第51話 治療の限界
翌朝、ヴィント上等兵が治療に現れた。顔が腫れ上がっている。
「どうしましたか?」
アニータは昨日のことを知らないからな。
「行き遅れの熊に襲われてな」
「行き遅れの熊、ですか?」
「ああ」
その問診票がベスカ上等兵に見られたら、次は打撲では済まないだろう。
大した手間ではないので、治療してあげる。
「あの、声を伝えるやつ、どうやるんですか?」
あれは、それほど強力な風を必要としていなさそうだった。
「しゃーない、コツを教えてやる。空気を振動させて音を作るんだ。まあ、一音一音、練習していきな」
少しずつ練習していこう。
◇
今日は大雨だ。どうやら前線は激戦だったようで、重傷者が大量に運び込まれる。やることはいつもと同じ。順に治療していくだけだ。そんな中、大声が響いた。
「腕を、腕をつなげてくれ。できるんだろ」
男は他の兵士に担がれて診療所に入ってきた。片腕はちぎれ、もう片方の手でしっかりと抱えている。
切断部位は肘と肩の中間くらい。傷口も、取れた腕も泥でどろどろだ。
「無理だと思う。切断面が荒れすぎている」
「片腕でこれからどうしろってんだ。とにかく付けろ。命令だ。俺は軍曹だぞ。たかが二等兵が意見するんじゃない」
衛生兵は治療に関することであれば、上官の命令に従う必要はない。だが、それを指摘しても、興奮状態のこの男は聞き入れないだろう。
「そこに寝かせて。アニータ、この腕の切断面を水で洗ってから、薄めたポーションで洗って」
切断面を見る。出血が酷いな。動脈を見つけ、とりあえず縛ってから水で洗う。
治療が始まって安心したのか、この軍曹さんは気絶した。
アニータが洗浄した腕を持ってくる。これ、骨の切断面が合わないぞ。破片を落としたな。
さて、どこから治療するべきか。まずは血管か? でも、骨をどうにかしないと位置が決まらない。神経はものによっては骨を半周するし、まずは基準となる骨が固まっていないと無理かもしれない。
「先に骨をくっつける。アニータ、支えてて」
骨の位置を合わせ、神聖力を注ぎ込む。欠片が欠損しているせいか、治りが遅い。三十分ほど時間をかけ、とりあえず骨がつながる。
次は血管かな。血流が無いと壊死してしまう。静脈をつないでから、動脈をつなげる。弱々しいが、血流はあるようだ。
神経は、正直な話、どれがどれか全くわからない。こんなに何本もあるなんて。とりあえず、太さが近いものをつないでいく。
最後に筋肉をくっつける。こちらは筋肉が潰れていたせいで縮まるということはなかったが、逆の腕と太さが変わっている気がする。
皮膚を治し、最後に全体へ神聖力を注ぐ。
つ、疲れた。
「ポーションを飲ませて寝かせておいて」
アニータに指示を出し、休む。他の負傷兵は第一診療所のほうへ運ばれたようだ。
◇
朝、アニータが持ってきてくれた朝食を食べ、お茶を飲んでいると、突然、頭に昨日の軍曹さんが土気色の顔で口から泡を吹いている映像が浮かんだ。
この感じ、“神託”か!
「アニータ、昨日の軍曹さんはどこ?」
「こっちです」
アニータの案内で昨日の軍曹さんのところに行く。
「ああ、治療士さんかい。昨日はありがとうよ。腕も無事につながったみたいだ」
昨日の軍曹さんは無事だった。神託じゃなかったのかな? 顔も土気色というより、赤いし。
「腕はどんな感じですか?」
軍曹さんは上体を起こすが、腕はだらりと垂れたままだ。
「小指と薬指は動くが、他はまだだ。まあ、練習すればなんとかなるだろ」
腕は妙に白い。
「痛みとかは?」
「いや、特にないな。少し寒気がするくらいか」
とりあえず、腕に神聖力を注いでおく。
「無理はしないでくださいね。食べられるようになったら、しっかり食べて体力を回復してください」
軍曹さんは自分の兵舎に戻っていった。
予知系は外れることも多いからな。
その日と翌日は何事もなく過ぎ去った。
さらに次の日。
「リュカ一等兵、来てください!」
そろそろ日が傾いてくる時間だ。
「パッカード軍曹の様子がおかしいんです」
パッカード軍曹って誰だ? とりあえず付いていくと、この前腕をくっつけた軍曹さんがベッドで横になっていた。
「見てください」
兵が毛布を除けると、土気色になった腕が現れた。一目で壊死していることがわかる。パッカード軍曹は意識がないようだ。体を触ると、ひどい熱を出している。
急ぎ、癒しの手で神聖力を送るが、変化はない。首筋の脈をとる。弱い。
もう一度、神聖力を送る。駄目だ。
「リュカ一等兵、第二診療所にお戻りください。負傷兵が戻ってき始めています」
「わかった。パッカード軍曹の容体が変わったら教えてくれ」
第二診療所に戻り、治療を開始する。
負傷兵の流れが途絶えたので、パッカード軍曹のもとへ行く。
しかし、そこには土気色になった軍曹の姿と、首を振りうつむく兵が俺を待っていた。軍曹の姿は、神託で見たものと全く同じだった。
首筋を触る。さっきはあんなに熱かったのに、今はすっかり冷えている。脈もない。
「先ほど、息を引き取りました」
「わかりました」
俺は第二診療所に戻った。
あの症状は敗血症だろうか?
