第60話 対ゴブリン演習
騒ぎは数時間で収まった。
「軍に喧嘩を売ったんだ。高くつくぞ。確かに軍は調査機関じゃないが、売られた喧嘩は買う。徹底的にな」
軍にだって情報担当はある。それこそ、帝国と戦争していたときは、尋問なんて日常茶飯事だったらしい。
「すぐに専門家が来る。問題は、どこまで辿れるかだ」
大貴族ほど尻尾切りは早いし、そもそも違法事には直接的には関わらない。
まぁ、これでミケも安全だろう。
「リュカ軍曹、なぜ先にベルグレス少尉を起こした? 今回は魔法使いによる睡眠の魔法と、揮発性睡眠薬の複合的な攻撃だった。ベルグレスは戦鬼だ。魔法攻撃に滅法弱い。今回も、戦闘初期は半分寝ていたようだぞ」
俺に説教しているのはショーン教官だ。
ベルグレス先生、あれで半分寝ていたのか。
「私の位置から、接敵せずにたどり着ける最大戦力と考えました」
「敵方に魔法使いがいる場合、魔剣士を頼る方が確実だ。睡眠の魔法を解除できるかもしれないし、魔法攻撃に耐性がある」
魔剣士、誰かいたっけ?
「魔剣士は数人いるぞ。私も魔剣士だ」
そんなの知りませんって。
「リュカ軍曹、君は毒耐性を持っているのかね?」
「はい、持っています」
「そうか。今回の睡眠薬は強力なものだったらしくてな。しかも、四人が睡眠の魔法を使っていた。リュカ軍曹が眠らなかったのは幸運だな」
今回襲撃してきたのは十一人。
そのうち四人が魔法使いというのは、かなり魔法寄りの構成だ。
「軍に人的被害を出したくなかったのだろう。うまくやれば、戦闘なしで目標達成できていた可能性はあったからな」
軍の本気度が変わってくるそうだ。
◇
士官学校は通常運行に戻っている。
小隊の指揮とかだ。
とはいっても、退学者もいて、生徒を半分に割っても各隊二十名強の班にしかならない。
今日はゴブリンの集落殲滅作戦だ。
今日の指揮はマルミン君。魔法使いで、成績は中の下くらいだ。
「俺の魔法で先制攻撃をかける。魔法の着弾と同時に、右翼と左翼は前進。集落に突入する」
マルミン君自慢の火魔法だ。
自慢するだけあって大きい。直径二メートルくらいだろうか。
「いけ、ファイヤーボール!」
火魔法は集落の中央に着弾した。付近にいたゴブリン二匹が吹っ飛ぶ。
「よし、突入せよ」
◇
班は左右八名に分かれ、集落に迫る。
残りはマルミン君と共に中央だ。
もう少しで集落に着くというところで、ファイヤーボールの第二撃。今度は、他の魔法使いのファイヤーボールも含まれる。
集落内の家屋が燃え始めた。
でも、集落の防壁は無傷だ。
突入できない。
右翼八名のうち、四名が戦士だ。戦士が防壁に斬りかかる。
防壁といっても、木を並べて縄で固定しただけのものだ。縄を切って押せば倒れる。
少し時間はかかったが防壁を崩し、集落に突入した。
だが、肝心のゴブリンが見当たらない。
気配察知で、後ろ側からゴブリンが逃げ出しているのを感知する。
「ゴブリンは後ろから集落外に逃げ出しているぞ」
集落は煙に満たされ、視界が利かない。
そのうち、マルミン君たちも集落内に入ってくる。
「風魔法で煙を外に出すんだ」
マルミン君の指示。
「ゴブリンは後ろ側から逃げ出している。追わないと」
俺の声に少し焦るマルミン君。
この集落にはゴブリンが三十匹近くいたはずだ。今のところ、仕留めたのは最初の火魔法でやった二匹のみだ。
「良し、俺たちは逃げたゴブリンを追う。左右の二隊は集落に残る残党を始末してくれ」
ゴブリン、残ってるのかな?
