第11話 戦士マリベル
「そりゃ、威嚇だな」
フリーデガルト母は、あっさりそう言った。
闘気力を込めて、相手をビビらせる技らしい。
一応スキルにもなっているが、獣人はスキルなしでも普通に威嚇を放てる者が多いとか。
「すごく怖くて、足がすくんだのよ。立っていられないくらい。リュカはどうして平気だったの?」
マリベルが珍しく素直に聞いてくる。
そういえば、カスパルはお漏らしついでに腰が抜けて座り込んでいた。
そのカスパルは水を浴びたあと、部屋にこもっている。
「リュカはほとんど闘気力がないからな。闘気に対する感受性が低いんだろう。普通はそれでも、相手の闘気から身を守る闘気力が少ないぶん、余計にビビるもんだが……神聖力がカバーしたんだろうな。神聖力は精神耐性を上げるからな」
なるへそ。
つまり俺は、貧弱だけどメンタルだけは妙に守られていたらしい。
巫女っぽいといえば巫女っぽい。
「ここから先、獣人が増えてくる。トラブルを起こすなよ」
いや、俺は巻き込まれただけです。
◇
次の日、カスパルは部屋から出てこなかった。
マリベルも、それで少し気がそがれたらしく、今日は館にいるという。
よし。
一人で外出だ。
もうすぐ四歳とはいえ、活動範囲はまだ狭い。
それでも屋台の並ぶあたりをぶらぶらしていると、昨日の豹獣人が屋台前のテーブルについているのを見つけた。
挨拶くらいはしておくか。
「カイルのにーちゃん」
「お、昨日のガキか」
名前、覚えてないんかい。
とてとて歩いて近づくと、向かいには別の獣人がいた。
頭の両側に渦巻き型の角。黒目が四角い。
ヤギか?
「こんにちは」
挨拶は基本である。
「おやおや、こんにちは」
語尾にメェーとか付けてくれないのかな。
串焼き肉を食べてるから、草食でもなさそうだし。
少し会話したあと、ギルドへ行ってみた。
だが一人だとIランクの依頼しか受けられない。しかも、今この街ではIランク向けはほぼない。
無念。
宿へ戻ると、領主から連絡があったとのこと。
明日、お目通りらしい。
◇
翌朝早く、馬車に乗って領主の館へ向かった。
歩いて行ける距離ではある。
だが、貴族というのはそういうものらしい。歩けても馬車だ。
とりあえず、様式にのっとって挨拶する。
すると相手は、
「帰路の挨拶は無用にて。冒険者ギルドの利用も自由とされよ」
と言った。
帰りのたびに顔を出さなくていいらしい。
ラッキー。
さて、ここから次の領へ向かう。
ヴァルクレイン領に隣接しているのはエーベルシュタイン領だが、そこからさらに先へ進むと、ローゼンフェルト領へ至る。
途中で通るのがグランベルク領である。
ヴァルクレイン領から直接山越えして行ける道もあるにはあるらしい。レオン兄がレベル上げで入っていた森のさらに先、山を越えればグランベルク領に出るとか。だが街道はなく、獣道程度しかない。山に慣れた冒険者なら半日で越えられるらしいが、馬車では無理だ。
だから今、俺たちはちゃんとした街道を大回りして進んでいる。
グランベルク領の領主には、すぐ会えた。
なんと、猪の獣人である。
奥方は普通の人間らしい。
ちなみに、獣人の子は母親の種に寄るらしい。へえ。
この領は人口の四割近くが獣人だという。
ヴァルクレイン家とグランベルク家は仲が良いらしく、そこそこの歓待を受けた。
そしてメイドに、うさ耳獣人がいた。
素晴らしい。
リアルうさ耳メイドである。
◇
マリベルが「どうしてもグランベルク領の冒険者ギルドに顔を出したい」と粘った結果、ギルドにも寄ることになった。
粘り強い交渉の末、ローゼンフェルト領までの手紙配達依頼を二件受けていた。
着実である。
こういうところ、本当に地に足がついている。
そして、いよいよ目的地であるローゼンフェルト領へ向かう馬車の中。
フリーデガルト母は馬の上。
馬車の中は子供組だけだ。
その空気の中で、マリベルがいきなり爆弾を投げてきた。
「ねえ、私ってブスでしょう?」
重い。
この世界が恋愛シミュレーション系ゲームであるなら、ここで会話選択肢が出るはずである。
一縷の望みにかけてステータスを出してみたが、当然何も変化しない。
正解は何だ?
カスパルは無言である。
役に立たない。
「マリベル姉は格好良いよ!」
さて、これは正解か?
