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第10話 隣の領に到着

レオン兄は結局、西の森に行けなかった。


七の段で撃沈したらしい。


5×7と7×5は同じなんだよ、と教えてあげたい。

だが、四歳前の子供がそんなことを言い出したら怪しすぎるので何も言わない。


……まあ、ユリウス兄なら普通にわかっていそうだが。


そのユリウス兄は十一歳になったが、まだ天啓の儀はやらないらしい。

理由は簡単。神官を呼ぶ金がないからだ。


王都滞在で、そこそこ散財したらしい。

エレノア姉の衣装とかもあるしな。


まあ、これは仕方ない。

結納金が入るのはまだ先だろうし。


だが、これに納得いかない人がいる。


マリベル十三歳である。


神官を呼ぶ金も、王都に行く金もない。

そこでセシリア母が出産で忙しくなる前に、フリーデガルト母とマリベル、カスパルは実家へ帰ることになったらしい。


「リュカ、行くわよ」


マリベルさん。

俺は、あんたの爺さんが苦手なんだが。


連れて行くべきはレオン兄だろう。

そもそも、俺はこの領の街にすら降りたことがない。


「ふむ、それも良いかもしれないな。春も近づいてきている。この時期のローゼンフェルト領は美しいぞ」


フリーデガルト母までそんなことを言う。


えー。


     ◇


ヴァルクレイン領都。


領主の館は領都の端にあるので、中心部までは馬車で十分ほどかかる。

市場はあるが品揃えは少ない。商人の声も控えめだ。人はいるが、活気は薄い。


交易地ではない。

迷宮もない。

だから、金が回りにくい。


なるほど。

住んではいたが、ちゃんと見たのはこれが初めてだ。


領境を越えると、空気が変わった。


街道が広い。

往来が多い。

荷馬車が列を作っている。


そして見えてくる、エーベルシュタイン領都。隣の領の領都である。

明らかに、うちとは規模が違う。


城壁が高い。

門番は整然としている。

市場は賑やかだ。


武具屋。

魔道具屋。

薬屋。

宿屋。


そして――


冒険者ギルドの看板。


剣と盾を組み合わせた紋章。

支部、というやつだろうか。


ファンタジー濃度が一気に上がる。


「寄っていくぞ」


やっぱりそうなるか。


     ◇


ギルドの中は、酒と革と鉄の匂いがした。


入った瞬間、視線が一斉に向く。

いかにも“外の世界の大人”という感じの顔が並んでいる。荒事慣れした空気だ。


奥から声がする。


「久しぶりだな、フリー」


ギルドマスターっぽい男が出てきた。

片目に古傷。片腕は義手。


いかにもギルドマスターである。


「まだ生きてたか」


フリーデガルト母も、挨拶が荒い。

なにやら雑談が始まった。


暇なので、俺はあたりをきょろきょろ見回す。


冒険者ギルドものによくある受付や買取カウンターは、こちらではなく別の入口側らしい。一応つながってはいるが、半分空間が分かれている感じだ。


そちらを見ると、いかにも冒険者という男たちだけでなく、小さな子供まで依頼ボードっぽいものを眺めている。


へえ。

子供でも使うのか。


「おう、冒険者ギルドに登録すっか?」


いかにも冗談っぽく言ってきたのは、そのギルドマスターだ。

ここは薄ら笑いでスルーしておこう。


――と思ったのに。


「登録するわ!」


マリベル。


少し驚いた顔をしたギルドマスターは、大笑いしながら言った。


「三人で銀貨三枚な!」


とフリーデガルト母に手を出す。


三人?


俺も?


また巻き込まれた、と渋い顔をしていると、同じように巻き込まれ感を出しているカスパルと目が合った。お前もか。


フリーデガルト母は、やや渋い顔をしながらも銀貨三枚を渡した。


その後、隣にいたギルドのお姉さんが手続きをしてくれた。


ギルド登録は本来八歳かららしい。

だが、カスパルはあと数か月でその年齢になるので登録できたらしい。


二人ともHランク。


俺は、Iランク。


特殊事情――たとえば孤児で、どうしても日銭を稼がなければならない子供などが登録されるランクらしい。孤児はそもそも正確な年齢がわからないことも多いので、そのへんはかなり適当らしい。


なるほど。

ファンタジー世界も案外雑だ。


ちなみに、SランクやSSランクみたいなものは存在しないらしい。


「Iの次があったとしてもJでしょ。Sなんて、赤ん坊以前になっちゃうわよ」


受付のお姉さんがそう言っていた。


納得。


「さあ、依頼を受けるわよ!」


とマリベルは言うが、さすがにフリーデガルト母も止めるだろう。


……と思ったら。


「良いぞ。ただし、ランク内の依頼だけだぞ」


え?


