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第9話 八年前の戦場

この家が、子爵家なのに執事を置いていない理由を、俺はずっと知らなかった。

その夜。


フリーデガルト母が連れてきた冒険者――クラウディアと、フリーデガルト母は酒を交わしていた。

夜の応接間。酒の匂い。暖炉の火が揺れている。


二人は珍しく、静かに話していた。


そして俺は、部屋の隅の椅子に座って、普通に聞いていた。


フリーデガルト母は、子供に聞かせる話かそうでないかを、あまり気にするたちではない。


「……あのときの損耗は、今でも尾を引いてる」


クラウディアが低く言う。

フリーデガルト母は答えない。


「スタンピード。あれは災害だった」


スタンピード。


その言葉は、以前から何度か聞いたことがある。

だが、詳しくは知らなかった。


「ヴァルクレインは、あの時まだ男爵家だった」


フリーデガルト母が口を開く。

声は平坦だ。


「西の森が崩れた。魔物が雪崩みたいに出た」


森が崩れる。

どうやら、生態系の均衡が壊れた、ということらしい。


「最初はゴブリンの群れだった。次にオーク。最後は――」


言葉が止まる。


「トロールだった。しかも二体」


クラウディアが代わりに言った。


話しぶりだけで、トロール二体というのが大災害だとわかる。

たぶん、こっちの世界では“二体しか”ではなく“二体も”なのだ。


「スタンピードにいちばん近かったブラウン男爵家は三日で落ちた」


「ハインツ男爵家も、その翌日」


両家とも、当主と嫡男が戦死。

生き残ったのは、幼い娘と老母だけ。


重い。


「ギルベルトは最後まで退かなかった」


フリーデガルト母の声に、わずかに熱が混じる。


「城門前で、トロールを止めた。斬り倒したんだ。二体とも」


空気が、少しだけ変わる。


あの大きな父は、スタンピードの英雄だったらしい。


「だが」


フリーデガルト母の声が低くなる。


「その代償は大きかった」


執事。

名は、オットー・クラウゼ。


先代から仕え、家計、兵站、交渉、すべてを回していた男。


「最後の防衛線で、オットーはトロールに斬られた」


クラウディアが言う。


「退くよう命じられても、退かなかった」


「二対一では、さすがにギルベルトでも無理だ。誰かが一体を引きつけねばならなかった」


フリーデガルト母の拳が、わずかに強く握られる。


「結果、私は大きな傷を負い、オットーは両断された」


沈黙。


暖炉の火が、ぱち、と鳴る。


俺は、この家になぜ執事がいないのかを、初めて理解した。


単に置いていないのではない。

置けなかったのだ。


「戦後処理は、まだ続いている」


クラウディアが言う。


「領地は増えた。だが、人材は減った」


ブラウン領、ハインツ領を併合。

ヴァルクレインは子爵へ昇格。


だが、その裏では、


•税制の再構築

•兵の再編

•孤児の保護

•荒れた農地の復旧


といった問題が一気に降りかかった。


スタンピード前まで男爵家だったヴァルクレインに、単独で対処できる量ではない。

「だからローゼンフェルトが手を貸した」


フリーデガルト母が静かに言う。


「エミリアとクラリッサを戻したのは、戦後処理は終わったと判断されたってことだ」

なるほど。


あれは“厚意”ではなく、“再建支援”だったのか。

寄り親としての責任。そういうことらしい。


「コンラートも、あの戦いで終わった」


クラウディアが言う。


庭師コンラート。

元は隣領の兵士長。スタンピードで重傷を負い、前線を退いた。かなり名の知れた兵士だったらしい。


「セシリアがいなければ、私は死んでいた」


フリーデガルト母の声が、わずかに柔らぐ。


深手を負ったフリーデガルト母を救ったのも、セシリア母だった。


「セシリアは美しかった」


フリーデガルト母が、頬を少し赤くしながら言う。


恋する乙女の顔である。


え?


そっち?


     ◇


朝の空気は冷たい。


この地方はあまり雪が降らないらしいが、王都は今、雪で白く染まっているという。

そんな話をしてくれているのはクラウディアだ。


元子爵家の五女。

今は冒険者。


しかも、水魔法使い。


「五女なんてのは、子爵家でも庶民の娘とあまり変わらないのよ。せいぜい領内の有力な農家に嫁に出されるくらいね。好きでもない男の子供を産むなんて、まっぴらごめんってことで冒険者になったの。水魔法は得意だったしね」


と、俺に剣の指導をしていたマリベルに語っている。


当然、こんな話を三歳児に向けてしているわけではない。

だが三歳児はすぐ横で普通に聞いている。


「もし将来、冒険者を目指すなら、そっちの子に剣を教えるより、魔法使いになってもらうほうが便利よ。特に水魔法使い」


マリベルに何を吹き込んでるんですか?


「水魔法使いがいれば、荷物は減らせるし、体も清潔に保てるわ。姉弟なら、水浴びのときに変な目で見てくることもないし」


見ますって。


「うーん、その役はユリウスかな」


何故に?


