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第52話 後退作戦

「リュカ伍長、あとは頼んだぞ」


ペンス曹長は爽やかな顔で去っていった。入れ替わりに、新兵の治療士が入ってくる。


「ヘレネー二等兵です。僧侶です!」


元気な女の子がやってきた。志願兵らしい。貧しい農村の出で、冒険者と軍人の二択。将来、年金が保証されている軍人を選んだそうだ。志願兵なら、衛生兵になりたいといえばたいてい叶うからな。


ちなみに、アニータも残った。


「特別貴族徴兵は終わったらしいですけど、家に戻っても居場所ないですから。また特別貴族徴兵があったら、次は前線に送られる可能性大ですしね」


今回やった一貴族家二人目の貴族徴兵は、特別貴族徴兵と名付けられた。貴族からも軍部からも不評だったらしい。だが、今回、特別貴族徴兵の対象となった地域とならなかった地域で不平等が生じるから、要件を変更して続くだろうと言われている。


俺のほうは特に変わりなく、日々治療の毎日だ。ただ、診察は丁寧にやることにしている。午前中に時間があれば、前日に診た患者を訪問し、異常がないかを聞いて回る。時間がない場合はアニータに任せる。


伍長になっても待遇が良くなったりはしない。寝る場所は第二診療所だし、食事も皆と同じだ。

アニータは相変わらず第二診療所で寝泊まりしている。というか、俺の部屋の一部を占拠している。大部屋は落ち着かないそうだ。


第8陣地の兵数も増えている。小隊が三つ追加され、四百人近くが駐屯している。ほぼ大隊レベルだ。指揮はニース大尉のままだが、ニース大尉が昇進するとか、ノーフォーク基地から中佐あたりが派遣されるとかの噂が流れている。


「リュカ伍長、元気にしてる?」


ベスカ伍長が、以前腕が取れかけた女性兵士を連れてやってきた。彼女も昇進したらしい。


「同じ階級になっちゃったわね。ほら、ネスカ、挨拶しなさいよ」


「ネスカ一等兵です。以前は腕を治療していただき、ありがとうございました」


「妹なのよ。ずっとお礼がしたいって言ってたんだけど、この子、シャイだから」


「姉妹で兵役なんて、めずらしいですね」


「私たち、三姉妹なんだけど、一番下の子以外は勉強が苦手でね。逆にあたしたちは体を動かすのが好きだから」


「レスカは頭がいいから」


レスカさんが一番下らしい。仲良し三姉妹のようだ。


「それより、噂は聞いたか? 近々、大規模な作戦があるらしい」


「噂だけは。でも、どんな作戦だかは皆目わかりません」


「戦線を下げるらしい。こことノーフォーク基地の中間くらいだそうだ」


戦線を下げる、というのは実は意外と難しいらしい。特に、今のように一部が押し込まれている場合――第6陣地があったあたりだが――は特に難易度が高く、場合によっては総崩れになるとか。東部戦線全体で歩調を合わせるため、調整も難しいものになる。


「どうやら、第二王女が精鋭を連れて来るらしい。まず第6陣地があったあたりの戦線を押し上げるそうだ」


「第二王女って、どんな人なんです?」


「責任感のある人らしいな。特に悪い噂は聞かない。今回の出陣も、第一王子の暴走から始まった東部戦線のぐだぐだに、王家が指をくわえて見ているだけってのがおかしい、って出てくるらしい」


第一王子、まだ残っているのか?


「第一王子、北部貴族の後押しで廃嫡は逃れたようだぞ。影響力は減じたが、失脚ってほどでもない」


「軍部は、東部戦線では王家の干渉を嫌っているのでは?」


「本音はな。だが、第二王女は軍部内でも一部に人気があってな。やっかいなことだ」


まあ、俺のような下っ端衛生兵には関係のない話である。

いっそ、戦力にならない衛生兵はノーフォーク基地に返してくれないかな。


     ◇


そして、今日、いよいよ作戦が始まった。

といっても、第8陣地は戦線の維持のみだ。第8陣地より東側にある小陣地は全て引き払い、余剰の戦力は北側、第6陣地方面に布陣してある。第二王女の部隊が、以前第6陣地があった場所にたどり着くまで、このまま待機である。元第6陣地は第8陣地よりも少し東側に出ている。そのうち北からの魔物は減るだろう。


「第二王女の部隊は順調なようだ。明後日には目標地点にたどり着くんじゃないか?」


いつぞやの風魔法使い、ヴィント上等兵が上を見ながら言う。俺も意識すればピーピーと音が聞こえるが、コードを知らないから意味がない。


「第二王女部隊の進軍に合わせて、魔物が引いているらしい。ほとんど交戦なく進んでいるようだ」


第8陣地も大きなテントなどは既に引き払い、すでに後送してある。食事も行軍食だ。


「第二診療所も撤収だ。リュカ上等兵は第一診療所に入れ」


ヘレネー二等兵は後ろに下がるようである。ずるい、俺も下がりたい。


     ◇


「第二王女の部隊は旧第6陣地の北側を通り過ぎ、少し東側に突出してしまったそうだ。そのまま小休止のあと、全体に合わせて下がるそうだ」


「よし、俺たちも第9陣地の部隊と連携して下がるぞ!」


三日後の昼、ようやく移動の命令が出た。最後の一日は、さすがに第二王女の部隊も魔物の抵抗に遭い、ようやく今朝、予定の地点――というか、その先に到達したらしい。そのまま今度は下がってくるそうなので、それに合わせて俺たちも戦線を下げる。


