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第59話 迷子の子猫

「お時間をいただき、ありがとうございました」


「いえ、チェシャ殿もこの機会に是非クラクフの街を楽しんでいただければと思っております」


グランブルク公爵家の名を使い、この街の長官に会うことができた。


ただ、問題の丸投げというわけにはいかなかった。

荷主、ベンと名乗っているが本名かどうかも不明だ、の収監と盗賊の尋問は請け負ってくれた。


本当は荷主を使った買い手の囮調査をお願いしたかったのだが、そこまではできないとのこと。猫の引き取りも断られた。


グランブルク公爵家とはいえ、チェシャは妾の子で力はなく、そこまでゴリ押しはできないんだとか。


他の士官学校生もギルド登録は終わったことだし、スールドに戻ることにする。

ちなみに、士官学校生の半分はクラクフに残り、こっちでいくつか依頼をこなすとのこと。


「さて、これからどうしようか」


猫にミルクをやりながら考える。


「兄に手紙を書きます。それまで、この猫は我々が保護しましょう」


「いつまでも猫って呼ぶより、名前をつけたらどうだ」


ジョバンニ君が言う。


「そうだな~、ミケなんてどうだろう」


三毛猫だしな。安直だけど。


「いい名だな!」


     ◇


「兵舎にペットは入れないぞ」


ここでも問題発生だ。


入口で門番ともめる。


もう野良に返すか。


「ちょっと待て。それはなんだ?」


そこに魔物学の教員が通りかかる。


「ジュリアナ先生。実は……」


一通り、何が起きたか説明する。

そもそも課題をこなす過程で起きたイレギュラーだ。士官学校も関係ないとは言えないだろう。

巻き込んでしまえ。


「その猫、猫じゃないぞ。いや、その生物は猫ではない、が正しい言い方か」


自己ツッコミあざっす。


「それは獣人の幼体だ。内部で魔法力と闘気力がせめぎ合っているのがわかるか? 獣人には、幼体で生まれてきて一~二回の不完全変態を経て成体となるものと、成体と同じ形態で生まれてくるものの二種類がいる。幼体で生まれてくる獣人は、紛れもなく希少種だ。貸してみろ」


ジュリアナ先生は俺の腕の中にいたミケの首筋をつかみ、目の前で観察する。


「ふむ、雌だな」


その瞬間、ミケはジュリアナ先生の顔を思いっきり引っかき、俺の腕にジャンプしてくる。


ジュリアナ先生は顔から激しく出血している。


「希少種の幼体が売買されようとしていた。これはかなりの厄介ごとだぞ。とりあえず中に入れてやれ。私が後ほど、校長に許可を取ってくる」


ジュリアナ先生は門番にそう言うと、俺たちと共に兵舎の中に入る。


「兵舎は安全だろう。ここは駐屯地を兼ねているからな。いいか、軍は戦闘機関だが調査機関ではない。問題の解決は期待するな」


     ◇


問題を軍に投げることもできず、結局は我々の手の中だ。


「一人部屋だから、とりあえず俺の部屋で飼うよ」


コイツ、固形食も食べるのかな?


獣人の幼体って、言葉はわかるんだろうか?


「ミケ、ミルク以外にも何か食べられる?」


「にゃー」


明日、魚とか買いに行こうか?


「にゃー」


うむ、コミュニケーションクライシス。


     ◇


翌日、ミケと共に街に出る。

何故かチェシャも一緒だ。


「乗りかかった船だし、そもそも事の発端は、私があなたに助けを求めたことだからね」


「ありがとう」


ミケは俺の肩に乗っている。少し上体が動いても、器用にバランスを取っている。


「で、どこに行くの?」


「市場かな」


まずは魚屋に行ってみる。

新鮮そうな小魚をミケの前に差し出すが、興味はなさそうである。


「そんなの食べないわよ。こっちよ」


果物屋?


「友人の猫の獣人は果物が大好きだったの」


いくつかの果物をミケの前に差し出すが、完全に無視だ。


「まだ離乳できてないのかしら?」


チェシャの友人が変人だっただけでは?


