第73話 緑の暖炉
さすがに眠い。
授業なら寝られるけど、仕事では寝られない。今日は一日、きつそうだ。
ワンダーを出ようとすると、ナームが入ってくる。
「リュカ! チェリー、意識が戻ったって。折れている腕以外には異常なしって言ってた」
「わかった。今日一日は安静にしておくように伝えて。仕事が終わったら右腕を治療するよ」
ナームに伝え、中央軍事務局に行く。
◇
今日も会計の仕事だ。
なんか、どんどん書類の量が増えている気がする。寝不足のときにやりたい仕事じゃないよな。
午前中で会計の仕事を終わらせ、午後は倉庫へ。古い書類を別の倉庫に移すんだとさ。体を動かす仕事は眠気が抑えられるからいいね。
そんな感じで一日の仕事を終えた。
◇
今日は仕事後、直接アジェーダに行く。
ドアをノックすると、すんなりと入れた。
「やぁ、チェリー。調子はどうだい」
「治してくださったんですってね。ありがとうございます。もうすっかり大丈夫みたいです」
「頭痛や吐き気、めまいなんかはあるかな?」
「いえ、何も」
「それは良かった。この部屋の端から端まで真っ直ぐに歩いてくれる?」
「はい」
うん、大丈夫そうだ。
ベッドに寝てもらい、脾臓のあたりを押す。
「痛みはない?」
「大丈夫です」
ひとまず安心だろう。
「じゃあ、腕を治すね」
腕を固定していた添え木を外し、癒しの手で治療する。
チェリーは不思議そうに腕を捻っている。
◇
「さて、礼の話をしなきゃなんないね」
ミュシャが言ってくる。
「チェリーを一か月好きにできる、もしくはアタシとチェリーを二週間好きにできる。どっちが良い?」
「チェリーの方が好みかな。でも、ベネットを治療したときも何ももらってないんだ。チェリーだけから礼をもらうのも違う気がする」
そもそも、今の状態だと、そのお礼をもらったら職が消える可能性が高いんだ。
もうすぐ転職できるから、そのあと試せればとは思うんだが。
「ここ、こんなに大きくしてるじゃない。我慢しなくていいんだよ」
「うひょ」
やべ、変な声出た。
「き、昨日ほとんど寝てなくて、今日も一日仕事だったんだだ」
噛んだ。
「チェ、チェリーはすごく好みの子だけど、自分の患者と寝るってのは違う気がするんだ。きょ、今日はとりあえず帰るね。眠いし」
とっとと退散した。
ワンダーに帰ると、何故かベネットが匂いを嗅いできて“良し!”とか言ってきた。
浮気チェックじゃないんだから。
◇
朝、そそくさと出勤する。
朝は働いている女の子はほとんどいない。
誰にも会わずに出勤できた。
「リュカは明日と明後日、休日出勤だな。休日出勤中は基本的には窓口業務だ。とりあえず今日は窓口業務に入って、一人でもこなせるようになっておいてくれ」
窓口業務は申請書の受け取りと、結果を聞きに来た人に結果を知らせる仕事がメインだ。
軍人さんの休みは不定期だから、平日に来いってわけにもいかない場合があるからね。
「復帰命令書が来たんだが、妻が妊娠しててな。延ばせないかな?」
「では、こちらの申請書と理由書を記入して提出してください」
面倒な仕事ではある。
だけど、戦闘に出るよりはるかに楽だ。
「家が火事で燃えてな。軍務中だったんだが、なんか補償が出るって噂を聞いたんだ」
この手続きは知らないな。
隣の人に聞く。
「それは、こちらの申請書ですね」
申請書の種類が多すぎ問題。
覚えてられるかってんだ。
◇
仕事を終え、ワンダーに戻る。
夜も早い時間は、ある程度歳がいった女性が立っている。
売れっ子が出てくるのはもっと遅い時間だ。
チェリーやミュシャに会わずにワンダーに入り、ほっとする。
「おかえり、リュカ君」
チェリーさん、なんでここにいるんですか?
