第62話 ミケの引き渡し
さて、今日でミケともお別れだ。
「向こうでも元気でな」
「みゃぁ」
ときどき猫語になるな。
兵舎を出て、ミケと共に会合地点に向かう。
◇
あと少しで到着、というところで前方にマルミン君が現れた。
元気そうでなにより、と声をかけようと思ったところ。
「リュカ、お前のせいで、お前のせいで!」
と、わめき始めた。
俺、君には何もしてなかったと思うんだが。
そんなことを考えていると、マルミン君が巨大なファイヤーボールを形成し始めた。
ヤバい。会談に向かうところなので武器は持っていない。大通りの真ん中で隠れるところもない。
ミケを自分の後ろに隠し、目の前に水球を形成する。
くそ、こんな大きさじゃ足りない。
マルミン君、魔法使いとしては優秀なので、ファイヤーボールの威力は折り紙付きだ。
生活魔法でつくる水球では太刀打ちできない。
水球と自分の体でファイヤーボールを受け、即座に回復すればミケは守れるかな、と考えていると。
マルミン君が取り押さえられている。
「確保~」
「制圧完了しました!」
マルミン君は五、六人の屈強な男たちに押さえ込まれている。
ボケっとしていると、知らない男に話しかけられた。
「リュカ殿はこのまま会談場所までお進みください。周囲の安全は確保されています」
この水球、どうしよう。
◇
水球は地面に捨て、会談場所に入る。
高級ホテルの会議室みたいだ。
先方は既に着席している。
あれ、なんか見覚えのある人がいる。
「カイルさん、ご無沙汰してます。こんなところで、どうしたんですか?」
「ん? 誰だ? いや、この匂い、いつぞやの小僧か」
前に会ったのは八年くらい前だ。
よく覚えてたな。外見もずいぶん変わってるのに。匂いで思い出されるのは不本意だぞ。
「エーベルシュタイン領でお会いして以来ですね。元気そうでなによりです」
「白豹族に頼まれてな。見届人ってヤツだ」
「カイル殿!」
「あぁ、白豹族ってのは言っちゃいけなかったか。すまんな」
奥に座っていた猫耳女性が文句を言うが、カイルはあまり申し訳なさそうにはしていない。
猫耳女性が軽く咳払いをしたあと、
「もう隠してもしょうがないですね。白豹族のブランカです。本日はお越しいただき、ありがとうございます。今までアルバシャー様を保護していただき、ありがとうございました」
アルバシャー様?誰だ?
まぁいい、とりあえず挨拶だ。
「リュカ・フォン・ヴァルクレインです。この度はなにやら事件に巻き込まれたようで、心中お察しします」
「では、アルバシャー様、こちらへ」
「私の名前はミケだにゃん」
部屋が沈黙に包まれる。
いや、本名知らなかったし、名前なしは不便だし。
「アルバシャー様のお名前は、ご両親が三日三晩お考えになって付けてくださったものです」
「ミケの名前はパパが頑張って考えてくれた名前だにゃん」
ミケは俺の腕に抱きつく。
はい、三十秒ほど考えてつけた名前です。
ブランカに睨まれる。いや、どうせいっちゅうんだ。
そこで、カイルが笑い始める。
「いや、ずいぶん懐かれているな、リュカ。幼体の間、ちゃんと面倒見てたってことだろうよ。ミケは愛称ってことで良いんじゃねぇか?」
本名アルバシャーで愛称がミケ。
無理ないか?
ブランカは少し悩んだようだが、
「では、そういうことで。ミケちゃん、こっちに来て」
うむ、認めてくれたようだ。
いいのか?
◇
ミケは素直にブランカの方に行く。
カイルとグレーゼル様は、なにやら書類のやりとりをしている。
「では、これにて」
俺の役目は終わったようだ。
事前に、このセリフが出たら退出と聞いている。
「では、失礼させていただきます」
俺は彼らに背を向け、ミケと共に部屋を出ようとする。
ん?
ミケ、なんでついてきてるの?