肉屋の前に行くと、ミケは俺の肩を飛び降り、吊り下がる肉の下に来ると“にゃー”と鳴く。

全くの猫だな。


「これは?」


「これはボアの肉ですぜ。この塊で三百ギルです」


意外と安いな。


一塊を買い、市場を後にする。


     ◇


「ねぇ、気づいてる?」


後ろからつけているヤツらだろう。


「あぁ、三人くらいかな」


「正解。どうする? 一応ナイフは持ってきてるけど」


物騒だな。


「つけてきているとはいえ、向こうは何もしてきていない無害な一般市民だ。向こうが手を出してくるまで何もできないな」


「はーい」


結局、宿舎に着くまで尾行してきた者たちは特に手を出してこなかった。


「この肉、生のままがいいのか?」


「にゃー」


「それとも焼く?」


「にゃー」


埒が明かない。


そのとき、ドアがノックされる。チェシャだ。


「何アホなことやってるの?」


俺の声はドアの外まで聞こえていたらしい。


「焼くべきか、焼かざるべきか、それが問題だ」


「生と焼いたのを並べてみたら良いじゃない」


完璧に論破された。

結局、ミケは火を通した肉がお好みのようだ。

茹でたのでも良いっぽい。


「今日からここで寝るわ」


「ミケ、何かしゃべったか?」


枕を投げつけられた。


「交代で寝ずの番よ。あいつら、たぶんここを襲撃する」


まぁ、それは想定していた。


「今夜来るなら一人で対処しようと思ってたけど。周りは兵隊ばっかりだ。少し騒げばなんとかなるでしょ」


「気配察知も、風魔法による通信も私の方が上。風探知だってできる。そもそも、たぶん今日は来ない。こちらの警戒が緩んだ頃合いに来るはず」


確かに俺がチェシャに勝てる要素はない。

ちょっと落ち込む。


     ◇


そこからしばらくは大きな進展はなかった。


冒険者ギルドの課題は、騒ぎを起こしたヤツらが不可となっていたが、卒業時の成績が悪くなるくらいで実害はない。


クラクフの長官に、あの猫が獣人の幼体であったことを伝えたところ、盗賊の方に関してはかなり厳しく責め立ててくれたそうだ。


まぁ、拷問だろう。


だが、買い手が誰なのかについては一切口を開いていない。


荷主の方は、隠されていた荷がなんなのかは知らなかったと言い張っているとのこと。


     ◇


ある夜、チェシャに起こされた。


「来た」


気配を探る。

注意して探ると、確かに怪しい気配が館内を移動している。気配が薄い。


「隠密使い?」


チェシャはこくりとうなずく。


「教官たちに、侵入者について伝えた」


仕事が早い。

俺、何もしなくても良いんじゃないかな。


そう言おうとチェシャの方を見ると、眠そうに目を閉じるところだった。


「もう、駄目。すいみんまほ……」


寝てしまった。


「おい、ちょ、チェシャ」


揺らしても起きない。

状態異常か。

これは、睡眠魔法か?


侵入者の気配が近づいてくる。

こちらの場所はバレているようだ。


部屋の窓には鉄格子。廊下に出ても侵入者と鉢合わせする。

侵入者の位置と速度をもう一度確認する。

今出て走れば、階段まで接敵せずに行けそうだ。


チェシャは放置。

寝ているミケを抱えて走り出す。


前方から侵入者が現れるが、それを無視し、階段まで全速力。


ファイヤーアローが撃ち込まれるが、距離があるため簡単に躱す。


敵の魔法使いが二撃目を放とうとしているところで、ミケをかざす。

敵は撃ってこなかった。


     ◇


階段を駆け上がり、二階へ。

廊下に出て走る。


敵はすぐ後ろだ。

ポーションの入った瓶を後ろに投げ、内部のポーションを急加熱する。


バン!


大きな音を立ててポーション瓶は割れ、ガラスのかけらを周囲にばらまく。

敵がひるんだ隙に三つ目の扉を開け、中に飛び込む。


敵も少し遅れて流れ込んできた。

俺はありったけの神聖力を、その部屋で寝ていた男に注ぎ込むと同時に蹴りを入れる。


戦闘教官、ベルグレス。

筋骨隆々の大男だが、実は気が優しい。

そして、大の猫好きである。


「教官、猫をいじめるヤツらがいます!」


ベルグレスはベッド上で半身を起こす。


ベルグレスを最大の脅威と判断した剣士が突きを放つ。


ベルグレスはまだ寝ぼけているが、腹に剣が刺さる直前で剣先をつかむ。


あんなこと、できるんだ。


「教官を足蹴にするとは何事だー!!」


ベッドサイドテーブルをつかみ、そのまま剣士にぶち当てる。


剣を押さえられている剣士は引くこともできず、もろに食らう。


ベルグレスは立ち上がり、剣を持ち直し、もう一人の剣士に斬りかかる。


その後ろで別の敵が魔力を練っている。

眠りの魔法か?


風の塊をぶつけ、魔法の発動を阻害する。


その短い間で、ベルグレスはもう一人の剣士を倒していた。


「くそ、引くぞ!」


そう言いながら後ろを向いたリーダーっぽい男の背を、ベルグレスは斬りつける。

残りの侵入者が逃げようとしたところで、他の兵が駆けつける。


     ◇


「大丈夫だったか?」


ベルグレスが心配そうに語りかける。

俺にではなく、ミケにだ。


ミケは手を伸ばしてきたベルグレスから飛びのき、“シャー”と威嚇している。


あ、ベルグレス、落ち込んだ。


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