「まだ出るのは早いからね。ここでナームとおしゃべりしながらリュカ君の帰りを待ってたんだよ」
それはどうも。
ベネットも話の輪に入っている。
仲良くなったんだね。
「チェリーは人気だからね。あまり稼ぎすぎるのも良くないんだ。周りから妬まれるからね」
ベネットが手作りご飯を出してくれる。
ベネットの料理は見た目はイマイチだけど、意外と美味しいんだよね。
「ベネットも可愛いし、人気でしょ」
とりあえず褒めておこう。
「まぁね~。うふふ」
この二人、タイプは違うけど、どっちも売れっ子になりそうな外見はしてるんだよな。
それがトラブルを引き寄せてるのかもしれないが。
「チェリーをあんな目に遭わせた人って、どうなるの?」
「けじめは付けさせられると思うよ。一応、ここらを仕切ってる怖い人たちがいるんだ。アタシを斬ったヤツも、たぶん殺されてると思う」
裏社会の人間か。
できることなら関わらずに過ごしたいところである。
◇
「リュカ・フォン・ヴァルクレイン殿ですな」
なんだろう?
関わりたくないと思ったその日に、こんな胡散臭い男が訪ねてくるって。
思っただけでフラグが立ったのだろうか?
「あなたは?」
「ここいらを仕切らせてもらってる“緑の暖炉”の使いっ走りの者です」
変な名前の組織だな。
「これは丁寧にどうも。どういったご用件で?」
「こちらのベネットさんとチェリーさんの命を救っていただいたお礼をさせていただきたく」
ここはワンダーの中だ。
ミュシャが入れたということは、実際にここを取り仕切ってるんだろう。
「お礼はこの子たちからもらってます」
「何も受け取ってもらえないと聞いています」
「いや、この料理とか」
ベネットを見る。
うんうん頷いている。
チェリーからは何ももらってないな。
チェリーを見ると微笑みを返してくれる。
「かわいい笑顔とか」
その男はため息をつく。
「リュカ殿、あなたはわかってない。彼女たちは教会から嫌われている。彼女たちは、教会の息がかかった僧侶には治療してもらえないんです。傷の深さを聞きましたよ。治療なしじゃ、彼女たちは確実に死んでいた」
教会に嫌われてるとは知らなかった。
「売春は教会の教義に真っ向から反する行為ですからね。明確に治療禁止令が出されてますよ」
「でも、教会に属さない僧侶もいるでしょう。それこそ、あなたたちならお抱えの治療士を持ってそうだ」
「まぁ、明確には否定しませんけどね。でも、教会が嫌いな人種トップ二が彼女たちと我々なんですよ。我々に手を貸す僧侶には圧がかかります」
何が言いたいんだろう?
俺は僧侶じゃないから関係ないと思いたい。
「いずれにせよ、裏の組織のお抱えになるつもりはありませんよ」
とりあえず、線引きはしておこう。
「あぁ、警戒しないでください。我々にも“軍と学院には手を出すな”という不文律があるんです。今回は本当にお礼をしたいだけですよ」
「お礼は間に合ってます」
「お金や女で靡く人ではないと思ってましたがね」
いや、どちらも好きだよ。
特に今は金欠だし。
「わかりました。では、今後何か我々の力が必要なときに頼ってください」
小さなメダルを渡される。
メダルを集めるとアイテムと交換か?
「表通りから一本入ったところに“暖炉の火”っていう酒屋があります。そこで、店主にこのメダルを見せると私たちと連絡がつきます」
そう言って、胡散臭い男はワンダーを去っていった。
コイツ、最後まで名乗らなかったな。
◇
「リュカ君、貴族だったんだ~。すごーい」
「リュカ君、来月から学院の生徒なんだって?」
「はいはい、アンタたちはそろそろ仕事の時間じゃないのかい?」
イエヴァが彼女たちを追い出す。
「あまりあの子たちに夢を見させないでね。叶わぬ夢だとわかっていても、女は夢を見ちゃうものなのさ」
そんな難しいことを言われても。




