第81話 学院入学式
今日は入学式だ。
朝、出ようとするとベネットに腕をつかまれた。
「リュカ君、また戻ってくるよね」
「もちろんさ。ちょくちょく顔を出すよ」
腕をさらに強くつかまれる。
「アタシ、死にたくない」
「別に、あれがインキュバスの印だったかどうかはわからないんだし」
「嘘。リュカ君だって、あれがインキュバスの印だって薄々感じてる」
もう一方の腕もつかまれた。
「ごめんね。せっかくの入学式の日に」
今日から俺はは寄宿舎住まいになる。今までは俺の帰ってくる場所はここ、ワンダーだった。それが学院の寄宿舎に変わってしまう。それで不安定になっているんだろう。
「あの日、呼ばれたのはアタシとチェリーだけじゃないの。もう一人、シェーンも呼ばれたわ。彼女にもインキュバスの印が出たの」
いったいどんなプレイをしていたのやら。
「貴族ってずるいよね。自分たちだけは治療してもらえる。だから、性病も怖くないから、あちこちでいろんな子と遊び回る」
賢者による治療は大金がかかると聞く。大物貴族なのだろう。大物貴族でもあまり派手に遊び回ると問題になるという話はあるが、どうなんだろう。
公爵あたりだったりして。
「アタシ、怖いの。ごめんね、こんなこと」
そのあと、ベネットはシクシクと泣き出した。死の恐怖におびえ、しがみついて泣く女の子を引き剝がすほど俺は鬼畜ではない。結局、ベネットが泣き疲れて眠るまで好きにさせた。
このままだと初日から遅刻だ。まぁ、二十分程度だ、問題ないだろう。
◇
「すみませーん、遅れました」
ちょうどホームルームみたいなことをやっていた。
「あら、初日から遅刻とは大胆ね。ちょうど各自、自己紹介を始めてもらおうと思ってたの。あなたから始めてくれる?」
たぶん、最初はこの先生の自己紹介だったのだろう、黒板にエミリア・ルートガルトと書いてある。さて、何を言おう。
「リュカです! ヴァルクレインから来ました。薬草採取とかが得意です。趣味は……」
そういえば、俺ってこの世界で趣味がないな。せっかく転生したんだ、やはりこの世界でも趣味を持つべきだろう。何にしようかな。そういえば、ジェニファーの家の近くには美味しそうな屋台が並んでた。ああいうB級グルメの食べ歩きとかも楽しいよな。
「趣味は屋台の食べ歩きです。いろんな屋台を試せるよう、がっつりお金を稼ぎたいと思います!」
あちこちで笑いが起きる。おぉ、ウケた。
「いいですね。では、次はそこの君」
指さされた学生が立つ。
「スタンダーです。ブンゼンから来ました。家は薬師です」
彼はいかにも庶民って格好だ。趣味とか言わないのかな?
