第7話 長男の進路
その夜、俺はアルドリック兄の部屋を訪ねた。
ちなみに、個室持ちなのはアルドリック兄とエレノア姉だけである。
さすが長男長女。部屋数にも序列があるらしい。
「どうした、リュカ」
俺は椅子の脚につかまりながら見上げる。
「まほう、みたい」
アルドリック兄は、わずかに笑った。
「今はやめておこう。夜だ。火球を出して家具を燃やしたら、さすがに怒られる」
……たしかに。
「明日の朝、庭で見せてやる」
それから少し間があって、アルドリック兄はぽつりと言った。
「来年から、王都の学院に通うことになった」
王立アウレリア学院。
名前からして頭が良さそうである。少なくとも筋肉で殴る系の学校名ではない。
「魔法使いはな、事務系でもある程度は重宝される。計算もできるし、理屈も通る。だから本当は――官僚を目指したい」
官僚。
ちょっと意外だった。
魔法使いと聞くと、もっとこう、ローブを着て塔にこもるか、戦場で火球を飛ばすか、そういう方向を想像していた。
だが、アルドリック兄は続ける。
「うちは軍や騎士団には融通が利く。だが官僚系の伝手は皆無だ。王都の政治は、別の家系が握っている」
ローゼンフェルトは武家。
ヴァルクレインも武門。
「軍部にも事務方はいるんだが、そっちも別の家系だしな。嫡男指名は……まあ、期待しない方がいい」
さらりと言う。
闘気力も神聖力も中途半端。
武門としては物足りない。嫡男候補筆頭は、誰が見てもレオン兄なのだろう。
だが頭脳担当も、普通に必要では?
俺がそう思っても、この家の評価軸はそこではないらしい。
アルドリック兄は俺を見る。
「明日の朝、ちゃんと魔法使いの魔法を見せてやる。生活魔法とは違うぞ」
俺はうなずいた。
「エミリアとクラリッサ、家出た。魔法つかえる、マルタだけ」
俺がそう言うと、アルドリック兄は軽く笑って、
「もう一人いるぞ」
と言った。
結局、その“もう一人”が誰なのかは教えてくれなかった。
引っ張るなあ。
◇
翌朝、約束通り庭に出た。
アルドリック兄はすでに立っている。
杖も詠唱書もない。早朝だけに寒い。息が白い。
「よく見てろ」
短く言って、片手を前に出す。
その瞬間、魔法力の流れがはっきりと見えた。
空気が収束する。
一点に集まる。
圧縮される。
そして。
ぼっ、と音を立てて、赤い球が生まれた。
火だ。
だが、マルタの竈の火とは違う。
もっと密度が高くて、危険で、いかにも「当たったら痛いです」では済まなそうな火である。
「ファイヤーボール」
低く唱えると、火球は三メートル先の的へ飛んだ。
――爆ぜた。
的の表面が焦げ、乾いた破裂音が庭に響く。
おお。
ちゃんと攻撃魔法だ。生活魔法とは迫力が違う。これは子供が憧れる。俺も憧れる。
……と思った次の瞬間。
アルドリック兄が、その場に倒れた。
あ、これ。
「祈り」で魔法力を全使用したときの俺と同じやつだ。
さすがに二歳児の体では、アルドリック兄を部屋まで運べない。
俺は仕方なく、その場で待機した。
しばらくして、ようやくアルドリック兄が目を開けた。
「ファイヤーボール一発で魔法力欠乏か……これは魔法力増強系のスキルを取るか。でも、本当は事務系で重宝されるスキルを取りたいんだがな……」
ぶつぶつ言っている。
現実的である。夢の攻撃魔法の直後にスキル構成の話を始めるあたり、かなり現実派だ。
ふと俺と目が合うと、アルドリック兄は軽く笑った。
「格好悪くてすまないな」
いや、撃ったあと倒れるのはだいぶ格好悪いが、ファイヤーボール自体は普通に格好よかった。
総合評価としてはまだプラスである。
その後、アルドリック兄は魔法のことをいろいろ教えてくれた。
魔法は火、水、風、土の四種類があること。
魔法使いは、自分に適性のある攻撃魔法を取得し、だいたい二種類程度しか扱えないこと。
適性は、使える生活魔法である程度わかること。
となると、俺は水と風か。
……火も使えたら、この寒い季節かなり重宝するんだが。
「庭師のコンラートは土の生活魔法が使えるんだぜ」
庭師!
そういえば、いたな。
いつも地面の近くにいるせいで、背景と一体化していた。
◇
庭師の名は、コンラート・ヘッセル。
年は四十前後だろうか。
背は高くないが横に広い。日に焼けた肌。節くれ立った手。無口。
この屋敷でいちばん“地面に近い”男である。
アルドリック兄のファイヤーボール事件の翌日、俺は庭へ突撃した。
俺はすでに水と風の生活魔法を使える。
だから適性は水と風っぽい。
だが、それは今、そこまで重要ではない。
魔法のない世界から転生した身としては、とにかく見てみたいのだ。
ついでに魔力の動きも感じてみたい。
実は今朝もアルドリック兄にファイヤーボールをねだったのだが、普通に断られた。
ファイヤーボールを撃つと半日ほど何もできなくなるらしい。
昼寝すればいいのに。
庭の隅。
コンラートは黙々と畝を整えていた。
「こんらーと」
呼んでみる。
反応なし。
「こんらーと」
二回目で、ちらりと視線だけが降りてくる。
「……坊ちゃん」
低い。
低すぎる。
怖いわけではない。だが、とっつきにくい。
マルタのような包容力はない。エミリアのような柔らかさもない。
完全に職人である。
さて、どうする。
「だっこ」
とりあえず、いつもの手を使う。
だが、無言。
視線が「なぜだ」と言っている。
そうだよな。
土まみれの手で貴族の二歳児を抱くのは、だいぶハードルが高い。
失敗。
次の手だ。
俺は彼のズボンを引っ張る。
「うえ」
指をさす。上。
コンラートは一瞬考えた。
「……肩車、ですか」
通じた。
天才か俺。
彼は手袋を外し、手を払って土を軽く落とす。
そして、ひょい、と俺を持ち上げた。
視界が跳ね上がる。
高い。これはいい。
「落ちないように掴んでいてください」
密着成功。
これで準備は整った。
「まほー、みせて」
短く言う。
コンラートは小さく息を吐いた。
「……少しだけですよ」
その瞬間、彼から魔力の動きを感じた。
違和感がある。
火のように跳ねない。
風のように巡らない。
水のように満ちない。
重い。
地面の奥で、何かが“軋む”。
魔法力が下へ落ちる。
沈む。
押し込まれる。
そして。
俺の足元――いや、コンラートの足元で、土がゆっくりと盛り上がった。
音はほとんどない。
ぐ、と。
粘土のように。
だが滑らかに。
畝が、まっすぐ整う。
「これで終わりです」
土の盛り上がりが止まる。
コンラートは俺を地面に下ろし、何事もなかったように元の作業へ戻った。
放置される二歳児。
だが、魔力の動きは確かに感じられた。
使えるかどうかは別問題だ。
だが、同じ魔力の動きができるかは試してみる価値がある。
水。
風。
火。
土。
これで四属性、全部見た。
……いや、俺の適性はたぶん水と風なんだが。
でも、見たら試したくなるだろう。
人間だもの。いや異世界二歳児だけど。




