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第12話 帰路

さて、いよいよヴァルクレイン領へ向けて出発する日だ。


あれこれ挨拶を済ませ、馬車へ乗り込む。

ところが、なぜか一人増えていた。


「シュライバーと申します。そちらでレオンハルト様の家庭教師を務めさせていただきます。専門は歴史ですが、レオンハルト様は数学も少し苦手とか。そちらもお手伝いさせていただくつもりです」


え?


少し苦手?


オブラートに包みすぎでは?


とはいえ、「算数は壊滅的です」と言うわけにもいかない。

せっかくだから、俺は歴史についていろいろ教えてもらうことにした。


馬車はゆっくりと山道を登っていた。

車輪の音に合わせるように、シュライバーは静かに話し始める。


「ではリュカ様。まず、この国の名前からです」


少し咳払いをする。


「我々が住むのは、エーデルヴァルト王国。建国およそ三百年の国家です」


三百年。

思ったより若い国だ。


「それ以前、この地方には大小の領主が乱立していました。森と山に囲まれた土地ですから、互いに干渉しにくかったのです」


なるほど。

地理が分裂を生んだわけだ。


「その状況を変えたのが、初代国王アルトリウス一世です」


シュライバーは指を一本立てる。


「アルトリウスは当時の有力領主の一人でしたが、魔物の大規模な群れ――今で言うスタンピードに対抗するため、周辺領主をまとめ上げました」


スタンピード。

あの話を聞いたあとだと、重みが違う。


「最初は同盟でした。しかし魔物との戦いを続けるうち、軍と税を統一したほうが効率的だと考えられるようになったのです。こうして諸侯の合意により王国が成立しました。これがエーデルヴァルト王国の建国です」


シュライバーは続ける。


「王国は大きく三つの地域に分かれます」


指を三本立てる。


「王都を中心とした中央領。ここには古い名門貴族が多く、政治と官僚を担っています」


アーデルハイト家あたりだろう。


「次に、東西の森林地帯。ヴァルクレイン家のような武門が多く、魔物への防衛を担当しています」


完全にうちだ。


「最後に、交易路や迷宮を抱える諸領。ここでは商業と冒険者が重要になります」


エーベルシュタインのような領だろう。


「王国はこの三つの領地の均衡で成り立っているのです」


シュライバーは少し声を落とした。


「ただし、王国史の中で常に問題になるのが――森です。魔物は周期的に増えます。スタンピードも、歴史の中で何度も起きています」


「ですから王国の歴史とは、簡単に言えば、森と戦いながら領主たちが協力して国を守ってきた歴史です。ただし、この国の歴史は魔物との戦いだけではありません。人との戦いもありました」


つまり戦争だ。


「王国の北にはヴァルディア帝国が存在します。建国当初、王国はまだ弱く、帝国はこの地を自国の辺境と見なしていました」


なるほど。


「そのため建国から五十年ほどの間、帝国軍は何度か侵攻しています」


シュライバーは淡々と続ける。


「しかし王国側も黙ってはいませんでした。森と山を熟知した領主たちは、地形を利用して帝国軍を撃退しました」


フリーデガルト母が鼻で笑った。


「重装歩兵は森が苦手だからな」


「その通りです」


シュライバーはうなずく。


「特に有名なのが、黒森戦役。王国暦62年の戦いです」


黒森。

名前からして血なまぐさい。


「この戦いで帝国軍は大きな損害を出し、以後、大規模な侵攻は行われなくなりました」


つまり、そこで均衡ができたわけだ。


わかりやすい。

シュライバー、教え上手だな。口調や身振りで飽きさせない。


これならレオン兄の勉強嫌いも、少しはなんとかなるかもしれない。

……算数は知らないが。


     ◇


グランベルク領、エーベルシュタイン領でそれぞれ一泊しつつ、ギルドでちょろっと依頼を受けたりしながら、ようやく我がヴァルクレイン領へ帰ってきた。


もう二か月。初夏である。


マリベルとカスパルは、最後の配達依頼でギルドランクがGになっていた。

俺はHのままである。


セシリア母はすでに臨月。

俺も、もう四歳だ。


レベルは二十四。

現在のステータスはこんな感じである。


【ステータス】

名前:リュカ・フォン・ヴァルクレイン

年齢:4

職業:巫女

レベル:24

力:8

速さ:23

体力:14

魔法力:114

神聖力:179

闘気力:4

知性:132

スキル:

