第72話 初出勤
今日は朝から中央軍事務局だ。
「リュカ曹長の申請は通りました。すぐにでも勤務可能です」
軍に戻ったから主席卒業の恩恵で曹長か。
勤務は授業が始まる前に終わらせたいな。
「では、明日からお願いします」
「休日勤務も可能ですよ。ただ、連勤は十日間までです」
「では、明日から十日間お願いします。そこで一日休みで」
このタイミングなら、ちょうど卒業生を送る会が休みになる。
「二十日間の勤務で一か月の兵役に換算されます」
とっとと終わらせよう。
◇
中央軍事務局での仕事、初日は窓口対応だった。
マニュアルがあったので、大きな問題はない。マニュアル外の内容が来たときは上司にお願いするだけだしな。
二日目も同じく窓口、と思ったら、午後から別の部署に呼び出された。
会計課だそうだ。
「こちらの申請書の、この合計が正しいかどうか計算してくれ。あと、合計部分の総計を出しておいてくれ」
申請書の束を渡された。軍で買ったものだな。
全て第121大隊と書いてあるので、この大隊が買ったものの合計だろう。
簡単な仕事だが、いかんせん申請書の合計額が間違えている。
半分間違えていて、全て多い方に間違えている。
これ、わざとじゃないか?
◇
昼間、中央軍事務局で仕事をして、夜、娼館に帰る。
女の子たちは夜には通りに出ているので、会うのは日替わりの門番さんくらいだ。
「リュカ君、お疲れ!」
今日の門番はベネットさんだ。
「ねぇ、料理してみたの。食べてみて」
ごった煮みたいなものを出された。
見た目はアレだが、味は悪くない。
「うん、美味しいよ」
ベネットさんと夕食を食べていると、ドアがノックされる。
確認に行くベネットさん。
「ベネット、開けて。アジェーダのところのチェリー、知ってるでしょ。なんか、客と揉めたみたいで相談を受けてて」
とりあえず入れてあげる。
この子はナーム。この娼館で暮らしている女の子の一人だ。
ちなみに“アジェーダのところの”というのは、元アジェーダ娼館に住んでいる、という意味だ。
ここは元ワンダー娼館らしいから、ワンダーのところのベネット、とか呼ばれるらしい。
◇
「骨が折れてるっぽいの。しかも、両腕。顔もずいぶん殴られたらしいわ」
「リュカ君はウチの客人よ。ウチらに頼むのは筋違いでしょ。それに、リュカ君が使えるのは癒しの手よ」
「だから、相談だって。リュカ君に治療をお願いしたいってことだと思う。なんか、顔色も悪いみたいですごく心配してるの」
「心配っていってもね~」
いろいろ話を聞くと、ワンダーとアジェーダは仲が悪いらしい。
女の子の層が近くて、客層も被る。小競り合いは日常茶飯事だとか。
ただ、ナームと被害を受けた子は仲が悪くはなかったらしい。
「僕はかまわないよ。なんか嫌な予感がする。ナームだって、その子に死なれたら夢見が悪いでしょ」
今の嫌な予感は神託かな。
司祭の神託は他人の命に係わることが多い気がする。
巫女の予知みたいな映像系じゃないぶん、虫の知らせや神託はわかりにくい。
◇
ナームと一緒に元娼館アジェーダに行く。
「治療ができる人を連れてきたわ」
戸口でナームが言うと、ドアを開けてくれた。
そのまま怪我をした女の子のところまで連れていかれる。
「チェリー、もう大丈夫。治療ができる人を連れてきたわ。リュカならきっと治してくれる」
「あうぅ」
ちゃんと喋れないようだ。呼吸も厳しそうである。
顔がひどく殴打されていて、両腕も前腕が折れているな。
左腕は大きく曲がっている。
まぁ、これくらいなら治せるだろう。
問題は頭部への損傷か。
む、腹部の左側も少し変色している。
ここは切って調べるしかないか。
許されるんかな?
