第14話 古代語
朝から気温が高い。
そろそろ夏本番だ。
そんなある朝、シュライバーから相談を受けた。
「リュカ様、レオンハルト様と一緒に勉強しませんか? 彼はどうしても勉強に苦手意識を持っています。年下のあなたがライバルになることで、彼もより勉学に励むと思うのです」
「手を抜いて勉強しろってことですか」
これには、さすがのシュライバーも眉をひそめた。
「リュカ様にも役立つことだと思うのですが」
こっちは前世で日本の教育を受けてきている。
三角関数だろうが微分積分だろうが、お茶の子さいさいである。
……あれ、Sin(α+β)ってサイサイコスコスだっけ?
まあ細かいことはいい。
歴史については、シュライバーが持ってきた本を勝手に読んでいいと言われていたので、すでにそこそこ理解している。
四歳児の脳は覚えがいいのである。
嫌そうな顔をしていると、シュライバーは少しだけ譲歩した。
「レオン様の少し先を示してくだされば良いのです」
「じゃあ、魔法学と古代語を教えて」
シュライバーは少し驚いた顔をしたあと、すぐに了承してくれた。
◇
というわけで、さっそく午後からレオン兄と一緒に授業を受けることになった。
シュライバーの授業は面白い。
本で得た知識の隙間を埋めるような小話が入るし、その時代背景や人物関係までちゃんと説明してくれる。
単に年号を並べるだけではない。ああ、この人、本当に教えるのが上手いんだな、と思う。
一方、レオン兄はというと、やはりあまり頭に入っていないようだった。
授業の終わり、シュライバーが簡単な確認問題を出す。
「オットー三世の治世のときに起きた大きな出来事は何ですか?」
レオン兄。
教わってからまだ一時間も経ってないよ。
結局、レオン兄は答えられず、しょうがないので俺が口を開く。
「王立学院の制定と、帝国との停戦条約、税制改革です」
この王、あまり戦争をしていないから、レオン兄は興味を持てなかったのだろう。
俺がすらすら答えると、レオン兄は驚いた顔でこっちを見る。
ついでに俺は補足した。
「税制改革って、嫌われる政策だから、よほど王室に力がないと難しいんだよ。領税は領主の自由裁量だけど、王国がそこからどこまで取っていくかは、王国内の領主と国王の力関係次第だからね。帝国との停戦条約をまとめたことで、王室にその余裕ができた。それと、王立学院の制定で、領主の子女に王室の考えをある程度しみこませることもできた。内戦になったときの人質にもなるしね。全部、つながってるんだよ」
俺のこの発言に、今度はシュライバーが驚きの目でこちらを見た。
前世込みなら、俺のほうが年上ですよ。
シュライバーさん。
なお、数学のほうは――レオン兄、壊滅的だった。
◇
古代語。
それは、三千年以上前に使われていたとされる言語だ。
その時代は魔道具全盛の時代だったらしく、古代遺跡からはさまざまな魔道具が出土している。
魔石をエネルギー源として動作し、古代文明をあらゆる面から支えていたという。
その古代文明がなぜ滅びたのかは不明。
だが、文明が残した魔道具の中には、今なお動くものもあるらしい。
「光を出す魔道具や火を出す魔道具は出土数も多くて、貴族の中には権威を示すために使っている人も多いわ」
そう説明してくれたのは、シュライバーが紹介してくれた古代語の入門書の著者でもある学者先生――ではなく、シュライバー本人である。どうやらこの分野、かなり好きらしい。
「古代語の研究が盛んだった当時は、古代語を理解することで、当時の魔道具を修理できたりするかもしれないと期待されたのよ。ただ、古代語は難解すぎるし、残っている文献も古すぎて、魔道具の理解にはつながらないという説が主流でね。今では研究熱もだいぶ落ち着いているわ」
現在まで残っている文献は、三千五百年以上前のものが多いらしい。
逆に、古代文明最盛期であったはずの三千年前前後の文献は、ほとんど残っていないという。
「後の時代に焚書でも行われたのかもしれないわね」
現代の人間が、全く読めない謎の書物を「よくわからんから燃やすか」で処分した説か。
で、もっと古い文献は地下に埋もれていたから残った、と。
雑だけど、ありそうではある。
「だから古代語研究者は、技術書の解読を目指す人が多いの。でも私は、当時の文学作品の研究がメインね。当時の人が何を考えていたのかとか、そういうのを知るのもロマンがあると思うの」
そして、解読済みの古代語をいくつか教えてくれた。
文字自体はまだ読めない。
だが、書かれていた場所や碑文に残る伝承などから、おおよその意味がわかっている文章はいくつもあるらしい。
この文字、雰囲気が漢字に似ている気がする。
表意文字かな?