気配察知で集落を探ると、外れの小屋に反応がある。
行くと、年老いたゴブリンが一匹逃げ遅れていた。
そのゴブリンを始末し、さらに気配察知でゴブリンを探す。
もういなそうだな。
◇
左側の隊と合流する。
「こっちにはいなかった」
「こっちは一匹だ。始末した」
「よし、集落を出るか」
完全に火に包まれる前に出た方がいいだろう。
俺たちはマルミン君が向かった方向に向かうと、小さな出入口があった。
ゴブリンはここから出たのだろう。
士官学校生の一人がそこから出たとたん、足と腹に矢が刺さり倒れる。
「敵襲だ!」
ゴブリンアーチャーがいたのか。
「待ち伏せされている。そいつを中に引っ張り込んで。治療する」
負傷した学生を引き込んでもらい、癒しの手で治療する。
そこにファイヤーボールが降ってくる。
ゴブリンメイジもいるのか。
「ここから出るのは無理だ。僕たちが入ってきたところから出よう」
急いで戻り、入るときに防壁をなぎ倒したところに戻る。
気配察知には何も引っかからないが、ゴブリンアーチャーの射程だとギリギリ気配察知が届かない危険がある。
「盾持ち。警戒しながら出て防御して」
数人が出るが、攻撃は来ない。
「よし、全員出るぞ。マルミンたちも反撃に遭っている可能性がある。追おう」
ゴブリンも上位種は知能が高かったりする。
アーチャーとメイジがいるなら、ゴブリンサージェントくらいはいる。でも、三十匹程度の集落ではゴブリンジェネラルはいないと習った。
大丈夫だろう。
◇
マルミンたちの後を追うと、すぐに合流できた。
待ち伏せに遭い、撤退してきたらしい。かなりの怪我人が出ている。
「治療中は狙われる。重傷者だけを治療し、急ぎ撤退しよう」
「いや、追跡を続けるべきだ。敵は弱っている」
何をもって“弱っている”ってなる?
向こうの被害は三匹だけだぞ。
「治療を急いでくれ。五名をここに残し、俺たちは群れを追う。治療が終わり次第、追撃に加わってくれ」
「いや、ここまでだ。重傷者を治療し、撤退する」
俺たちについてきた指導教官だ。
「治療さえ終えれば隊の状態は復活します。追えます」
「重傷を負った者は、治療しても元には戻らん。それに、本作戦の失敗はすでに周囲で控えている指導教官たちに通達済みだ。逃げたゴブリンは、今頃すべて始末されている頃合いだ」
これは実戦演習だ。
当然、失敗の可能性も考慮されている。
「わかりました。お前たち、帰るぞ」
不貞腐れ、トボトボと帰路につくマルミン君。
え?
負傷者放置?
隊長は“帰るぞ”と言ったので、軍としては彼の指示に従い帰るのが筋だ。
今回の演習では彼が指揮官だからね。
「マルミン君、彼らはまだ動かせないよ」
治療士は、負傷兵の治療や復帰に全権を持つ。
上官もこれには逆らえない。
「勝手にしろ」
俺たち負傷者以外は、三々五々と帰っていく。
◇
負傷者は六人。
先ほど矢を受けた学生は治療済みだが、痛みが残っていると言って残留している。
魔法で治療を受けた場合、たまに“痛い気がする”ということがある。脳が鮮明な痛みの記憶を忘れていないためだ。
「痛みはじきに引くと思う。今は動かず、周囲を警戒して」
軽傷な者二人を治療し、警戒に合流してもらう。
指導教官はこちらに残っているが、彼は当てにすべきではない。
「マルミン君が去ったから、暫定的に僕が指揮を取るね」
残りの四人を治療する。
俺を含めて計八人の隊だ。そのうち四人が魔法使いで、ちょっとアンバランスな隊となった。
前衛をこなせるのは三人か。
帰るだけだから大丈夫だろうけど。
「今、治療した人たちは食事をして。もし火魔法が使えるなら、温かい飲み物を取るように。あとの三人は引き続き警戒をお願い」
魔法で治療を受けると体力を消耗する。
あと、新兵などは重傷を負った後、戦闘に出ることを忌避する者もいる。とりあえず、心を落ち着かせることが大事だろう。
老兵は嬉々として再出撃していく人もいるけど、あれはどこか壊れてるんじゃないだろうか。
四人を十分休ませ、交代して自分も含めた四人も休憩する。
日が暮れるまで、まだ四時間ある。
急がない方が良いだろう。
◇
「じゃあ、今から移動するよ。この中で気配察知か風探知が使える者は?」
誰もいない。
「僕が殿をつとめるよ。そこの二人が先行して。急ぐ必要はないから、警戒を厳にして」
戦士二人を前衛として進む。
途中、休憩を挟みながら、あと少しで集合ポイントというところで、右側の林から違和感がある。
「全体、止まれ」
なんだろうな?
戦士三人を前衛とする簡易的な陣をつくる。魔法使い四人は火、火、水、風だったはず。
「ウォーターボール、ファイヤーアローを用意。前衛は前へ」
林に変化はない。
違和感も薄れている。
だけど、何かおかしい。
違和感があった場所を指さし、命じる。
「ウォーターボール発射」
水の塊が着弾する直前、何かが飛び出した。
「よく狙え! ファイヤーアロー……」
「ちょっと待った!」
飛び出してきたのは、別の指導教官だった。
「ファイヤーアロー中止。前衛は引き続き警戒」
「警戒は解いて良いぞ。知ってると思うが、演習中はあちこちに指導教官が配置されてるんだ。とっとと先に進め」
この指導教官、隠密を持ってるな。
最初の違和感は、隠密を解いていたんだろう。
その後は何事もなく、合流ポイントにたどり着いた。




