第41話 古代回廊
エーベルシュタインを出て国外へ。
国と国が接する国境と違い、国と魔物の領域の間に明確なラインはない。端にある町から出て、次に続く町がなければ、そこはもう人の領域ではない。
今、商隊は古代回廊の入り口に向かっている。
古代回廊。初めての古代遺跡だ。少しワクワクしている。
当然、人の領域外なので魔物が出る。
それをどうにかするのが、我々護衛の役目である。
最初に出てきたのはコボルトが五匹。
コボルトと犬の獣人だと、コボルトの方がかなり犬寄りだが、見た目は似てなくもない。そのせいで犬の獣人に対する差別があり、これが後に魔王に付け込まれ、人類陣営の分断につながる。
だから、決して犬の獣人に「コボルトに似てるね」などと言ってはいけないらしい。
似てるけどね。
ティナが魔法の準備を始め、叫ぶ。
「ファイヤーアロー!」
ミサイルのように火の矢が飛んでいく。
格好良い!
だが、残念ながら避けられる。コボルトは素早いし、少し距離があったからね。
ティナは再び魔法の準備を始めるが、前線が接敵した。
マリベルに二匹、リーゼに二匹。となると、当然最後の一匹は俺だ。
今回、何故か俺はバグナクを装備させられている。
ナックルダスターに刃が付いたようなやつだ。マリベル曰く、非力な俺ではナックルダスターでは攻撃力が足りない、ということらしい。足りなければ切断力も足せばいい。マリベルらしい解法だ。
突っ込んでくるコボルトに対し、俺は一歩前に出て右腕を振るう。
斜め後ろからティナの声が聞こえる。
「え? ひぃ!」
同時に、
ボフッ!
と、魔法が不発する大きな音がする。
ティナ、魔法をしくじったな。
ただ、その大きな音と光にコボルトが気を取られた。
右腕の攻撃はコボルトに左手の爪で受け止められたが、よそ見をしているコボルトには左腕は見えていないはず。
バグナクの刃をコボルトの腹に突き立て、横に薙ぐ。
「ぎゃん!」
犬のような叫び声を上げ、コボルトが飛びのく。
が、腹は裂かれている。少しして、コボルトは絶命した。
前を見ると、マリベルとリーゼの方も仕留めたようだ。
だが、
「ティナ!」
マリベルが血相を変えて駆け寄ってくる。
後ろを見ると、ティナの右手が血まみれになっている。
「リュカ、お願い!」
これは酷い。親指が千切れかけている。
癒しの手を発動し、急いで治療する。
見る間に治っていく自分の腕を見ながら、ティナは唖然としている。
ふう、なんとか元通りになったな。
「コ、コボルトが……」
ティナはまだ立ち直っていない。
そこへリーゼが来る。
「コボルトは群れで動く。まだ近くにいるかも。移動した方がいい」
「わかったわ、すぐに出ましょう。リュカ、ティナをお願い」
マリベルとリーゼは馬車の方に向かう。すぐに出発するようだ。
「歩ける?」
ティナはうなずいた。
「じゃあ、行こうか」
馬車はもう動き出している。
俺たちもそれに続いた。
◇
最初の休憩のときには、ティナは立ち直っていた。
「あんなに簡単に魔物を後衛にそらすって、どういうこと!」
そして、怒っていた。
商隊長にも揉めていると思われたくないからか、小声で怒鳴るという器用なことをやっている。
「ごめんごめん。リュカがいたからね。あの状況で安全にコボルトを殲滅しようと思うと、リュカに一匹任せるのが一番いいの」
マリベルさん、軽く言うけど俺は嫌ですよ。
「そんな、わざと後衛に魔物をそらすなんてありえない!」
うんうん、その通り。俺もそう思います。
うなずいていると、
「リュカもなんか言って!」
えー。
「僕もそう思う。敵は前衛で止めるのが鉄則」
「そしたら、回復役は戦闘終了まで暇じゃん」
リーゼさん、暇ってことはないと思うよ。
「いや、投石でサポートもできるし、なんなら弓と矢も持ってきてるし」
一応、弓矢はちゃんと練習してはいる。矢がもったいないから滅多に使わないけど。
「魔法の発動には集中力がいるの。魔物が急に目の前に現れたら、魔法の発動は難しいわ」
◇
「どうかしたのかね?」
ヘルマンさんが近づいてきた。
そろそろ出発したいらしい。
「フォーメーションの相談をしていたんです」
ティナは不満そうだが、商隊長の前で騒ぐつもりはないらしい。
急ぎ片付けて出発である。
「後ろにそらすときは、何匹そらすかあらかじめ伝えるようにするわ」
ゼロ匹でお願いします。
その後は何事もなく進んだ。
出くわす敵はゴブリン四匹とかマッドドッグ三匹とかで、前衛だけで対処している。楽でよい。
出番のないティナは少し不満そうではあったけど。