◇
四歳児にも理解できることを理解できていないのが屈辱だったらしく、レオン兄は少しだけ勉強に力を入れるようになった。
魔法学については、魔法力を使って現象を起こすこと、現象をより正確にイメージできるほど魔法の効力が上がること、この世界における火や風といった現象理解の話などが中心だった。
昼寝と祈り。
マリベルと採集依頼。
ポーション作成。
そんな、のんびりしているんだか地味に忙しいんだかわからない日々を送っているうちに、とうとう五歳になった。
【ステータス】
名前:リュカ・フォン・ヴァルクレイン
年齢:5
職業:巫女
レベル:32
力:10
速さ:28
体力:17
魔法力:138
神聖力:221
闘気力:5
知性:141
スキル:
・祈り
・老化軽減 0%
・予知
冒険者ギルドのランクは相変わらずG。
マリベルはいつの間にかFランクに上がっていた。
レオン兄は勉学の進捗が認められ、ときどき父に西の砦まで連れて行ってもらい、レベルを上げている。
レベルは三十八。
この国で最も格式が高いといわれるエーデルヴァルト王立学院への進学も考えていたらしい。
だが、シュライバーにきっぱりと言い切られていた。
「無理です」
情け容赦がない。
しかも、アルドリック兄の通うアウレリア学院ですら入学試験を突破できないだろう、とのことだった。
ただ、領地に引きこもり、王都に人脈もなく、人生経験も薄いまま領地運営を任せるのも不安だ――ということで、レオン兄は王都のルドルフ騎士学院へ進ませることになった。
シュライバー、失職である。
「武闘家取得を確実にするため、フリーデガルトから無手戦闘を学んでおけ」
勉強から解放されたと察したレオン兄は、実に嬉しそうな顔をしていた。
◇
今日は、シュライバーが家を去る日だ。
「リュカ様。あなたとの授業は実に楽しいものでした」
それじゃあ、レオン兄との授業は楽しくなかったみたいじゃないですか。
「これ、私の宝物なんです」
そう言って、何か板状のものを取り出した。
「古代時代の一般的な魔道具です。でも、魔石を入れても光って魔方陣を表示するくらいで、何の役にも立たないので、私でも一か月分の給料くらいで買える値段なんですよ。出土頻度も高いですし」
シュライバーが何か操作をすると、画面が光り、中央に魔方陣が表示された。
魔方陣の下には古代語で何か書いてある。
「この魔方陣がどのような機能を持っているのか、まったくわかっていません。これと同じ魔方陣を出す魔道具もあれば、違う魔方陣を出すものもあります。この魔方陣の機能がわかるだけでも、歴史に残る大発見になります」
その魔方陣、なんというか――
円形の二次元バーコードに見える。
そして板状のそれは、どう見てもスマホである。
もし二次元バーコードだとしたら、そこに書いてあるのは説明書サイトへのリンクとか、サービスセンターの連絡先とか、そういう類のものではないだろうか。
そういえば前世で、スマホのパスコードを忘れて文鎮化させたことがあったな。
この魔道具は今、まさに光る文鎮なのだろう。
「将来、あなたがこの魔方陣の使い方を見つけるかもしれませんね」
ネットワークがなきゃ、無意味ですよ。