この世界には抗生物質がない。癒しの手は体に入った雑菌には無力のようだ。腕をつながなければよかったのか? 骨折の治療に時間がかかりすぎたから? そもそも、神託を得たのは腕をつないだ後だ。
腕をつないだ後、何か正しく対処していれば、彼の死は避けられたのだろうか?
いろいろな考えが頭に浮かんでは消えていく。
◇
それからしばらく、ぼんやりしながら日々を過ごした。もちろん、治療は続けていた。ただ、機械的に、流れ作業のように癒しの手を使うだけの毎日。
魔法の改良。スラッシュの練習。何もやる気がしなかった。
ただ、来る日も来る日も、何も考えずに癒しの手を負傷兵に振りまいていた。
そんな無気力な毎日を過ごしていたある日、兵舎から男性兵士の遺体が運び出されるところを目撃した。
その兵士には見覚えがある。二日前に腕の骨折を治療した兵だ。
「ちょっと待ってくれ。その兵はなんで死んだんだ?」
遺体を運ぶ兵に声をかける。
「いや、知らん。俺たちは連絡があったから運んでるだけだからな」
俺は兵舎に駆け込む。
「誰か、彼がなんで死んだのか知っている者はいないか?」
しばらく沈黙が流れる。その後、一人の兵がおずおずと声を上げた。
「昨日の晩から、なんか腹の横側が痛むって」
遺体の方に戻り、服をめくると腹の右側が赤黒く変色している。
ここか。
「ナイフを貸してくれないか?」
遺体を運んでいた兵が戸惑う。
「頼む」
渋々とナイフを差し出してくれる。
ナイフを受け取ると、赤黒くなっている部分を切開する。どす黒い血が流れ出て、その下に肝臓が見える。肝臓はぱっくりと割れていた。
彼は骨折だけではなかった。内臓も痛めていたんだ。
ちゃんとこの兵士の話を聞いていれば。
もしくは動きをちゃんと見ていれば。
そう、もうちょっとだけ気にかけてやれば、内臓を痛めていたことに気づいたかもしれなかった。
彼の死は、俺の怠慢が原因だ。
「もういい、ありがとう」
ナイフを返し、俺は第二診療所に戻った。
俺は調子に乗っていたんだろうか?
神聖力が強いだけで、たいした経験もない子供。前世だって、医学から遠いサラリーマンだった。
もういい。
あと二週間で兵役は終わる。
俺に医療は向いていない。ヴァルクレインに戻って、ポーションでも売って細々と生きよう。
◇
その夜、リリサ少尉が訪ねてきた。
「リュカ一等兵、いるか?」
「はい、どうしましたか?」
リリサ少尉はどっかりと椅子に座り、言いにくそうに話し出した。
「そろそろ兵役が終わる時期だが、あと半年続けてほしくてな」
「いえ、ご遠慮させていただきます。治療士としてちゃんとした僧侶を入れてください。それに、貴族徴兵は兵役の延長を拒否できるはずです」
僧侶の魔法なら、彼らも死なずに済んだのかもしれない。
「ちゃんとした治療士、ね」
ため息をつきながら、リリサ少尉は言い、紙束を俺の前に出す。
「これは、この半年の治療実績だ」
紙にはびっしりと、傷の程度と治療者、予後が記されている。
いや、こんなの見せられても。せめてグラフ化してください。
「ここ半年で、リュカ一等兵が治療したのは延べ二千名以上、そのうち重傷者が五百名ほどだ。ちなみに、ペンス曹長が治療したのは五百名弱、そのうち重傷者が百名だ」
まあ、擦り傷とかも治してたからな。数はふくらむだろう。
でも、僧侶であるペンス曹長が俺の四分の一以下?
「ペンス曹長が、さぼっている?」
リリサ少尉は深くため息をつく。
「リュカ一等兵。ひとつ、いいことを教えてやろう。高レベルの僧侶が一日で治療できるのは、軽傷者で十五人程度だ」
軽傷者なら半年で二千七百人くらい。やっぱりペンス曹長、さぼってるんじゃ?
「そして、重傷者だと一人くらいだ。だから、中隊規模だと治療士が二名配属される。うちは今、第6からの兵も吸収しているからな。三名は必要だ」
「でも、僕は兵を死なせてしまっています」
「ペンス曹長の予後のところを見てみろ。予後不良、つまり死亡した兵士数は十三名だ」
五百以上の行があるリストで、そんな細かいところ見えませんよ。
「ペンス曹長の名誉のために言っておくが、彼は治療士として優秀な部類だ。そんな中で、重傷者を五百名治療して、死亡が二とか、どれだけふざけた数値かわかるか?」
あいまいにうなずく。どこに話を持っていこうとしているのかわからない。
「ペンス曹長はここに来て一年半になる。軍規で休暇を取らせなければならん。半年につき一か月だが、そのほかにも慰労休暇やらなんやら溜まっているからな。計算してみたら、半年は軍務を離れる」
一年半休暇なしって、ブラックすぎる。すぐにでも辞めたいところである。
「まあ、補充はあるだろう。だが、今さら新米の治療士が配属されてもな。近々、大きな作戦がある。今、リュカ一等兵に辞められると困るんだ」
俺も困ってます。やる気がないんです。
「特別に階級を一つ上げてやる。新兵は半年間の兵役を生き延びれば自動的に一階級上がるから、二つ上がって伍長だな。頼んだぞ」
全く嬉しくないんだが。
なし崩し的に、もう半年の兵役が決まってしまった。




