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第53話 ジャイアントフォレストエイプ

「リュカ君、お願い、エリザを助けて」


伍長から“君”呼ばわりになった。そもそも、エリザって誰よ。


「エリザ?」


「やめろ、リリサ少尉。撤退と言ったはずだ」


ニース大尉が割って入る。


「お前が幼少のころ、エリザベータ王女と懇意にしていたことは知っている。だが、ここは軍だ。私情を挟むな」


「エリザベータ王女は王室の反対を押し切り、我々を手助けに来たんです。軽々しく見捨てるべきではありません」


「我々が救援を要請したわけではない。それに、第二王女の部隊がなくても作戦遂行に問題はなかった」


「いえ、犠牲ははるかに大きくなったはずです。昨日からの魔物の圧力を考えると、元第6陣地のほうは全滅していた可能性もあります!」


リリサ少尉がこちらを向く。


「お願い、リュカ君。エリザを助けて。助けられるなら、あたし、何でもする」


「無理だ。リュカ伍長一人でどうする」


「作戦があります。ニース大尉はリュカ伍長の治療能力を知らない。でも彼なら王女の部隊を助けられます」


ニース大尉とリリサ少尉がにらみ合う。

しばらくにらみ合いが続いたあと、ニース大尉が折れる。


「どんな作戦だ。言ってみろ。兵を一人、無駄に死なせるだけの作戦だったら許可は出せんぞ」


許可、出さないでください。


「リュカ伍長が一人、隠密を使いながら王女の部隊まで物資を届けます。それだけです。リュカ伍長、あなたが森に薬草採取へ出たときに一緒だったベスカ上等兵は優れた斥候よ。彼女が、あなたは優れた隠密使いの可能性が高いと言っていたわ」


ベスカ上等兵は、森で薬草採取するときに護衛としてついてきていた人だ。採取のときはいつも気配を殺していたからな。


「流石にそれは無茶ですよ。気配を殺したって、魔物の密度が高ければいつかは発見されます」


「王女の部隊には魔物が群がっていると報告があったの。今からこの部隊を二つに分け、残りの魔物を引きつけながら新しい陣地に向かう。これなら、道中の魔物はかなり減るはずよ」


「でも、魔物の群がる王女部隊にどうやって合流するんです?」


「通信を送っておくわ。向こうにとってもリュカ伍長との合流は死活問題。かならず血路を開いてくれるはず」


こんな作戦、“はず”ばっかりで希望的観測にのっとったインポシブルなミッションだ。さすがに許可は出ないだろう。ニース大尉を見る。

リリサ少尉もニース大尉を見ている。おい、悩むところじゃないだろう。不可だ、不可。


ニース大尉はしばらく悩んだあと、後ろの護衛に合図をし、背嚢を持ってこさせる。


「これをやろう。この中に糧食120個が入っている。魔力登録を俺からリュカ伍長に変更するから持っていけ」


マジっすか?


「あと、この剣も持っていけ。合流できたら、一番デカい兵士に渡すといい」


なんか、デカい剣を託されました。


「あたしのこの剣、エリザに渡してくれる?」


リリサ少尉の剣も渡された。


「なら、こいつも親衛隊の美女さんに渡してくれ。俺は予備の武器があるからな」


そうしたら、次から次へと二十本近くの剣が集まった。

途中で容量がいっぱいになったので、仕方なく自分の収納から製薬道具などを取り出し、糧食を詰めて容量を調節する。魔法の収納からは砲身も出てきた。これは持っていくかな。


「リュカ伍長、準備は良いか? 昨日、そちらの小隊が通過したから、前方の魔物は減っているはずだ。前進できるだけ前進し、危険そうだったら無理せず待機だ。しばらくしたら、こちらで騒ぎを起こす」


「はい」


心の準備は全くできていないが、もうこうなったら行くしかない感じである。


「リュカ君、幸運を」


はーい。


     ◇


とりあえず、隠密行動を意識しつつ、気配察知で周りの安全を確認しながら進む。確かに魔物の気配はない。大部隊が通ったばかりだから、道もわかるし歩きやすい。四時間ほど進むと魔物が増え、進むのが難しくなってくる。無理するなって言われてるしな。休憩と食事だ。


のんびり食事をとっていると、後ろで大きな破裂音がした。真後ろ、つまり西ではなく、どちらかというと北西だ。前方にいた魔物が音のほうに移動し始める。これ、かなり無理して北東に移動してから騒ぎを起こしたな。まあ、真後ろで騒ぎを起こされると、魔物は俺のほうに向かってきてしまうし。ありがたい。


前方がクリアになったので、東に進む。さて、どこまで行けるんでしょう?