前世でもモテとは無縁だったのに、何を言わされているんだ俺は。
だが、マリベルはそのまま話を続けた。
どうやら完全なハズレではなかったらしい。
「エレノアは、誰が見ても美女よ。しかも高い神聖力もある。貴族婦人候補としての価値を上げるために、お父さんは天啓の儀までやって、万全の体制でヴァルテンブルク伯爵家との縁談をほぼ固めた」
ああ。
あのタイミングの天啓の儀は、アルドリック兄のためというより、エレノア姉のためだったのか。
「それに比べて私。私には、あのレベルの縁談は来ないわ。商家に嫁ぐにしても、うちの領には大した商家はない」
そこで、少しだけ間を置く。
「だから、私は冒険者になるの。天啓の儀で戦士になる。幸い、闘気力は高いしね」
なるほど。
「そのあと、討伐依頼が受けられるところまでギルドランクを上げたら、家を出るわ」
なんと、将来設計がかなり具体的だった。
クラウディアの影響はたぶんある。
だが、それだけではないだろう。マリベルなりに、自分の居場所を考えているのだ。
討伐依頼はEランクから。
Gランクで採集依頼が解禁。
Fランクになると危険地帯での採集が可能になり、その過程で魔物討伐も現実的になるらしい。
思ったよりちゃんとしている。
そして、ちゃんと考えてる。
マリベル、見直したぞ。
◇
二日後。
ようやくローゼンフェルト領に到着した。
祖父は大きな笑顔で孫たちを迎えた。
俺に対しては相変わらずそっけない。
だが、現在の領主であるジークハルト・フォン・ローゼンフェルトは、俺にも普通に接してくれた。
「やあ、よく来たね。今日は風呂にでも入って、ゆっくりしてくれ」
なんと、ローゼンフェルト家には風呂があった。
背中を流してくれるうさ耳メイドまでいたら完璧だったのだが、そこまでは望めなかった。残念である。
翌朝、さっそく天啓の儀が行われた。
マリベルは予定通り、戦士になれた。
一方で、カスパルは残念ながら不発。
表情がむっちゃ暗い。
いやいや、まだ八歳前だし。
レオン兄だって十一歳で戦士だったのだから、不満に思うことはないと思うのだが、本人にとってはそういう問題ではないらしい。
俺は当然パス。
というか、誘われもしない。
まだレベル40に届いていないから、別にいいけどね。
◇
その後、マリベルはローゼンフェルト領の冒険者ギルドへ行くと言い出した。
そういえば、手紙配達依頼を受けていたのだった。
「行かない」
というカスパルの手を強引に引きずり、まずは所定の場所へ手紙を届け、そのままギルドへ向かう。
依頼達成。
ここで俺は、Hランクに昇格した。
というのも、ローゼンフェルト領の冒険者ギルドにはIランク設定がないらしい。Iランクのまま依頼達成処理をするのが面倒なので、その場で上げられたようだ。
雑である。
でもありがたい。
そのまま清掃活動の依頼を受ける。
「複数拠点で活動するとポイントが上がりやすいのよ」
着実である。
だが、なぜ俺とカスパルを毎回巻き込む?
◇
その後三日間、マリベルは祖父とともにレベル上げに励んだ。
祈るだけでレベルが上がる巫女と違って、戦士は大変である。
俺は暇なので、カスパルをギルドへ誘ってみた。
だが普通に断られた。
しゃーない。
一人で清掃活動でもするか。
そう思ってギルドの掲示板を見ていると、怪我の治療依頼があった。
受付で聞くと、癒しの手による治療でも問題ないらしい。
……これ、受けてみるか。
依頼主の家へ行くと、腰を痛めたという太ったおばあさんが出てきた。
癒しの手で腰を治療すると、ずいぶん楽になったらしい。
「癒しの手は使い手によるからねえ。あんたのはかなり効いたよ。これならポーション作成の手伝いもできるんじゃない?」
おお。
ポーション。
ファンタジー要素、追加である。
「せっかくだから、知り合いの薬師を紹介してやろう」
ついていくと、そこにいたのはこちらもおばあさんだった。
ただし、瘦せ型である。
「ほう、じゃあやってみな」
いや、その前に説明をお願いします。
「怪我を治すのとそう変わりゃしないよ。ただ、怪我を治すときより神聖力を弱めに、持続的に流すんだ。怪我を治すイメージを持ったままね」
痩せ型老婆が何回か実演してみせ、その神聖力の流れを覚えて真似してみる。
すると、何回目かで成功した。
「ほう、筋がいいね。いいだろう。明日、ギルドに指名依頼を出してやろう」
初の指名依頼ゲットである。
その後、出発までの二日間はポーション作りの手伝いで過ぎていった。
癒しの手。
生活魔法の中では、かなり役に立つ部類ではないだろうか。
◇
癒しの手以外の生活魔法も、いろいろ工夫はしている。
だが、いまいち決め手に欠ける。
風と水。
畑の水やりに便利そうな魔法ができた。
実用的だが地味である。
水と火。
普通にぬるま湯ができた。
頑張れば、カップラーメンを作れるくらいのお湯は作れそうだ。
火と風。
これは、ガスバーナーっぽい魔法になった。
精度を上げれば、化けるかもしれない。
そして、一番期待していた三属性混合――風・水・火。
結果。
お湯をばらまく魔法になった。
これはこれで、方向制御ができれば温シャワー魔法になるのでは?
……いや。
俺、俺強ぇー系の転生生活を目指してたはずなんだけどな。