「ねぇ、あんなこと、よくあるの?」
「あんなことって?」
「後衛まで魔物が襲ってくること」
いつもです。
なんせ、わざとですから。
「いつも、かな。僕を鍛えてるんだと思う」
「回復役はパーティーの要よ。回復役がやられたことでパーティーが崩れるなんて話、この業界あるあるよ。それなのに、回復役に戦わせるなんて」
「細心の注意を払っていても、後衛が魔物の脅威にさらされる危険って、なくすことはできないんだと思う。なら、普段から慣れさせようって考えなんじゃないかな。慌てさえしなければ対処はできるんだし」
慌ててファイヤーアローを暴発させたことが記憶によみがえったのだろう。ティナは右手を左手でさすっている。
「私は、いやよ」
俺も嫌ですよ。
◇
夕方、古代回廊の入り口に着いた。
はい、高速道路のインターチェンジそのものです。
古代回廊は、あちこちで発見される比較的ポピュラーな古代遺跡だそうだ。
ただ、めぼしいものはないのであまり発掘されることはない。また、トンネルの崩落などで通れなくなっている部分も多く、今回のように有効利用可能な古代回廊はそれほど多くはない。
回廊内部の方が魔物が出にくいため、そのまま古代回廊に入る。
入ってすぐのところに、野営に適した場所があるそうだ。
急峻な入り口をゆっくりと進み、野営場所へ向かう。
これは、バスだな。
バスを背にし、焚火を起こす。
ヘルマンさんたちはバスの中だ。護衛組は外で野営、二人ずつ二組で番をする。最初は俺とマリベル。
「ユリウスは去年、貴族籍を抜いたわ」
貴族籍を抜く。つまり、貴族名簿から外れ、貴族でなくなったということだ。
「なんで?」
「十二歳を超えると毎年四十万ギルの貴族税がかかるからね」
「マリベル姉さん、そんなに払ってるの?」
「私じゃないわ。お父さんが、ね。貴族名簿に載せている十二歳以上の子の分を領主が払うのよ」
「え? そんなに? ならマリベル姉さんは……」
「私はまだ貴族籍があるわ。どこかに嫁がせたいんでしょ」
俺が貴族を名乗っていられるのは、あと二年といったところか。
特に未練はないからいいけど。
真夜中を少し過ぎたくらいで、リーゼ・ティナ組と交代する。
野営中だと、さすがに奉祈からの気絶睡眠は使えない。
毛布にくるまって浅い睡眠をとる。
◇
朝は日の出とともに出発する。
朝食は抜きだ。ヘルマンさんたちは馬車に乗りながら、護衛組は歩きながらパンと干し肉を食べる。
古代回廊上の行程は平穏で楽だ。
だが、全く魔物が出ないというわけでもないらしいので、警戒は続ける。
途中、車やトラックのような古代遺物があるが、特に有用性のあるものではないとのこと。
まあ、有用性があるものならとっくに誰かが持っていってるだろう。
一度だけ、他の商隊とすれ違った。
お互いに馬車を道の両側に停め、中央で商隊長のみが挨拶を交わす。向こうの護衛はいかつい男が六名。
実は盗賊でした、ということもなく、無事にすれ違う。
そして、さらに進んでタンクローリーっぽい古代遺物のところで二回目の野営。
タンク部分に入ることができ、中は比較的安全なんだそうだ。
今回はリーゼと俺が遅番なので、さっさと寝る。
昨晩、よく眠れなかったこともあり、早い時間だったのにすんなり眠りに入ることができる。
◇
真夜中過ぎにマリベル・ティナ組に起こされ、交代。
ティナがお茶を入れてくれる。
ティナは自分の右手を見ながら、ぼそりと話しだす。
「親指と中指がちぎれかけてたのよ」
ファイヤーアロー暴発事件のときですね。
「うん、痛そうだった」
「あのときは、痛くて熱くて、パニックを起こしてて。自分の手が、自分のものじゃないみたいで」
手を握ったり開いたりしている。
ちゃんと治しましたよね。
「で、リュカ君が治してくれた。癒しの手で。あのときはありがとう」
「僕はパーティーの回復役だからね」
ティナは自分の手から視線を外し、俺の目をしっかりと見る。
「癒しの手、でね。ねぇ、リュカ君。癒しの手って、そんな便利なものじゃないの。小さい切り傷とか、かすり傷とか、そういうのが治せるだけ。あんな大けが、癒しの手じゃ治せないのよ」
そうなの?
なんと言っていいのかわからないので黙っている。
「まあ、いいわ。昨晩、リーゼと話したの。前衛組が大丈夫と判断するなら、魔物を後ろにそらしてもいいことにする。でも、それは私にとって、リュカ君までが前衛ってことにするだけだから。絶っ対にリュカ君から後ろにはそらさないでね。絶対よ」
ティナの迫力に押され、嫌とは言えなかった。
Noと言えない異世界人です。