だが、この会話の流れはチャンスでもある。


「みずまほう、みせて」


クラウディアは少し驚いた顔をしたが、すぐに空中へ水球を浮かべた。


クラリッサのそれとは、明らかに違う。


量が多い。

圧がある。


水は丸い球のまま浮かび、ゆっくりと回転している。

(……速い)


魔法力の流れが、はっきり見える。


水は“満ちる”だけではない。

中心へ向かって引き締まり、同時に外へ押し広げる、二重の流れになっている。


「水刃」


次の瞬間、水球が細く伸びた。


鞭のようにしなり、庭の端の藁束を、すぱん、と切り裂く。


静寂。


散らばる藁。


俺は固まった。


あれ、水魔法ってそういうこともできるの?


「……あの藁束、これから厩舎に持っていくために束ねてたんだが」


フリーデガルト母がぼそりと呟いた。


その後、俺はマリベルと一緒に掃除させられた。


理不尽である。

いや見せてもらった側だから共犯か?


     ◇


クラウディアは「手伝えることはないから帰る」と言いつつ、結局二週間ほど滞在した。

ありがたい。


何度か見せてくれた水魔法もそうだが、マリベルが懐いたのが大きい。

おかげで、俺を追い回す回数がずいぶん減った。


父たちは、まだ帰ってこない。

セシリア母からの手紙によると、縁談がうまく進んでいるため、王都滞在が長引いているらしい。


その文を読んだフリーデガルト母の顔が、見事に引きつっていた。


気持ちはわかる。

今の屋敷、だいぶ綱渡りだ。


しばらくして、レベルがようやく二十になった。


新たに出たスキルは「予知」。

必要スキルポイントは五。


ちょうど取れる。


……しかし、先に出ていた「治癒」がポイント不足で取れなかった件は、まだ納得していない。

スキルポイントの実でも落ちていないものか。


とりあえず「予知」は取ってみた。


だが、試しても何も起きない。

魔法力も減らない。


現在のステータスはこんな感じだ。


【ステータス】

名前:リュカ・フォン・ヴァルクレイン

年齢:3

職業:巫女

レベル:20

力:7

速さ:19

体力:12

魔法力:95

神聖力:148

闘気力:3

知性:124

スキル:

・祈り

・老化軽減 0%

・予知

スキルポイント:0


……スキルがしょぼすぎる。


祈りは全魔法力を吸い取るだけ。

老化軽減は0%。

予知は何も起きない。


あれ?


俺、俺強ぇー系の転生生活を目指してるんだけど。


なんで現状、便利かどうかも怪しい巫女見習いみたいなことになってるんだ?


     ◇


父たち一行が王都へ向かってから八か月。


ようやく帰ってきた。


だが、面子がずいぶん違う。


アルドリック兄は、アウレリア学院の宿舎へ。

エレノア姉は、アーデルハイト家で花嫁修業中。


ちなみにレオン兄も、王都滞在中はアーデルハイト家で貴族としての礼儀作法を叩き込まれてきたらしい。


ヴァルクレイン家では、そういう貴族作法をまともに教えられるのがアルドリック兄とエレノア姉くらいしかいなかったのだろう。

これ、嫡男コース確定では?


レオン兄は、礼儀作法だけでなく、騎士団を見学したり、迷宮探索をしたりもさせてもらったらしい。


これ、真面目に修行させるための餌だな。


それにしても迷宮。

ファンタジー感が一気に増した。


レオン兄のレベルは二十八まで上がっていた。

実は、家の近くの森ではもうレベルが上がりにくくなっていたらしい。


さらに、アーデルハイト家には「スキル大全」なる本があったそうで、レベル三十や四十で取る予定のスキルについて、興奮気味にしゃべっていた。


それ。

今、俺に絶対必要な本だ。


ちなみにレオン兄は、戦士以外の職のスキルは一切見ていないとのこと。


役立たずめ。


あと、メイドが二人と、執事候補が一人追加されていた。


まあ、うちみたいな田舎で探すより、王都のほうが人材は豊富だよね。


そして、いちばん大きな変化がセシリア母だった。


なんと、お腹が大きい。


……え?


王都では忙しかったんじゃなかったのか。

何、やることはやってるの。


どうやら、あと三か月ほどらしい。


「領地のこと、もうしばらくお願いね」


その言葉に、フリーデガルト母の顔が盛大に引きつっていた。


その後は、執事候補やメイドの紹介があったり、わちゃわちゃしていた。


ちなみに、執事候補もメイドたちも、生活魔法は使えないらしい。


うーん。

そこは少し残念である。


父は二週間ほど滞在したら、また西の砦へ向かうらしい。


スタンピードの話を聞いたあとなら、なぜ父が西の森をそこまで警戒しているのか、よくわかる。


「レオンも連れて行く。もうここらの森ではレベルアップできないからな。それまでに掛け算をマスターしておけ」


九九が終わらなかったら、西の森行きはなくなるらしい。


レオン兄、今度は掛け算である。


……頑張れ。

ヴァルクレイン家の未来は、意外と算数にかかっている。


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