うそ?


これは俺たちも駆り出される流れでは?


俺とカスパルは顔を見合わせた。


     ◇


翌朝早く、マリベルに叩き起こされた。


そして当然のように、俺とカスパルはギルドへ連行された。


こちとら貧弱な巫女なんだが。


まずは受付でパーティー登録。

過半数がHランクなので、Hランクまでの依頼が受けられるらしい。


いきなり討伐とか言われても困るぞ、と思っていたが、その心配はすぐ消えた。


依頼ボードを見ると、Hランクの仕事は、


•老人の手伝い

•粉ひき

•側溝の清掃


など。


Iランクに至っては、小物の運搬依頼が少しある程度だ。祭りの時期には整理券配りや客寄せなどもあるらしい。


なるほど。

フリーデガルト母があっさり許可を出したわけだ。


「行くわよ!」


いや、せめて何の依頼を受けるのかくらい教えてくださいよ。


結局この日は、街路清掃の依頼を受けることになった。


そして意外なことに、マリベルは真面目に働いた。

いや、意外ではないか。こいつ、元気と勢いだけで動いているように見えて、こういうときはちゃんと最後までやる。


終わるとギルドで小銭を受け取る。

そのまま、その金で俺とカスパルに屋台の串焼きをおごってくれた。


こういうところは姉御肌なんだよなあ。


結局、一週間ほどギルドで雑多な依頼を受けた。

討伐がないならすぐ飽きるかと思っていたが、これは少し意外だった。


街を歩く。

人を見る。

金を受け取る。


それだけでも、俺にとっては初めてのことばかりだ。

案外、面白い。


     ◇


一週間ほど、ギルド経由で街中の雑用をしている中で、俺は頭に獣耳、尻に尻尾が生えている人物に遭遇した。


そう、獣人である。


ただし、おっさん獣人だったので、特にときめくものはなかった。


だが、カスパルは違った。


「お姉ちゃん、あれ。変なのがいる。耳と尻尾が!」


よそ様を「変なの」呼ばわりしてはいけません。


「獣人ね」


マリベルが答えると同時に、その獣人はこちらをぎろりと睨んだ。

「おい。変なの、とはなんだ」


むっちゃ凄んでくる。


そりゃ怒るよね。


マリベルは一歩前へ出る。

カスパルは姉の後ろへ隠れる。


やべ、出遅れた。


……まあ、カスパルが言ったことだし、俺は関係ないよね、で済ませたいところだが、たぶん済まない。


「おら、おめぇらだ。俺のこと、なんつった」


大股で詰め寄ってくる。


おっさんを睨む姉。

そしてカスパルは――お漏らししていた。


いや、マリベル姉。


そもそも悪いのはこっちなのに、何故そんなに強気で睨む。

これは第三者のふりをして割って入ったほうがいいかもしれない。トラブルを起こして外出禁止、は面倒だ。


「あ、ごめんなさい。悪気はなかったんだと思います。住んでるところには、獣人さんがあまりいなくて」


ぎろり、とこちらを睨む。


だが、それよりも揺れている尻尾が気になる。

なんでそんなに動かすのだ。気が散るだろうに。


「どこから来やがった」


お、少し険が取れたか?


「ヴァルクレインからです」


「ああ、確かにあっちにはあまり獣人は行かんな。こっちでは気をつけろ。あんなこと言ってると、突っかかって来るやつもいるぞ。で、坊主、名前はなんつーんだ?」


いや、おじさん。

真っ先に突っかかってきたの、あなたですよね。


「リュカです。おじさんは何の獣人なの?」


少しきょとんとしたあと、いまいましそうに答えてくれる。


「おじさんじゃねえ。おにいさんだ。豹の獣人だな。黒爪のカイルっつったら、ここらじゃ有名なんだぜ」


「黒爪のカイル、かっけー」


とりあえず持ち上げておく。


「まあ、おまえらはとっとと帰れ。後ろのやつはそのままだと風邪ひくぞ」


そう言って去っていった。


……意外と、まともな人だったな。


次は猫耳の美少女獣人を探さねば。


「帰るわよ」


マリベルの声に振り返る。


見ると、その足は少し震えていた。


ああ。


強気に出ていたけれど、普通に怖かったのか。


やっぱり姉という生き物は、よくわからない。


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