は品性を疑われますわよ」
別に前世でのミニスカやホットパンツといういで立ちではない。膝上十センチくらいかな。貴族淑女はそんな格好はしないが、平民女性ではときどき見る格好だ。
「それに、あなたも少し臭いますわよ」
これは取り巻き三の発言だ。
「そ、そんな」
「なんか、酸っぱいチーズみたいな嫌な臭いね」
これは取り巻き五。
「いい加減にしないか」
ここで王子が昼食から戻ってきた。ナイスタイミング。
「ルートヴィヒ王子、学院には保つべき風紀というものがあります。学院の学生が、夜、通りに立つ女性のように見られても良いというのですか?」
娼婦さんたちはもっときわどい格好をしているぞ。
そんなことを考えていると、教室のドアが開き、誰かが入ってきた。
◇
「アレクシア、いるか?」
「ヘインケル様!」
アレクシアは振り向くと、ヘインケル様とやらの方に走り寄る。走るというより、速歩きだな。淑女は走ったらいけないのだろう。
ただ、方向が悪かった。
ヘインケル様とやらとアレクシアの間にはダイアナがいた。
アレクシアはダイアナを押しのけるようにしてヘインケル様とやらの方に向かうが、ダイアナはそれによってバランスを崩し、派手に後ろ向きに倒れる。
それに構わず進むアレクシア。
「ヘインケル様、御機嫌よう。今日もお会いできて嬉しゅうございます」
見事なカーテシー。
だが、目前の相手はアレクシアを見ていない。彼は倒れたダイアナへ向かい、手を差し伸べる。
「大丈夫だったか? 怪我は?」
「あ、はい。大丈夫です」
ダイアナは手を取り、立ち上がらせてもらう。
「そうか。一応、学院の治療士に見てもらおう」
手を繋いだまま見つめあう二人。
◇
「ヘインケル、何をしに来た」
そこに、横から声をかけるルートヴィヒ王子。
知り合いか?
そして、蚊帳の外のアレクシア。
「あの、ヘインケル様?」
声をかけるが、アレクシアは無視されている。ちょっと哀れに思えてきた。
「自分がいるクラスさえまとめることができないのか。お前は相変わらずの愚図だな。まぁ、良い。今はせいぜい学友と戯れておけ。さぁ、治療士の元に行こうか」
ダイアナと共に去っていった。なんなんだ?
取り残されるアレクシア。
「ヘインケル様って、第一王子じゃん。知らないのか?」
アスース君が教えてくれた。第一王子の名前は知っていたが、同一人物とは思わなかった。
あれ?
「なんで学院の三年生に?」
第一王子ってもっと年上じゃなかったっけ?
◇
「もう八年前か。東に魔王の可能性がある魔物が現れたという報告があった。この情報は軍の一部と王家にしか報告されなかった。元々、発見したのが王家が放っていた斥候だったからな」
近くにいたルートヴィヒ王子が語り出した。
「ヤツは学院三年次の今頃の時期、父に進言して軍を起こし、東の戦線に参入した。正規の軍は動かせなかったため、各地の貴族から軍を集め、特別遠征隊が組まれた」
母が参加した作戦だな。
「たぶん魔王だったのだろう。魔物は組織だって戦っていた。一方、アンドリューはうまく軍をまとめることができず、結果は惨敗。謹慎となった。廃嫡の話もあったが一部貴族の後押しもあり、今年から謹慎が解け復学した」
何年年上だよ。学院に戻らなくても良かっただろうに。
「最初は学友を中心とした部隊から始めたと聞く。学院在学中に軍を起こし、学友と共に戦果をあげる。カリスマを示すのにこれ以上の偉業はないだろう」
いや、他にもっとあると思うよ。成績トップとか、研究室に配属されているんだから、大きな研究成果をあげるとか。でも、これらはカリスマ性は示してないな。
運動会を優勝に導くとか?運動会って、この世界にあるのか?
「俺はもっとうまくやる。ヤツのように失敗はせん」
やめておいたほうがいいと思うぞ。
その後、午後の授業が始まった。
ダイアナ、戻ってこなかったな。