ミケの顔を見る。
ミケもこちらを見ている。
うん、かわいいな。思わず頭を撫でてしまう。目を細めるミケ。
「アルバシャー様?」
ミケはわかっていないようだ。
「ミケを生んだお母さまが待ってるよ。ここで別れても、またいつか会えるから大丈夫」
ペットとの別れは辛いものである。
「これをブランカさんに渡しておくからね」
小瓶に入ったチュ〇ルもどきをブランカさんに渡す。
ミケの注意が、ブランカさんの手にある瓶に移った。
その隙に外に出る。
一日スプーン一杯でお願いします。
◇
外に出ると、チェシャが待っていた。
彼女もやはり気になっていたらしい。
「無事、お別れできた?」
「まぁ、なんとなく」
せっかく休みをもらっているんだ。
外で昼食を食べよう。
手頃な食事処を探して大通りを歩いていると、カイルさんに会った。
「おう、今日はお疲れ様だったな。俺もお役目御免だ。いやまったく、堅苦しい場は嫌いなんだがな。疲れたぜ」
チェシャが“こいつ誰”という目でこちらを見る。
「こちらは黒爪のカイルさん。さっき、ミケの引き渡しのときに立会人をやってくれていたんだ」
「チェシャです、黒爪のカイルさん。リュカ君と士官学校の同期です」
「ただのカイルでいい。ん? もしかして、アルバシャー嬢が“ママ”って言ってたのはお前さんかい?」
「アルバシャー嬢?」
「ミケのことだよ。本名はアルバシャーっていうらしい」
中で起きたことを説明する。
「そちらのチェシャさんからアルバシャー嬢の匂いが強く漂ってきたからな。アルバシャー嬢の“ママ”かと思ったんだ」
その言葉に、チェシャは自分の服の匂いを嗅いでいる。
獣人の嗅覚じゃないとわからんと思うぞ。
「ママに会いたいって言ってたぞ」
チェシャの目が少し潤む。
「カイルさんって、良いところの出なんですか?」
カイルさんは無頼って感じの人だったはずだ。
「まぁな。一応、一族の代表に近いところにいる。黒豹と白豹は交流があってな。今回の立会人に選ばれたってわけだ」
「俺はそういう面倒なことを避けたかったから家を出たんだがな」
笑うカイル。
カイルは、前に会った時の方が尖ってた感じがする。
今のカイルなら、子供を威嚇したりはしないんじゃないだろうか。
兵舎に戻る。
ミケがいない部屋はちょっと寂しい。
ペットロスってヤツだろうか。
希少種は寿命が長いらしいし、いつかまた会えると信じていよう。
◇
士官学校での平穏な生活は、そろそろ終わりだ。
次は実際に軍に配属されての実地訓練となる。
俺は201大隊への派遣となった。東部である。
今、王国で戦闘しているのは東部だけだしな。
皆、東部行きだ。
そして今、懐かしのタリケントの町に到着である。
懐かしいというほど滞在したことはないのが残念だ。
「リュカ軍曹、君はこっちだ」
我々士官学校生は十五人くらいずつに分けられ、ここからさらに前線基地へと向かう。
なんかこの道、知ってる気がする、と思っていたら着きました、ノーフォーク基地。
あれ、ニース少佐、ここで何してるんですか?
「君たちはこれから、このノーフォーク基地で前線基地での業務を学び、その後、さらに前線へと進んでもらう。リュカ軍曹、君はこのまま新第8陣地へと向かってもらう。以上!」
◇
「リュカ軍曹、お元気そうでなによりです」
俺は今、新第8陣地へ向かっている。
俺に話しかけてきたコイツは、かつて治療した覚えがあるが、名前は記憶にない。
「ノーフォーク基地へは休暇で?」
「えぇ、一週間ですが、羽を伸ばせました」
今回、新第8陣地へ向かうのは五人。
俺以外は休暇帰りが二人、伝令が一人、配置換えが一人だ。
「第8陣地って、どんな所なんですか?」
配置換えの人が聞いてくる。
「そういえば、新しい第8陣地は知らないな」
「ノーフォーク基地が近くなったんで、いくつかの機能が削られた以外は前とそう変わりませんよ。飯の質は上がりましたね」
ほう、それは楽しみだ。
新第8陣地に着くと、リリサ大尉が出迎えてくれた。
彼女も昇進したようだ。この陣地の責任者になったそうだ。
「リュカ軍曹、君には第一診療所を任せる。アニータ一等兵も第一診療所勤務だ。この陣地で君が唯一の治療士だ。期待しているぞ」
え?なんで?




