表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/52

第8話 姉という生き物

二歳半になった。


体はだいぶ安定した。

走れる。転ばない。言葉もかなり通じる。


だが、火魔法も土魔法も、まだ習得には至っていない。

もう一歩という感じはするのだが、なかなか壁が厚い。


それとも、やっぱり適性は二種類までなのか?


父は数日前、砦へ向かった。


「魔物が活性化しているらしい」


そう言い残し、騎馬で出ていった。

鎧の音が、まだ耳に残っている。


そのせいで、レオン兄は森禁止である。


「勉強が全くできないのも問題だ。引き算くらいできるようになっておけ」


父の言葉で、レオン兄は机に縛りつけられていた。


……いや、もうすぐ十二歳で引き算ができないのは、たしかにだいぶ致命的では?


だが、机に向かう姿はどう見ても勉強中の顔ではない。

紙に書いているのは、どう見ても剣の絵だ。


大丈夫か、ヴァルクレイン家。


裏庭、花壇の前にエレノア姉がいた。

白い花を指先で撫でている。横顔は、完全に十四歳の少女だ。


「綺麗ね」


「きれい」


隣に立つ。


「ねえ、リュカ」


自然に話しかけてくる。


エレノア姉は、なぜか俺を幼児として扱わない。

赤ちゃん言葉は使わない。頭も撫でるが、子供扱いの撫で方ではない。普通に会話する。同年代みたいに。


理由は知らない。

だが、ありがたい。


「教会に行かないかって、昔ちょっと誘われたのよ」


へえ。


「神聖力が母様並みだって」


なるほど。

それは納得だ。


「でも断ったわ」


即答だった。


「いやよ。女が恋愛に全力じゃなくてどうするの」


はい、そうですか。


そこから始まる乙女トーク。


未来の夫。

優しい人がいい。

でも強くて、家族を大事にしてくれて。

できれば背が高くて。

できれば顔も整っていて。


……婚約まだだよね?

顔合わせすらしてないよね?


夢だけはフルスペックである。


「え? 回復術の生活魔法版?」


話題を変える。

乙女トークを聞き続けるのは、二歳児には荷が重い。いや中身は大人だが、それでもつらい。


「あるわよ。『癒しの手』」


さらりと言う。


「もちろん使えるわよ。前に使ってあげたじゃない」


以前の額流血事件のときか。


エレノア姉は、俺を“赤ん坊扱い”しない。

なら、正攻法でいってみるか。


「癒しの手、おしえて」


一瞬、エレノア姉の目が細くなる。

笑っている。でも、同時に何かを測ってもいる。


「いいわよ」


軽い。

軽すぎる。


そして。

「じゃあ、このナイフで軽く傷をつけて」


……待て。


二歳半児にその提案は普通しない。

しかも笑顔で。

そして、何故ナイフを持ち歩いている?


だが俺も、ためらわない。


指先を、ほんの少しだけ、す、と切る。

痛い。血がにじむ。


「じゃあ、私と手をつないで」


左手を握る。温かい。

右手を傷口にかざす。


「癒しの手」


柔らかな光。

あのときと同じだ。


魔法力が、わずかに動く。

だが、それだけではない。


もっと澄んだ流れ。

魔法力とは違うもの。


そして、傷が閉じる。

痛みが消える。


「しんせいりょく?」


思わず言葉が出た。


エレノア姉は頷く。


「そうよ」


当然のように。


「リュカは神聖力が強いみたいだし、きっとすぐできるわ」


笑顔でそう言って、先ほどのナイフを俺に渡してくる。


「もう一回やってみましょう」


え?


ちょっと待て。

倫理観どこいった?


     ◇


本当に、一週間でできた。


「癒しの手」


最初は温かくなるだけ。

次に血が止まる。

三日目で浅い傷が塞がる。

七日目で、完全再現。


エレノア姉は、静かに俺の指を見ていた。


「……もう切らなくていいわね」


少しだけ。

本当に少しだけ、不満そうだった。


なぜ?


姉という生き物は、時々よくわからない。


ただ、そのおかげで光球の生活魔法も教えてもらえた。

回復だけでなく、神聖系にも生活魔法枠があるらしい。


数か月後。


火が、出た。


本当に小さな種火だ。

指先に、ぽ、と灯る程度。


生活魔法ではあるが、ついに火魔法を発動できた。


火、水、風。


三種類目である。


魔法使いはせいぜい二種適性、と言ったのは確かアルドリック兄だったはずだ。

(これ、将来……)


魔法使いになったら、

「なに、三種類だと……?」

とか言われるやつでは?


