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第63話 実戦訓練

新しい第8陣地は、前よりも少しこぢんまりとしている。防壁も以前より荒い造りだ。

ただ、診療所や食堂などの大きさは変わらない。


「リュカ軍曹、お帰りなさい」

アニータが笑顔で出迎えてくれる。

うん、帰ってきたって感じだ。

帰ってきたくなかったけど。


「ただいま、アニータ。元気にしてた?」

診療所は怪我人でいっぱいである。

怪我人を治療しながら、アニータに質問する。

「今、ここに治療士がいないって、どういうこと?」

「昨日まではペンス曹長がここを受け持っていました。ただ、新第6陣地に異動になったヘレネー二等兵だけでは新第6が厳しいということで、ペンス曹長が今日から新第6のヘルプに向かいました」

第6の立て直しが急務らしい。


この陣地からも小隊が二つほど向こうに異動したらしい。

「足りない治療士を現場で融通し合ってても、破綻するだけだろうに」

「軍部と教会が揉めてて、教会所属の治療士が来ないみたいですね」

この国では、教会はそこまで大きな力は持っていないが、僧侶を囲い込むことによって影響力を増やしている。

僧侶の職に就けば“治癒”の魔法を使えるようにはなるが、その治癒力は治療士の知識などに大きく依存する。


実際、教会で教育を受けると治療効率が大幅に上がることが知られており、教会に所属する僧侶は多い。

「教会が治療士の独占を狙っているのか」

「神の恩寵だそうですよ」


神を信じてなくても、ちゃんと治療できてるぞ。


     ◇


そして、治療漬けの日々が再開した。

今のところ、忙しい日で一日二十人くらい。暇な日だと数人だ。

治療以外にやることはあまりないので、敗血症の対策をしたい。

敗血症の原因の多くは、細菌が体内で増殖してしまうことだ。

この世界に抗菌薬はない。

だが、その代わりにポーションという万能薬品がある。ポーションは傷にかけても飲んでも良いので、体内に入れても害がない可能性がある。

そこで、まずはポーションに抗菌作用があるか調べてみよう。


まずは菌を見るところだな。

寒天培地を作ってみる。軟骨を煮込んで冷ますだけだ。

その上に、そこら辺の泥水を濾したものを、針を使ってZ字になるように描く。


翌日、見事に菌らしきものでZ字が描かれている。

よく見るとカビみたいなものもあるな。もしかしたら酵母もあるかもしれない。

菌を単離するのは諦め、とりあえずポーションを一ミリリットルほど加え、様子を見る。

次の日、確かに菌は減っているように見えるが、カビは元気だ。

カビが出す抗菌物質でバクテリアなどが死滅した可能性もあるか。


やっぱ、見てみないと駄目だな。

バクテリアなら簡易の顕微鏡でも見えるはずだ。作ってみよう。

作るのはレーウェンフックの顕微鏡だ。

生物の教科書に出てくる単レンズのあれである。四百倍以上の倍率が出ていたとか。


レーウェンフックは、細いガラス棒の先端を熱することによって球レンズを作ったという。これくらいならできそうである。

試行錯誤の上、なんとか球形のレンズはできた。

だが、それを覗いてもなかなか菌は見えない。ピント合わせがシビアすぎるのだ。

複式顕微鏡を作るか?

いや、この世界で眼鏡をかけている人を見かけたことがない。たぶん、レンズ産業がないのだろう。


レンズの固定方法や台座を工夫することで、なんとかプランクトンの観察に成功した。

この倍率と解像度があれば、バクテリアも見られるだろう。

今度は適切に薄めた泥水の上澄みを寒天培地に塗り、植菌を繰り返して菌の単離に成功する。カビとの分離が一番の難題だった。


顕微鏡下で元気に動く、なんらかの菌。

ここに少量のポーションを垂らすと、見事、菌の動きが止まった。

あとは流れ作業だ。

アニータに、いろいろな菌の単離とポーションでのテストをお願いする。


     ◇


「よし、今のはスラッシュだったな」

「ああ、確かにスラッシュだ。おめでとう」

「本当に戦士じゃなくてもスラッシュ撃てるんだな」


そう、俺は約二年間のスラッシュ練習で、ようやくスラッシュが撃てるようになった。

これは先日、司祭のレベルがようやく三十になったのと関係があるかもしれない。せめて基礎値は上がってるわけだし。


そんな俺の今のステータスはこんな感じだ。


名前:リュカ・フォン・ヴァルクレイン

年齢:12

職業:司祭(巫女・祈祷師)

レベル:30

力:31

速さ:83

体力:45

魔法力:670

神聖力:1043

闘気力:36

知性:239


ステータスポイント:0


・奉祈

・老化軽減 10%

・投擲

・毒耐性(強)

