第13話 ポーション
せっかく街まで降りてきたので、薬師を訪ねてみたい――そうユリウス兄に言ってみた。
するとユリウス兄は商業ギルドの受付と少し話したあと、こちらを振り返る。
「どんな薬師がいい? 個人でやってるところより、工房勤めの薬師のほうが多いみたいだけど」
「うーん。個人でやっていて、技術力がある人がいいかな」
「わかった」
また受付と二、三言やり取りし、メモを受け取る。
「行こうか」
商業ギルドを出る。
ちなみに、商業ギルドへの入会は後日審査らしい。
さすがにその場で「はいどうぞ」ではないようだ。
「五男とはいえ、領主の息子を落としたりはしないさ」
ユリウス兄はそう言いながら、街の外れへ向かって歩いていく。
「ここみたいだな」
メモ用紙と家を見比べながらそう言った。
扉を開けて中へ入る。
「いらっしゃいませ。どなたかな? あら、ずいぶん可愛いお客様ね」
出てきたのは、エプロンをつけた妙齢の女性だった。
「ヴァイス商会の者です」
とユリウス兄。
「ヴァイス商会?」
おや。
ヴァイス商会の知名度はまだそこまで高くないらしい。
まあ、用があるのは俺だ。俺が話したほうが早いだろう。
「癒しの手が使えます。ポーション作りで神聖力を込める手伝いがしたいんですけど、需要はありますか?」
「ふむ。いくらだい」
値踏みするような声だ。
さて。
冒険者ギルドからの指名依頼は一本百ギル。日本円換算でざっくり千円くらい。
だが、これが高いのか安いのか、今ひとつ判断がつかない。
「まず、僕の技術を見てもらえますか」
「ほう。失敗したら千ギルもらうよ」
と、魔力を込める前の薬液入りの瓶を出してきた。
四歳児に一万円請求する気ですか?
鬼ですか?
「リュカ、そんなことできるんだ。見せて見せて」
そして笑顔で退路を塞ぐユリウス兄。
失敗したら半額よろしくね。
俺は瓶を手に取り、神聖力を込める。
……あれ?
前にやったときより、少し抵抗が強い気がする。
そのまま慎重に、じっくり神聖力を流し込む。
出来上がったものを女性に渡した。
「ほう」
じっくりとポーションを眺める。
「いいだろう。低級ポーション一本あたり百五十ギルだ。ちょうど軍から大きな受注があったばかりでね。そこに積んであるやつが低級ポーション用だ。神聖力が尽きるまでやっといてくんな」
そう言って、部屋の奥を指した。
薬液の入った瓶が数十本並んでいる。
「あの、冒険者ギルドへの指名依頼にできますか?」
「商業ギルドじゃないのか。まあいい、明日出しておいてやる」
すると、ユリウス兄がすっと前に出た。
「軍からの受注って、やっぱり北西方面の作戦ですか?」
「ああ、そっちにも話は行ってるのか」
「うちは食品メインなので、それほどでも。かさばるんで、北西まで輸送するとなるとそこそこかかりますからね」
ユリウス兄は、そのまま雑談に入った。
なら、こちらはさっさと作業を進めよう。
三十分ほどして瓶がなくなったので、終わったことを告げる。
「ほう、そこそこ神聖力は多いようだね……って、なんだ、もう全部終わったのか。こりゃすごいな」
と言いながら、女性は瓶を一本ずつ確認していく。
「これは良い拾い物をしたな。材料を発注して、薬液作成に五日。一週間後にまた来てもらうか。いや、他の依頼もあるし……そうだ、君。初級ポーションの薬液の作り方も教えてあげようか」
いい笑顔で言ってくるが、本音が漏れてましたからね。
結局、明日もまたここへ来ることになった。
◇
あの薬師の名前は、クララというらしい。
地味にコミュ力が高いユリウス兄が教えてくれた。
しかもセシリア母に俺が一人で薬師の家まで行く許可まで取ってくれた。
さすが商人志望。
交渉術までばっちりである。
「毎回、僕が付き添わされるのも嫌だしね」
ごもっとも。
クララは意外にも丁寧に教えてくれた。
基本的には、材料をすりつぶして水で抽出したり、お湯でじっくり煮て抽出したりして、薬草などから成分を取り出し、混ぜ合わせるだけである。
メタノール抽出もフェノール抽出もない。
そのぶん、前世基準ではかなり平和だ。
「お酒で成分を抽出したりはしないの?」
と尋ねると、なんでそんなことを知ってるんだという顔をされた。
一部の材料は、強い酒で抽出することもあるらしい。
へえ。
ちゃんとアルコール抽出あるのか。