・祈り

・老化軽減 0%

・予知


魔法力と神聖力もそうだが、速さが意外と伸びている。


ただ、この「速さ」というステータス、どうも単純な体の速さではないっぽい。

どちらかというと、考える速さとか、反応とか、動体視力とか、そっちが伸びている気がする。


レオン兄のステータスを聞いたら、


「普通、家族にだって教えちゃ駄目なんだからな」


と前置きしたうえで、こっそり教えてくれた。


【ステータス】

名前:レオン・フォン・ヴァルクレイン

年齢:12

職業:戦士

レベル:28

力:54

速さ:27

体力:48

魔法力:6

神聖力:5

闘気力:47

知性:8

スキル:

・剣術

・体力強化

・闘気操作


知性、ゼロじゃなくてよかった。


いや本当に。


     ◇


マリベルはレオン兄を連れて、森へレベル上げに行くつもりだったらしい。

だが、レオン兄は家庭教師に捕まっている。


現在、学力チェック中といったところだろう。


カスパルは家の中で休憩。

フリーデガルト母は父と話している。

新しい執事候補とメイドたちも、すっかり家に馴染んでいるようだ。


夕食は久々にマルタの作だった。


いや、ほっとする味である。


翌朝、家の外に出ると、寂しげに空を見上げるシュライバーの姿があった。


ああ。

レオン兄の学力を把握したんだね。


「リュカ様。9かける7はいくつでしょう?」


「63」


シュライバーは静かにうなずくと、また思考の海へ沈んでいった。


たぶん、レオン兄は今日も解放されないだろう。

マリベルは父に森でのレベル上げを強請るはずだ。


……ギルドに行ってみるか。


一人で行くのは許されなそうだな。

ユリウス兄でも誘ってみるか。


     ◇


ユリウス兄は、意外とすんなりOKしてくれた。


しかも、すでに何度か一人で街へ降りたりしているらしい。


「何かおごってあげるよ」


素晴らしい。


母に許可をもらい、街へ向かう。


「どこに行く?」


「ギルドに行ってみたいな」


「よし、こっちだ」


と言って着いた先は――


なんか、今まで見たギルドと比べると、ずいぶん洒落た建物だった。


ユリウス兄は慣れた手つきで扉を開け、中へ入る。


「ようこそ、商業ギルドへ」


え?


商業ギルド?


中は、冒険者ギルドとはまるで違っていた。


いくつもの椅子とテーブルが置かれ、そこで各々が勝手に商談している感じだ。

酒場兼受付兼掲示板、みたいな冒険者ギルドとは空気が違う。もっと静かで、もっと腹の内を探り合っている感じがする。


そのうちの一つに陣取って、ユリウス兄と話す。


なんとユリウス兄は、商業ギルドのメンバーらしい。


ギルドは他にも、荷運びギルドやら、興行ギルドやら、いろいろあるという。


うん。

ギルド=冒険者ギルドだと思い込んでいた俺のミスですね。


で、なぜユリウス兄が商業ギルドのメンバーかというと――


実は、ヴァルクレイン領を本拠とする小規模商会から、婿入りの打診が来ており、本人も前向きに考えているらしい。


「僕は闘気力も魔法力も神聖力も中途半端だからね。三男だから、ヴァルクレイン家の中でも中途半端なポジションだし。商人になるのも悪くないかな、と思って」


堅実である。


「商家に婿入りして、ヴァルクレイン御用達になれば、入り婿とはいえ立場は盤石だし、商売も失敗しにくいしね」


なんとも堅実な三男である。


「どうせなら、商業ギルドに入っておくかい?」


メンバー三人の紹介状が必要らしいが、ユリウス兄の婿入り先とその伝手で、どうにでもなるらしい。


「入会費をおごるってことだね。今後、ヴァイス商会をよろしくね」


しっかり商売人になりつつあるユリウス兄である。


いやでも、これはちょっと面白いかもしれない。


冒険者ギルドだけがギルドじゃない。

商売にもまた、別の世界がある。


……異世界、意外とちゃんと社会があるな。


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