第48話 第8陣地
朝一のラッパで目を覚まし、食堂へ向かう。食堂はラッパが鳴る前から開いていたようだ。そこで、パンと卵、肉と野菜を炒めたものという、結構重い朝食を食べ、アニータさんと一緒に衛生隊のテントへ向かう。
「リュカ一等兵です」
「アニータ一等兵です」
「うむ。君たちのことはニール曹長から聞いている。さっそく前線の陣地に向かってもらおう」
え? ここって前線なんじゃなかったっけ?
「今、回復役が不足しているのは第8陣地だな。すぐに案内役が来る。とりあえず、第8陣地に向かい、そこで先任の者に話を聞いてくれ」
それだけ言うと、その軍人さんは下がっていった。
仕方なく待っていると、ほどなくして若い男性軍人が現れた。
「君たちが新たな回復士かい。俺はマヒュー。上等兵だ。第8陣地だったな。付いてこい」
基地の敷地を出るとジャングルだった。あの基地はジャングルを切り開いてつくったらしい。
「第8陣地は大きめの陣地だな。数字二桁までの陣地は中核陣地だ。小さい陣地は三桁になる。たとえば203陣地とかな。俺は一昨日まで203陣地にいたんだ」
「先ほどまでいた基地は前線ではないんですか?」
「ノーフォーク基地か? 前線といえば前線だが、中枢基地だな。文明を味わえるのはあそこまでだ」
マヒューはジャングルをずんずん進んでいく。ジャングルは地面がところどころぬかるみ、下生えも多く、森よりも歩きにくい。上からは蔦が垂れているし。
「第8を拠点としている兵は二百人くらいだと思う。あとは幹部と炊事係、衛生隊なんかで合計二百五十人いくかいかないかだな」
もう昼過ぎだ。ここら辺までくると、ところどころに薬草や香草が生えている。中級ポーションくらいまでならつくれそうだ。
「実際の戦線はその先だ。歩いて二日くらいかな。しばらくしたら、第8も少し前方に展開することになるかもしれん」
小動物や鳥なども見かける。食べられるかわからないけど、毒耐性があればたいていは大丈夫だろう。お、キノコもあるな。
「北側、第6陣地がある方は最近押し込まれているらしい。あそこはヘント中尉だったかな。前に少し無理をしたらしい。第8のニース大尉は無茶をする人じゃないから安心しろ」
マヒュー上等兵、よくしゃべる人だ。アニータさんはもう限界近いな。
「あの丘を越えれば第8が見えてくる。もう少しだな」
夕方遅く、第8陣地に到着した。
第8陣地は思っていたより大きかった。サッカー場の半分くらいか。あちこちにテントが立ち並び、周囲が柵で囲われている。
「ニース大尉、新兵を連れてきました」
「一か月後だと聞いていたんだがな」
髭面のニース大尉は、マヒュー上等兵から渡された書類を読む。
「練兵に耐えられない者は追い返すもんだろう。なんで入隊してるんだ?」
「貴族徴兵の追加で来た新兵ですので。王が決めた基準に達した者を、基準不足で追い返すのは王命に反することになります」
「五体満足であれば誰でもいいっていう、あれか。老人も来てるって話だぞ。ここは姥捨て山か」
「王命ですので」
「まあ、いい。リリサ少尉、こいつらを案内してやれ」
◇
「リリサ少尉よ。リュカ一等兵は今日から早速治療にあたってもらいます」
背の高いブロンドグラマーである。
「朝と夕暮れ前に、あちらで食事をとることができるわ。あと、水場はあっち。基地と違って時間を知らせるラッパとかはないから、食事の時間は匂いでわかるわ。忙しいときは救護所で食べることになるかも。そのときはアニータ一等兵に運んでもらいなさい」
トイレは掘っ立て小屋だ。穴を掘って掘っ立て小屋を建て、一杯になると穴の上に砂をかけ、別の所に穴を掘る――それを繰り返しているとのこと。
「そろそろ兵が帰還してくる頃ね。救護所は二か所あるわ。あちらが第一救護所、僧侶職のペンス曹長が治療を行っている。重傷者はあちらね。リュカ一等兵はこちらの第二救護所を担当してもらいます。軽傷の者が第二ね」
大きなテントの前に何人もの兵が座ったり、寝転がったりしている。
「テント外の者が一番軽傷よ。まずは彼らから治療して」