そんな感じで過ごしているうちに、とうとう妹が生まれた。
そう。妹である。
産気づいてから出産まで、我々男性陣は本当に何もしなかった。
父も、レオン兄も、ユリウス兄も、俺も、ただうろうろしていただけである。
ついでにフリーデガルト母も、だいたいうろうろしていた。
妹の名はソフィア。
きっと美人になるのだろう。
姉たちの系譜を見るに、その期待値は高い。
実はセシリア母、産気づくまでずっと仕事を続けていた。
妊娠していても、つわりの時期さえ過ぎればデスクワークは普通にできるらしい。
これが異世界だからなのか、前世でもそうなのかは知らない。
だが、ソフィアが生まれていきなり忙しくなったのはフリーデガルト母のほうだった。
そう。
今までセシリア母が回していたデスクワークが、全部そちらへ流れたのである。
セシリア母の授乳を見るのも、なんとなく気恥ずかしい。
かといって、慣れない事務仕事にいらついているフリーデガルト母のそばにいるのも危険な気がする。
結果、俺はクララのところへ入り浸ることになった。
「で、これで上級ポーションの薬液は完成だ。ちょっと自分でやってみろ」
クララは中級どころか、上級ポーションの作り方まで教えてくれた。
本人はその間、余った時間でぐうたらしている。
「私はもともと働くのが大嫌いなんだ」
だめな大人、発見である。
薬師は中級ポーションと中級毒消しポーションまで作れれば、十分に食っていけるらしい。
上級まで作れるのは、ごく一部だとか。
クララは毒消しは作れないらしい。
「このあたりじゃ、需要がないんだよなあ」
たまに下級毒消しが売れるくらいらしい。
「軍からの依頼もどうなるかわからんし、しばらく店は休むか。十分稼いだしな」
いや、休むの早いな。
「ここまで稼げたのはあんたのおかげだ。私が昔使ってた道具をやろう。まだまだ現役で使えるはずだ」
そう言って、古い道具一式をくれた。
薬師バイト、終了である。
◇
道具はある。
せっかくだし、作ってみるか。
昨日、正式に商業ギルド会員にもなれたようだし、何か商売してみるのも悪くない。
家の裏手の森には、群生こそしていないものの、薬草など下級ポーション用の素材はそれなりにある。
レオン兄を誘って森へ入り、材料を確保した。
もらった薬研で素材をすりつぶし、液を濾し、数瓶の下級ポーションを作ってみる。
よし。
これを売って小遣いゲットだ。
そう思ってユリウス兄に相談すると、ものすごく苦い顔をされた。
「リュカが薬師のところへ行かなくなって数日してから、軍からの発注が止まったんだ。今、市場には行き先のないポーションが叩き売られてる。素材代にもならないって、薬師たちが悲鳴を上げてるぞ」
なんと。
クララ、ずいぶん良いタイミングでポーション作成を打ち切ったな。
「ポーションには消費期限があるから、いつかは値段も戻るんだろうけど、今しばらくは駄目だな。薬師ギルドは軍に文句を言いに行ったらしいが、そもそも都度契約だから、騒いでもどうにもならないかな」
商業ギルドのほうは、今回は特に損をしていないらしい。
情報力に差がありすぎるのだとか。
「しばらくポーションで商売は難しいってこと?」
「そうなるな」
「薬瓶は安くなってる?」
実は今回、ポーション自作にあたって金がかかったのは瓶だけだったりする。
「ポーションの廃棄も出てるって話だし、安くはなってると思う」
「瓶も投げ売りしてるなら、買っておこう」
ということで、さっそく商業ギルドへ。
窓口で薬瓶を買いたいと伝えると、その時点で売りたい会員がいれば紹介してくれるし、いなくても次に売り手が現れたら知らせてくれるらしい。
すると、すぐに話がついた。
「いや、瓶が余って困っていてね。助かるよ。百ほど在庫があるけど、どれくらい買ってくれるかな?」
普段の四分の一以下の値段で売ってくれるらしい。
「じゃあ、全部買います」
商売は成立した。
まあ、百本くらいならすぐに売れるだろう。
そう思ってギルドを出たところで、ユリウス兄が呆れ顔で言った。
「それにしても、百単位も買うなんて太っ腹だね」
え?
単位?
「瓶は一単位二十四本だよ」
……。
つまり。
二千四百本。
商業ギルド会員としての初取引は、ポーション売りではなく、薬瓶の大量購入となりました。クララのところで得た稼ぎはこれでパーである。
俺、商売には向いてないっぽい。