・気配察知

・隠密

・神託

・スラッシュ


中級職のレベル上限三十に達したから、なんとか天啓の儀を受けたい。

今は金がないので神官を雇うこともできない。収納の魔道具を売ればなんとかなるかな。今度、ルーカスさんに相談しよう。


     ◇


あと少しで実地訓練も終わる。

士官学校卒業まではまだ三か月あるが、残りは試験がメインみたいだ。


教会と関係が悪くなった軍は、独自に治療士を育成するつもりらしい。とはいっても、兵役で入ってきた兵の中で神聖力を持つ者を僧侶に転職させるってだけみたいだが。


アニータに任せていたポーションの抗菌作用だが、バクテリアっぽい菌全てに対して抗菌作用があった。

カビや酵母っぽいのに対しても、高濃度なら増殖抑制くらいの効果はあるようだ。


あとは、人間の血管に入れても大丈夫かどうかだな。

経口では大丈夫でも、血流に入ると駄目な毒とかもある。

例えば南米で矢毒として使われるクラーレとかは、毒成分の分子量が大きすぎて腸の粘膜から吸収されないとか、蛇毒はタンパク質だから胃で分解されるとか。


ポーションは万能謎薬品だ。血管に入れて何が起きるか見当がつかない。


まずは動物実験から入りたいが、ポーションって動物に効くのかな?


     ◇


そんな中、左腕が切断された兵が運び込まれた。

「リュカ軍曹、噂は聞いている。過去に何人も、腕の切断を治療してきたそうだな」

いや、それは事実とは違う。

ネスカ一等兵の腕は切断されていなかったし、パッカード軍曹は術後に死んでしまった。


俺は切断された腕の接合に成功したことはない。

そう伝えるが、


「そんなことはどうでもいい。この腕を繋いでくれ」

見ると、その左腕は色も大きさも微妙に右腕と違う。

「そいつは誰の腕だ?」

「俺の戦友さ。左腕を残して喰われちまった。逆に、俺は左腕を喰われちまったってわけだ。笑えるだろ」

いや、あまり面白くないんだが。


「その腕はお前の体から見れば異物だ。腐り落ちるだけだぞ」

そもそも、血液型すら同じかどうかわからんのに。

「貴族様にはわからねぇかもしんねぇが、片腕になって除隊した先の人生なんてロクなもんじゃねぇんだ。腕を繋げてくれねぇってんなら、死んだ方がマシさ」

「繋げても腐り落ちるぞ」


前世でも移植手術後は免疫抑制剤が必須だ。もちろん、この世界にはそんな便利な薬はない。

「繋げてくれねぇなら、ここで喉を掻っ切って死んでやる」

なんか、本気そうだ。

「わかった。繋げる努力はしよう。その代わり、この腕が腐り落ちても自死は許さん。それで良いか?」

「いいだろう」

「名は?」

「アルメンだ」


手術の手順はいつもとほぼ同じだ。

ただ、今回はアニータに骨を押さえていてもらい、まずは血管、次に神経と筋肉の順に繋げ、最後に骨を付けた。

ここまではパッカード軍曹のときも問題なかった。


これからが正念場だ。

とりあえず、気絶しているアルメン軍曹は第一診療所のベッドに寝かせ、様子を見ることにする。


     ◇


アルメン軍曹は翌朝目を覚ました。

「おぉ、すげぇ。ちゃんと動くじゃねぇか」

腕を曲げたり伸ばしたりしている。


本当に動いているな。

「感覚はあるか?」

「あぁ、少し痺れる感じがするが、感覚も問題ねぇ。指も動く」

癒しの手の恐ろしいところだ。

治るものは瞬時に治る。


「無理しないように。今日は安静にしていろ」

腕や体を調べる。

特に熱もないようだ。接合した腕にも特に変なところは見られない。

「前線には出るなよ」

超急性拒絶反応はないようだ。


     ◇


数日は問題なかった。

この世界には拒絶反応というものがない可能性だってある。なにせ、魔法力や神聖力がある世界だ。

もしくは、気合という名の闘気力で拒絶反応を吹っ飛ばすとか。


だが、そんな希望的観測はあっさり裏切られた。

アルメン軍曹の容体が急変した。

最初は熱だったが、そのうち意識の混濁が見られ、痙攣が始まった。

サイトカインが暴れ回っているのだろう。


急性拒絶反応だ。

何かできることはないか?

不思議力である神聖力を込めても駄目だった。


なら、不思議薬のポーションでは?

動物実験を見据えて注射器は作ってある。

このままではアルメン軍曹はじきに死んでしまうだろう。


「アニータ、ポーションを注射する。準備を」


ポーションをゆっくり注射する。

すると、アルメン軍曹の容体は安定した。

容体を観察し続けると、半日ほど経ったあと、再び拒絶反応が始まった。


ポーションの注射で収まるが、このままずっとポーションを注射し続ける?

使っているのは中級ポーションだ。

一日二本。

現実的ではない。


「アルメン軍曹。その腕が軍曹の命を奪おうとしている。切断するぞ。かまわないな?」

アルメン軍曹は朦朧としながらも小さくうなずいた。

今日、二回の発作で自分に死が迫っていることを自覚したのだろう。


俺はアルメン軍曹の左腕を切断し、切断面を癒しの手で治療した。



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