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第50話 風の魔法使い

ある日、ベスカ上等兵が血まみれの女性兵士を連れて第二診療所に飛び込んできた。


「リュカ君!」


慌てているのか、君付けである。


見ると、右腕を深く切られている。上腕二頭筋がぶっつり切断され、骨が見えている。出血も酷い。


「ここに寝かせて!」


血が脈打つように出ている。上腕動脈か! 切断面より上を包帯で縛り、出血を抑える。相変わらず血は出ているが、血流が減ったために血管の切断面を見つけることができる。さて、この血管が繋がる先はどこだ? 血管を探し当て、繋げる。

だが、繋いで良かったのか? このまま縫合しても筋肉は繋がらないだろう。切断された筋肉は収縮していて、切断面が離れ離れになっている。引っ張っても、駄目だな。届かない。


「ここで腕を切断した方がいいかも」


「いや、いや、あたしの腕。いや」


意識、あったんかい!


ベスカ上等兵の方を見るが、首を振るだけだ。そもそも、神経は繋がっているんだろうか?


「指、動かせる?」


女性兵士はうなずくと、人差し指を動かしてみせた。顔から脂汗が出まくりである。

「お願い、治してあげて」


いや、やれるんならやりますよ。待てよ、根元の方から引っ張れば腱が伸びて繋がるか?


紐で輪っかを作り、筋肉の根本、肘の近くまで持っていってから、輪を絞る。


「この紐を引っ張ってください」


「んぐわぁぁぁ!!」


ベスカ上等兵が紐を引っ張ると、女性兵士が大声でうめく。


お、これで届いた。


「そのまま引っ張り続けて」


切断面に癒しの手を施し、くっつける。くっついたのかな?


「紐をゆっくり緩めて」


筋肉が少しずつ伸びていく。だが、筋肉が破断する気配はない。できるだけ筋肉が伸びないよう、肘を曲げる。そのまま癒しの手で皮膚の切れ目をふさぐ。


これで良いのか? 全く自信がない。


「とりあえず、このまま寝かせておいて」


女性兵士は気を失っていたので、ベスカ上等兵に言う。


「ありがとうね、本当にありがとう」


ベスカ上等兵は目に涙をためている。

知り合いだったんかな。


     ◇


翌朝、女性兵士が目を覚ました。


「腕、動かさないでね」


曲げた肘をゆっくりと伸ばしていく。


「痛くなったら言ってね」


120度くらいまで開いたところで、女性兵士の顔がゆがむ。


筋肉の長さが短くなったのかな? 筋肉が切断されていたあたりを指で押してみる。これは痛くなさそう。


「腕は無理せず、少しずつ伸ばしていって。あまり腕に力を入れないように。何か違和感を感じたらここに来て」


女性はきょとんとした顔をしている。

朝飯の時間なんだし、食堂に行っておいで。


「ありがとうございました!」


女性兵士は頭を下げると、診療所を出ていった。


     ◇


土魔法による弾丸魔法と銃身、火魔法による水の加熱を利用した銃は“水蒸気砲”と名付けた。銃底側を分厚くした新しい砲身は試作済みだ。

ただ、試し撃ちができない。次に破裂させたら何を言われるやら。


スラッシュの習得も行き詰まっている。まあ、練習によるスキル獲得は時間がかかるから、まだまだなんだろうけど。これは地道に続けるしかないか。幸い、教師になってくれる人は多いし。


今、あまり役に立ってないのが風魔法だ。扇風機代わりくらいである。魔法使いで風魔法に適性がある人って、どう使ってるんだろう?


風魔法を使う兵士と話したいというと、すぐに見つかった。


「ヴィント上等兵だ。魔法使いで風を使う」


「あ、あのとき派手に骨折していた」


「あのときはありがとうございます」


両腕と肋骨を骨折してたよ。何したんだか。


「風魔法単体だと攻撃力は低いんで、剣術とかの補助に使う感じですね」


木剣で軽く手合わせしてくれることになった。もちろん、手加減はしてくれる、と思う。まあ、向こうも非力な魔法使いだ。酷いことにはならないだろう。


軽く木剣を打ち合わせる。剣筋は自己流だな。力もスピードも戦士とは比べ物にならない。ヴィント上等兵に隙があったので、少し力を入れて打ち込む。すると――


ブォン!