そう言いながらテントの中に入る。
テントの中にはベッドが並んでいて、包帯を巻いた兵が寝ている。軽傷とは言えないくらいの傷だ。
「治療士はこの奥で寝てもらうわ。いつ急患が入ってくるかわからないからね。アニータ一等兵はここで寝ても、合同テントで寝てもらっても、どちらでもいいわ」
テントの奥には小さめのテントが連結されていた。中にはベッドと机、棚などがある。
「リュカ一等兵。覚えておいてもらいたいのは、軍では軽傷者の治療を優先することよ。治療によってすぐに戦力化できる兵を先に。治療しても戦力にならず、後送が必要になる者は後回し。わかったわね」
「はい」
「では、早速とりかかって。治療士は、神聖力か魔法力が無くなるまで治療。限界まで治療したら、休んで神聖力や魔法力を回復させる。だから、治療士は休むのも仕事のうちよ。じゃあ、リュカ一等兵、頑張ってね」
リリサ少尉は颯爽と去っていく。格好いい人だったな。
「さて、アニータさんはとりあえず、水を浴びて洗濯してきたらどうかな」
アニータさんは慣れないジャングルを歩き回ってドロドロである。
「僕はできるだけ治療を進めておくから」
まあ、彼女はやることないしね。
テントの外にいる人たちから治療していく。とはいっても、順に癒しの手で治していくだけだ。ものの十分で終わってしまう。テントの中で寝ている患者は広範囲の擦過傷や深い切り傷などだ。こちらもさっさと治療してしまおう。魔法による治療は、傷が重いと治療によって患者の体力も減るっぽい。全員を治療した結果、脱水症状が激しい者や衰弱している者が五名ほど残った。
とりあえず出来ることは終わったので、テントの外に出る。すると、前方から無精ひげを生やした軍人が歩いてくる。三十代後半くらいだろうか。
「君がリュカ一等兵かね」
「はい」
「ペンス曹長だ。あっちの第一救護所で治療している。最近、負傷者が多くてね。癒しの手だけでも助かる。もうすぐ兵共が戻ってくる時間だ。飯を食っておいた方がいい。こっちだ」
ペンス曹長に連れられ、食事場へ。
「おう、大盛な」
「僕は普通で」
「何も言わなきゃ、普通盛りさ」
二人でテーブルにつく。
「早く食っちまったほうがいいぞ。じきに忙しくなる」
「ペンス曹長は僧侶ですよね。どんな治療スキルがあるんですか?」
「スキルの構成ってのは人に話すもんじゃねぇが、衛生兵として関係あるのは“治療”と“解毒”くらいだな」
「消毒とか、病気を治すのはないんですね?」
「消毒ってなんだ? 病気は上級職になったら出るみたいだな」
消毒って概念がないのか? 治療の中に含まれるのかな。雑菌が入ったままで傷が塞がっても、化膿するだけだしな。
「衛生兵!」
「おっと、お呼びがかかった。リュカ一等兵も戻んな」
四分の三ほど食べたところで呼び出しがかかった。
◇
リリサ少尉は、けが人を第一救護所と第二救護所に振り分けている。比較的軽傷なのがこっちだ。
第二救護所の入り口で、来た負傷兵の様子を見て、癒しの手ですぐに治りそうなら治療し、時間がかかりそうなら中に入って待っていてもらうことにする。
しばらく入り口で治療を続けるが、中に入ってもらうほどのことはなかった。重傷者はすべて第一救護所に行っているからだろう。
途中でアニータさんが戻ってきたので、入り口に椅子を持ってきてもらい、そのまま治療を続ける。最後の方には骨折者が混じり始めた。切り傷もあるな。
すべての人たちの治療を終え、アニータさんに入れてもらったお茶を飲んでいると、リリサ少尉が現れた。
「負傷兵たちはどうした?」
「治療を終えたので、食事に行ったか寝てるんだと思います」
リリサ少尉はテントの中に誰もいないことを確認すると、
「そうか。今日はたぶん、もう終わりだ。お前たちは今日、着いたばかりだったな。もう休むといい」
俺は自分のベッドが奥にあるが、アニータさんはどうするんだろう? たぶん、どこかに寝る場所は用意されているんだろうけど。
結局、アニータさんは空いている患者用ベッドに寝ることにした。