いや、その前に巫女レベル40にならなくては。


現在レベル17。

まだ半分にも届いていない。


ちなみに、レベル10になったときに「治癒」スキルが解放された。

だが、必要スキルポイントが10で、所持スキルポイントは5。


取れないやつである。


惜しい。

すごく惜しい。

でも取れないものは取れない。


     ◇


父が戻ってきた。


鎧に土埃。

目の下に薄い影。


「西の砦は落ち着いた」


短い報告。

だが、声には少し疲れがにじんでいた。


セシリア母がそっと肩に触れる。


「二週間後、王都に行くぞ」


レオン兄が駆け寄る。


「俺も一緒に!」


「引き算はできるようになったのか?」


即座に切られる。


沈黙。


レオン兄、視線を逸らす。

父の眉がぴくりと動く。


「机に向かって落書きをしているだけでは、算術はできるようにならん」


正論である。


ヴァルクレイン家の将来、数学方面が心配だ。

いや、どちらかというと、アルドリック兄が魔法使いになってから、レオン兄への“勉強もしろ”圧が強くなった気もする。


そして二週間後。


父、セシリア母、アルドリック兄、エレノア姉、そしてレオン兄が、王都へ向けて出発した。


そう。


なんとレオン兄は、引き算をマスターしたのだ。


父、最初からこれを狙っていたな?


ただ、せめて掛け算くらいできないと、ヴァルクレイン家の将来はまだ保証されない気がする。


ちなみにこの二週間、俺はアルドリック兄にせがんで、ファイヤーボールを限界まで見せてもらっていた。


主要メンバーがごっそり消えた。


父。

セシリア母。

アルドリック兄。

エレノア姉。

レオン兄。

さらにメイド二人。


屋敷は少し静かに――


ならなかった。


むしろ、騒がしい。


理由はひとつ。


マリベルである。


「構え! そこ甘い!」


ばしっ、と乾いた音。


カスパルの肩に木剣が当たる。


「いったぁ!」


「当たらないように動きなさい!」


理屈は正しい。

だが、指導法が武闘派すぎる。


カスパルは最近、マリベルの足音を聞くと逃げるようになった。

完全に獲物と捕食者の関係である。


そして当然、次の標的は俺だ。


「リュカ! こっち!」


嫌な予感しかしない。


さすがに三歳児(もうすぐ三歳)を棒で叩くことはない。

だが――


「まずは型よ!」


木の短剣を握らされる。


「こう! 足はこう!」


無理ですって。


根本スペックが違いすぎる。


それでも、マリベルは真剣だ。


「強くならないとダメよ!」


何に備えているのか。

魔王か。


将来の嫁入り先か。


俺は木剣を振る。


ふらふら。


「遅い!」

無茶を言うな。


ユリウス兄はうまく逃げた。

アルドリック兄の個室を与えられ、本と静寂に囲まれている。


本当に賢い。


     ◇


さて、セシリア母。


実はこの家でいちばん忙しかった人間である。


父が不在の間も、


•代官との面会

•商会との交渉

•教会からの援助要請への対応

•他領の客の応対

•書類仕事


をこなしていた。

父は署名係である。

決裁権は父、実務はセシリア母。


さらに婦人会。

社交、情報収集、縁談、派閥。


政治は完全にセシリアラインだった。


一方、フリーデガルト母はというと、


•兵の訓練を見る

•武器庫の管理

•戦闘方面の取りまとめ


が中心で、社交にはほぼ関与しない。


つまり今、ギルベルトとセシリアが不在の屋敷では、全業務がフリーデガルト母に集中しているわけだ。


そりゃ、詰む。


「昔の冒険者仲間に応援を頼んだ。もうすぐ来る」


冒険者、いるんだ。


でも、冒険者に何をさせるんです?


     ◇


一週間後、その冒険者は意外と早く着いた。


思っていたより若い。

二十代後半くらいの女性だ。濃い青髪を後ろで束ね、軽装のローブに革のベルト。腰には細身の剣。背は高くないが、立ち姿が妙に安定している。


そして開口一番。


「あんた、バカ?」


某有名アニメの台詞か?


「私が領地の行政を手伝えるわけないでしょ? 代官と面談してくれ? そんなのヴァルクレインの人間じゃなきゃ駄目に決まってるでしょ。あんた、貴族家に嫁いだのにまだ脳みその中、筋肉のままなの?」


酷い言われようである。


フリーデガルト母が、珍しくたじろぐ。


「小麦の適正な値段なんてわからん」


「全国の小麦の出来と自領の小麦の質、去年の価格、南部の冬小麦の値段、商人が最初に言ってきた値段、そこからだいたいわかるでしょ!」


フリーデガルト母、たじたじである。


そこへメイドが手紙を持って入ってきた。


「セシリア様から手紙です」


開封して読んだフリーデガルト母が、ほっとした顔をする。


セシリア母、この状況をちゃんと予想していたらしい。


それにしても。


……この家、執事みたいな存在はいないのかね?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