とはいえ、昼からの移動だ。俺たち非戦闘員だけ半日分ほど下がり、戦闘員の一部はまだ陣地に残っている。味気ない行動食とツェルトでの野営で一日を終える。


翌日は丸一日、移動である。


「先に戻った部隊は、新たな陣地候補地に到着したそうだ。簡易の防護柵を設置中だとさ」


「陣地設営に加わらなくていいってのは、後発部隊のほうが楽なのかもな」


二日目の野営地に着き、兵たちは雑談をしている。


「リュカ伍長、いるか?」


「はい、なんでしょう?」


怪我人でも出たのかな? ジャングルの中での移動だ。足をくじく人も出る。


「しんがり部隊に負傷者が出ているらしい。リュカ伍長は明日、ここに残り、しんがり部隊と合流してくれ」


嫌じゃー。まあ、軍だし、上官の命令には逆らえないんだけどね。


「承知しました!」


ちゃんと護衛、付けてくれよ。


     ◇


護衛、置いていってくれなかった。その代わり、上等なテントを置いていってくれた。


「なに、半日もすればしんがり部隊と合流できるはずだ」


目立つテントの中で待つわけにもいかず、できるだけ気配を消し、ジャングルに潜む。尉官用の良い食事を置いていってくれたのがせめてもの救いだ。なんと、塩だけでなく胡椒や唐辛子などの調味料まで付いている。唐辛子、南方で採れるんだが、高いんだよな。


夕方になり、ようやくしんがり部隊が姿を現す。誰だ、半日で合流って言ったやつ。


「リュカ伍長か。早速治療を頼む」


しんがりの指揮はリリサ少尉だった。意外と怪我人が多いな。


「魔物の圧が強くなってな。正直な話、リュカ伍長が残ってくれて助かったよ」


しんがり部隊は三十人弱の小隊である。ただ、精鋭のはずだ。

その精鋭が、ここまでぼろぼろにされるとは。


「今夜はここで野営する。リュカ伍長はテントで休んでくれ」


精強な護衛に囲まれれば安心である。シャワーを浴び、洗濯をし、尉官用の良い食事を食べて、ゆっくりと休んだ。


     ◇


「まずいことになった」


第二王女の部隊が取り残されているらしい。


第二王女の部隊は、親衛隊二十九名と元第6の残存兵、ノーフォーク基地から加わった兵からなる百五十名ほどの部隊だ。第二王女は今回の作戦で、親衛隊と共にしんがりを務めたらしい。だが、慣れないジャングル内での行軍で方向を見失い、元第8陣地周辺に取り残されているらしい。


なんてこった。

とりあえず、現在地で一日待機になった。


翌日、ニース大尉が護衛二人を引き連れて現れた。第二王女部隊救出の可否を検討している。


第二王女の部隊は進めていないらしい。ここから約一日の距離。だが、損耗が大きく、武器防具も破損している。糧食も尽きたらしい。


「我々も限界です。あと、ぎりぎり一人一食あるかないか」


リリサ少尉が言う。


「心配するな。糧食の追加は持ってきている」


魔法の収納。軍のものではなく、ニース大尉の私物らしい。


「何食あるんです?」


「百二十だ」


これは多いように見えるが、実はそうでもない。この小隊が救援に行ったとして、王女部隊に合流するころには残六十。合流した計六十名の部隊一回の食事にしかならない。


「親衛隊は屈強と聞いています。全員中級職のレベル二十以上。最高の装備に厳しい訓練。なぜ苦戦してるのですか?」


「最強とはいっても、貴族の乙女のみ。しかも、派閥の関係もあるという中からの選別だ。単純な強さなら、なんでもありの黒殺部隊のほうが強い。それに、長期の行軍はあまり想定されていない部隊だからな」


悪名とどろく黒殺部隊。殺し、強姦、なんでもござれ。卑怯な手も使う残虐な部隊という噂だ。だが、とにかく強いらしい。まあ、王女のそばにそんな兵を置きたくはあるまい。


「あと、レッサーグランリザードの変異種が出たって話もある。通信によれば、特に糧食の枯渇と装備の損耗が問題らしい。幸い、死者は出ていないそうだが、負傷者多数だそうだ」


「メシと装備と回復手段持ってこいってか? 前線でそんな贅沢な要求、通るわけねぇだろ」


ヴィント上等兵が口を出し、リリサ少尉に睨まれる。


「現在の状況では救出は無理だ。新しく設営した陣地に撤収する。向こうで救出部隊を再編し、戻って来る。いいな」


「ニース大尉!」


「私情を挟むな。第9陣地の連中はそこそこ損耗している。これ以上、犠牲は出せん」


リリサ少尉は第二王女と何か関係あるのかな? 軍では自分の貴族位を口に出すことは少ないが、なんか良いところの出な雰囲気あるしな。


そんなことを考えながらリリサ少尉の顔をぼんやり見ていたら、リリサ少尉と目が合ってしまった。


「リュカ伍長」


むっちゃ嫌な予感がした。


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