エミリア先生は次の生徒を指す。
「グーリエだ。ノルデンブルク領から来た」
おぉ、シンプルでいいな。がっしりとした体つきで強そうだ。
「アスースです。王都の北東の方に住んでます。家は商会をやっています」
今後、商売も頑張りたいからできれば知り合いになりたいな。羽振りの良い商会なのか、なかなかに良さそうな服を着ている。
◇
そして、次に指されたのはジェニファーだ。
「ジェニファーよ。王都のライム地区出身。魔法使いの職を得たわ」
あそこら辺、ライム地区っていうんだ。魔法使いの職をカミングアウトしたな。彼女の目標は卒業までにレベル四十到達のはずだ。そしたら中級職に手が届く。
「シャノンです。フェルゼンブルクから来ました。今は王都に住む叔母の家に住まわせてもらっています」
フェルゼンブルクから来たんだ。ずいぶん前に行ったことがあるな。田舎だけど肉が安かった覚えがある。
次の女性は美形で快活な子だった。ブロンドの髪と青い目、すっきりとした鼻立ち、そして完璧なプロポーション。クラスの男どもの目が集まる。
「ダイアナです。王都南部に住んでいて、学院には家から通う予定です。学院には知り合いがいないので、友達がたくさんできたら良いなと思ってます!」
男たちの心がざわりと動いた気がした。
◇
「なら、私があなたの学院での友達第一号に立候補しようか」
誰かが立ち上がった。なんか、顔に少し見覚えがあるような。
「私はルートヴィヒ・エル・エーデルヴァルト。この国の第三王子だ。私こそ、そなたの友人第一号にふさわしい」
おー、あのときの王子か。ずいぶん成長したな。これくらいの年齢だと、五年もあればずいぶん変わるよね。ちょっと男らしくなっている。
「ありがとう、ルートヴィヒ君。是非、お友達になりましょ。よろしくね」
とびっきりの笑顔で返すダイアナ。そして、ざわつく教室。
「王子を“君”呼ばわりしたぞ」
「ありえないわ、あの女」
「アイツ、庶民だろ。何を考えているんだ?」
王子は周囲のざわめきなど聞こえないかのように、ダイアナ嬢と握手していた。
この二人、意外と大物だな。
◇
その後も自己紹介は続いた。王子に次いでインパクトがあったのはアレクシアさんだろう。
「アレクシア・フォン・カラブリアよ。学院では、将来王国のためになれるよう力を付け、将来はここで得た知識でアンドリュー様を影ながら支えたいと考えています」
カラブリアは公爵家だ。そして、アンドリュー王子は第一王子。東部での大敗から一時は失脚気味だったが、少しずつ立て直しているらしい。そして、アレクシアはアンドリュー王子の婚約者だ。俺の第一王子に対する印象は悪い。母が死んだ原因の一つと考えている。だが、第一王子は北部貴族には人気があるらしい。カラブリア家も北部だ。
アレクシア様のインパクトが大きかったのは、彼女の自己紹介そのものだけではない。
「ニールセン・フォン・ストラッセルよ。貴族たるもの、人民を正しい方向に導くためには、自らが正しい知識を持つことが重要よ。アレクシア様が皆を導けるよう、これから三年間全力を尽くしますわ」
「ブリジット・フォン・カニンガムよ。アレクシア様の歩む道こそが正道。我々は皆、アレクシア様が向く方向を見間違えてはなりませんわ」
なんだ、この宗教じみた雰囲気は。アレクシア様のシンパが六人、続いた。第三王子、大丈夫か?親衛隊がいないぞ?
「あー、俺は第三王子の古くからのダチだ。ベルキーズ・フォン・バイガリー、ベルって呼んでくれ。戦士の職を得ている」
おぉ、アレクシア派に押されている感じだが、一応第三王子の味方もいるみたいだ。
良かったな。
◇
そんな感じで自己紹介が終わった。王家が一人と公爵が一人、侯爵が三人。伯爵はなし。あとは子爵と男爵、騎士爵だ。そして、一人、自己紹介をしていない人がいる。教室の後ろの方に座っている獣人だ。
「キミは自己紹介していなかったみたいだけど、いいの?」
自己紹介後の休憩で、俺はその獣人に話しかけてみた。短めの尻尾と目立たない耳、髪の毛は頭頂部から後頭部にかけて白色だ。筋肉隆々だな。
「うざい。失せろ」
え?ひどくない?
「これから三年間、一緒にやっていくんだし、名前くらい教えてよ。俺はリュカってんだ」
むっちゃ面倒そうな顔をしているな。だが、少し鼻をひくつかせて匂いを嗅ぐと、不審そうな顔をした。
「グンディの獣人に知り合いがいるのか? いや、豹や熊の匂いもするな」
豹や熊は知り合いがいるが、グンディは知らないな。いや、そもそもグンディってなんだ?
「まぁ、いい。俺はミツアっていうんだ。人族と馴れ合う気はない。放っておいてくれ」
「うん。でも、ここは学校だからね。何か関わり合うこともあると思う。とりあえず、よろしくね」
人族と馴れ合う気がないなら、何故に学院に来た?




