第49.5話 リリサ少尉の呟き
戦況は日増しに悪くなっている。
全て、第6陣地の崩壊のせいだ。無茶な進軍からの破綻。ヘント中尉は戦死したそうだが、死んでいなかったら私が殺していた。
第6陣地が消えたせいで、東側だけでなく北側にも戦線ができた。第6陣地からの敗残兵なども使いながら、なんとか戦線を維持している。
先ほど、ノーフォーク基地から伝令が来ていたから、たぶん下がって立て直すことになるのだろうが、第9陣地と歩調を合わせなければ、向こうが危機に陥る。
負傷兵も劇的に増えた。
以前は多くても1日十数名、少ないときは1桁だったのが、第6の状況が悪くなってきてからは1日二十数名、多い時には30名を超えることがあった。
ペンス曹長は腕の悪い僧侶ではない。いや、普通くらいだ。1日に治療できるのは10名程度。これも普通だ。
だが、戦況が悪化してからは、全く足りなかった。
私はトリアージを担当している。
戦況が悪化する前であれば、治療を受ければ助かる者を優先してきた。軽傷の者は翌日でも問題ない。
だが、戦況が悪化してからは、軽傷の者を優先的に治療し、戦力を維持せねばならなくなった。治療を受ければ助かる命を、戦線維持のために見捨てる。
そこに、癒しの手が使える子供がやってきた。リュカ一等兵。貴族徴兵で送られてきたらしい。
正直、全く期待していなかったが、とりあえず第二救護所を任せた。救護所とは名ばかりの、軽い怪我をした兵士の休憩所だ。
リュカ一等兵が着いた日は激戦だった。
次々と運ばれてくる負傷兵。軽傷の者を第二救護所に回し、重傷者を第一に送る。その日の終わり、擦過傷と骨折を併発している兵を第二に送った。擦過傷だけでも治療してくれれば、ペンス曹長の負担が減る。
一日が終わり、第二救護所の様子を見に行く。第二に送った骨折者を第一に移送せねばならなかったし、どれくらいの人数が治療されたかを確かめたかった。
だが、行ってみると、リュカ一等兵は全ての負傷兵を治療したという。
おかしい。ありえない。
あの数を全て捌くのは僧侶でも無理だし、そもそも癒しの手では骨折は治療できない。骨折ではなかったのか?
私はその場を適当にごまかし、骨折した兵を探しに行った。
その兵はすぐに見つかった。私はトリアージ担当として、兵の名前と負傷度は全て記録してある。
「はい、癒しの手であっという間に治してくれました。癒しの手って、骨折も治るんですね」
良かった。こいつが肘と手の間に関節がある変人とかでなく、ちゃんと骨折はしていたようだ。
翌日、第一救護所で治療しきれなかった負傷兵を第二に送り、リュカ一等兵の様子を見る。
リュカ一等兵と一緒に入ってきたアニータ一等兵と話すという理由で、リュカ一等兵の治療を観察する。確かに癒しの手しか使っていない。僧侶の“治療”は派手に光るからな、すぐに見分けがつく。
そして、癒しの手で重傷者まで治療していた。
なんだ、こいつは。
異常なんて言葉じゃ軽すぎる。
アニータ一等兵を引き取り、トリアージの訓練を施す。傷の重ささえ判定できれば大丈夫だ。
そのうえで、リュカ一等兵の治療記録を付けさせる。
調べてみれば、異常さは明白だ。
まず、1日に治療できる人数に限度が無さそうである。どれだけ負傷兵が来ても瞬時に治療を終えている。
そして、死ぬしかないような重傷者でも治療している。
トリアージ作業が馬鹿らしくなる。全部、こいつにやらせれば良い。
神聖力が余っているのか、ポーションを作り始めた。薬草を採取したいとか言ってきたから、護衛を付けた。森ではぐれ魔物にでも遭遇したら大変だ。
そして、なぜかときどき暇な兵からスラッシュを習っている。
馬鹿なのか?
おまえは治療だけしていれば良いんだ。戦うなんて害悪でしかない。
まあ、剣筋は悪くないのだが、とにかく力が足りない。頑張っても良い戦士にはなれない。とにかく治療に集中してくれ。
ポーション瓶爆発騒ぎなど、ときどきアホなこともやっているが、こいつのおかげで第8陣地は回っていると言ってよい。兵の損耗がなく、負傷兵もすぐに復帰できている。
問題は、こいつの任期がもうじき切れることだ。
一般兵なら、もう半年延ばさせるのはそう難しくない。だが、貴族徴兵は別だ。兵本人が望まない限り、一回の兵役を半年を超えて続けさせることはできない。
こいつがいなければ、第8は遠からず落ちる。
さて、どうやって説得するか。