「で、どうなんだい?」
「一番の問題は頭部だと思う。頭を強く殴られている場合、頭の中で出血しているかもしれない」
そして、それを調べる手段はない。
俺は場を取り仕切っている女性をじっと見る。
「わかってるよ。治してくれるんなら、アタシの体を好きにしてくれていい。癒しの手じゃ骨折が治せないことも知っている。せめて、顔だけでも綺麗にしてやってくれないか?」
そういう意味で見つめてたんじゃないんだがな。そうだな。とりあえず顔は治すか。
ついでに、大きく曲がっていない右腕も治してやる。念のため、頭部に神聖力を多めに送っておこう。
「いや、キミの体を求めてるわけじゃないんだ」
顔と腕が治ったことで、怪我人の呼吸も少し楽になったようだ。
「じゃあ、この子の体かい? たぶん、本人も嫌とは言わないだろう。一週間くらい好きにするといいさ。なんなら、アタシとこの子の二人ともでもいいよ」
ずいぶんこの子に肩入れしているようだ。
「腹部が少し変色している。内臓がどこか傷ついている可能性があるんだ。そして、それを調べるためには腹を切ってみないといけない」
取りまとめの女は少し考えるそぶりを見せる。
「切らないと?」
「何も起きないかもしれないし、癒しの手で神聖力を送り込むだけでも治るかもしれない。でも、死ぬかもしれない」
「切って調べれば大丈夫なの?」
「いや。でも、生き延びる可能性は上がる」
「いいわ。切って」
あんたが決断していいのか?
俺が考えていることが伝わったのだろう。
「アタシはミュシャ。ここを取り仕切ってる。アタシが責任を持つよ」
まぁ、治療の代わりに自分の体を差し出すっていうんだ。
責任感は強いんだろう。
「わかった。痛みを軽減する方法がない。舌を噛まないよう、口に布か何かを詰めておいてくれ。あと、お湯を沸かして、綺麗な布を何枚かとナイフを茹でておいて欲しい」
◇
準備している間、右腕をゆっくりと引き、正しい位置に戻したあと、添え木をする。
腕を引っ張るときは痛みにうめいていたが、今は大丈夫そうだ。
熱湯消毒した布とナイフが乾いたところで、切開を始める。
「ナームとミュシャはチェリーの体を押さえておいてくれ。そっちの二人はチェリーの足を頼む」
意外と見物人がいるんだよな。
腹の変色している部分を切開していく。腹膜を切ると、どす黒い血が流れ出る。
やはり内部で出血しているな。内部は血だまりだ。何も見えない。
冷ましたお湯で洗い、綺麗な布で血を吸い取る。
「どこだ?」
肝臓も一部見えているが大丈夫そうだ。
だが、見ているとジワジワと血が増えていく。
ん?
裏の方かな?
ゴルフボールより少し大きいくらいの臓器から出血している。
これ、なんだっけ?あ、脾臓か。
確か、脾臓は取っても大丈夫だったような。
まぁ、癒しの手で治るなら治そう。
「これ、わかる? ここが破けて血が出てる」
ミュシャが覗き込む。
ジワジワと血が出続けている。
「治すね」
脾臓に癒しの手を使い、治療する。
消毒のため、切開した周辺を中心に中級ポーションをかけ、傷を閉じる。
「腹部はこれで問題ないと思う。顔と腹部の治療で体力を使っただろうから、右腕は明日治そう。このまま様子を見て、言葉が喋りにくかったり、体が痺れたりしている様子だったらすぐに教えて。頭の中で出血してるってことだから。あと、激しい頭痛とかかな」
「わかった。何かあったらすぐに呼びに行く」
◇
ナームと一緒にワンダーに戻った。
もう明け方だ。
明日も普通に勤務があるんだけどな。
この若い体なら少し寝れば大丈夫かな。