風の塊が体にぶつかる。かなり威力があり、体が後ろに流される。


これは、このままだと後ろに倒れるな。幸い足は地面に付いている。前世だったら、何も考える時間もなく倒れていたかもしれないが、今世ではステータスの速さか知力かがサポートして、いろいろ考えることができる。


倒れる勢いにまかせ、地面を蹴って後ろ宙返り。ヴィント上等兵が突っ込んで来るのが見える。まだ空中にいる間に地面の石を木剣ではじき、ヴィント上等兵を牽制する。ヴィント上等兵がそれを風魔法で逸らしている間に体勢を整える。


ヒュー。


ヴィント上等兵が口を鳴らす。


「いや、あれを凌がれるなんてね」


「あの石、対処しなくても外れてましたよ」


木剣ではじくのは投擲の補正が入らないらしい。


「こんなのはどうかな?」


ヴィント上等兵は突っ込みながら、周囲の葉を風魔法でぶつけてくる。木の葉隠れの術ってか?


真ん前にいるはずのヴィント上等兵の気配がない。急いで気配察知でヴィント上等兵の場所を探る。左か!


左に思いっきり木剣を振ると、ヴィント上等兵の木剣に当たる。お、見えた。驚いた顔をしているな。顔面に風魔法が当たると同時にヴィント上等兵の姿が消える。だが、気配察知で場所はまるわかりだ。後ろだな。


気配察知でヴィント上等兵が後ろから木剣を振り下ろすのがわかる。とっさに前方に前転。石を拾い、ヴィント上等兵の顔に投げる。


ゴン!


お、命中した。


「そこまでだな」


見物していたベスカ上等兵が告げる。


「え? ちょっと待て。俺の負け? え?」


「ヴィントは攻撃が甘いんだ。いつまでも自己流じゃ、とっさの対応が遅れる。日々の訓練で得た動きこそ、とっさの事態でも動けるんだ」


いや、ダメ出しはいいから。とりあえず、治療してあげる。


「すごいです。あの消えるような動き、あれは風魔法で動きをサポートしてるんですか?」


「ああ、こんな感じで自分の体に風弾を当てて動きを補助するんだ」


生活魔法の風魔法じゃ威力が足りないな。


「こんな事もできるんだぜ」


ヴィント上等兵はベスカ上等兵に向かって走ると、直前で飛び上がり、ベスカ上等兵の後ろを取る。高さで言ったら5mくらいだろうか? あれはびっくりするな。


だが、ベスカ上等兵はすぐに後ろを向くと、着地点に剣を突き出す。その剣はヴィント上等兵の喉元で止まっていた。


「そんなのは初見でないと通用しないぞ」


「初見の相手にしかやらねーからいいんだよ!」


「まあ、こんなのは前線で戦わなきゃいけなくなったときの裏技だ」


ヴィント上等兵は草むらに腰を下ろし、タバコに火をつけた。この世界での喫煙率は10%くらいだろうか。軍では若干多い気がする。ベスカ上等兵はタバコの煙に露骨に嫌そうな顔をする。


「俺たち風魔法使いの本業は別なんだ。リュカ、ちょっと向こうの木まで行ってみろ」


ヴィント上等兵は30mほど先にある木を指す。素直にそこまで歩いていく。すると、


「おい、聞こえるか?」


耳元からヴィント上等兵の声が聞こえる。驚いてヴィント上等兵を見る。


「驚いてくれたようだな」


ヴィント上等兵の口は動いていない。魔法か!


「まあ、戻って来いよ」


戻るとヴィント上等兵は普通の声で話す。


「俺たちの本業は情報の伝達だ」


「すごい、どれくらい届くんですか?」


「まあ、俺は今くらいの距離が限界かな。ただ、陣地との交信に言葉は使わねえ。高い音を長いのと短いのを混ぜて通信するんだ」


耳元で高音のピー・ピ・ピーが聞こえる。モールス符号っすね。


「こんな信号を陣地の上空に飛ばすんだ。そうすると、陣地の風魔法使いが拾ってくれる」


「優秀な風魔法使いは陣地だな。こいつくらいのが前線に出ることになる。通信役といっても、前線に出たら戦わなきゃいけないこともあるからね」


ベスカ上等兵が言う。


「まあ、俺らは時間を稼いでいればガチの戦闘役が助けてくれる。ただ、小隊が自分以外全滅ってこともあるからな。戦えた方がいい」


この前の大怪我のことだろうか。


「一番優秀なヤツはノーフォーク基地勤めさ。陣地に勤めてるヤツは基地との通信もやらなきゃなんねーから、意外と大変らしい。まあ、前線が一番大変だと思うんだけどな」


「最初にやった、声を伝えるヤツな。あれは前線で使うんだ。脳筋の戦士や武闘家はコードを覚えられないからな」


「あたしはわかるぞ」


「ほう」


モールス符号のようなものが響く。


「べ、す、か、の、い、き、お、く、れ」


ベスカ上等兵の正拳がヴィント上等兵の顔面にめり込んだ。


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