     ◇


さて、夜になった。しかも、周りは魔物に囲まれている。こんな中で寝るほど度胸はない。木の上を移動する魔物もいるので、木に登ってやり過ごすとかも無理だ。ゴブリン系の魔物は昼行性だが、ウルフ系は夜行性だ。昼と夜、どちらが安全というのはない。危険度が同じなら、ここはゆっくりでも進むべきだろう。


前よりもより慎重に、音を立てずに進む。夜の闇は恐怖心を抱かせる。見えない闇に魔物が潜んでいるように思ってしまうのだ。


何時間歩いただろうか。もう限界だ。緊張の連続で、もう一歩も前に踏み出せない。肉体的疲労よりも、精神的疲労が大きい。闇のジャングルを進むという行為は心をむしばむようだ。少しでも安全そうな岩陰に体を入れ、目をつぶる。気配察知は全力だ。怖い。


     ◇


気が付くと周囲は明るくなっていた。どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。こわばっている体をほぐし、食事をとる。ニース大尉が持ってきた分に加え、隊で余っていた糧食ももらっているため、食事だけはたっぷりあるからな。再びゆっくりと歩きだす。


油断していたつもりはなかったが、疲れで注意力が落ちていたのだろう。魔物に見つかってしまった。ジャイアントフォレストエイプ。大型の猿型魔物だ。体表を覆う剛毛は戦士の斬撃をも防ぐという。司祭がどれだけ頑張っても傷一つ負わせられないだろう。三十ミリ砲ならダメージを与えられるだろうが、あれは準備に時間がかかる。漫画にありがちな目や喉を狙うというのも、ジャイアントフォレストエイプの素早さを考えればかなり難しい。


とりあえず、戦うのは避けよう。幸い、横には水たまりがある。水たまりといっても泥だが、隠れるのにはちょうど良いかもしれない。風魔法で周囲の枯れ葉を巻き上げ視界を遮ると同時に、横にある水たまりに飛び込む。


しかし想定より浅い。体を平らにしても半分は出てしまう。そこに襲いかかって来るジャイアントフォレストエイプ。慌てて転がり、攻撃を躱す。


視界から外れて隠密で隠れる作戦、冒頭から失敗だ。尉官用の食事に鶏肉の塊があったな。それを投げると、ジャイアントフォレストエイプの注意がそれた。よし、ダッシュだ。


ジャイアントフォレストエイプが鶏肉を食べている間に距離をかせぐ。

ジャングルは見通しが悪い。二十メートルも距離があれば、もう見えないはずだ。距離を取ったあと、木に登って気配を殺す。すると、ジャイアントフォレストエイプが俺を探しているのが見える。


やり過ごせるか?


ちょうど真下まで来たとき、ジャイアントフォレストエイプは周辺の匂いを嗅いだあと、上を見る。そうか、匂いか。


ジャイアントフォレストエイプは俺がいる木を登ってくる。俺は仕方なく、さらに上に逃げる。この木、あまり太くないんだが大丈夫か?


案の定、下のほうでミシミシと木が折れ始める音がする。


何かないか?


窮地をしのげそうなものを探し、収納を探る。ニース大尉から託された大剣があるな。これ、重いし、上から落としたら大ダメージではないだろうか?


大剣を出そうとしていると、別のものが手に触れた。尉官用食事に入っていたスパイスだ。とっさにスパイスが入った袋をジャイアントフォレストエイプに向かって投げつける。命中したとたん、ジャイアントフォレストエイプが大騒ぎを始めた。そのとき、とうとう木が耐え切れなくなり、折れた。


俺は空中を放り出され、地面に激突する。肺から空気が押し出される。息ができない。


なんとか息を落ち着かせる。腕の骨と肋骨が折れている。近くでジャイアントフォレストエイプが吠えているが、こちらに向かってくる気配はない。怪我を治療し、そっとその場を離れる。


ジャイアントフォレストエイプにダメージはない。嗅覚が復活したらまた追ってくるだろう。途中にあった水たまりで体に泥を塗り、匂いを抑える。


気配を殺しながら、でもできるだけ早くジャイアントフォレストエイプから距離をとる。


日暮れまで必死に移動する。ジャイアントフォレストエイプは昼行性だったはずだ。日が暮れ、大きな木の根元で浅い眠りを取る。



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― 新着の感想 ―
今章(兵役時代)に入ってからの展開が、今まで以上に周囲に振り回され過ぎて、嫌いです。 何で、肉体年齢からしたらこんなしなくて良い苦労をさせられてるんだろう?と思ってしまいます。(お願いや命令して来た奴…
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