第40話 司祭の生活
翌朝早く、貧民街を出た。
ペリも一緒だ。街中央の広場に着く。
「今まで、ありがとうね。リュカがいなかったら途中で諦めてたと思う」
「ペリならやり遂げてたよ。ペリは獣人の神殿できっと獣人の職を得られるよ」
「バロアの町から南に三日で獣人の神殿。秘密だからね」
ペリは一人、家に向かっていった。
秘密なのになんで教えてくれたんだ?
さて、今日はどうするかな。
ステータスダウンからの倦怠感はまだ残っている。正直、何もしたくない。
……マリベルの部屋に行くか。
部屋では、マリベルがまだ寝ていた。
「ん、リュカ?」
「ただいま。僕もまた寝るから」
「ん」
マリベルは二度寝。俺も二度寝だ。
その前にステータスを確認しよう。昨日はみんなと話していてできなかったからね。
【ステータス】
名前:リュカ・フォン・ヴァルクレイン
年齢:10
職業:司祭(巫女・祈祷師)
レベル:1
力:16
速さ:40
体力:23
魔法力:290
神聖力:452
闘気力:14
知性:138
スキル:
・奉祈
・老化軽減 0%
・老化軽減 0%
・投擲
・毒耐性(強)
・気配察知
・隠密
祈祷と虫の知らせが消え、奉祈を取得している。
なんか祈ってばっかりだな。
奉祈を発動し、そのまま眠りにつく。
◇
起きると、マリベルはもう部屋を出たあとだった。
窓から外を見た感じ、たぶん夕方くらいだろう。
ステータスを見直す。
取れるスキルは老化軽減10%だ。
せっかく老化軽減0%を二回も取得したんだし、これは取ってみよう。
すると、老化軽減0%のスキル二つが消え、老化軽減10%のみとなった。
さて、これからどうしよう。
まだ十歳。前世なら小学校四年生。
この世界だと、庶民なら親の手伝いとかで働き始める者も多いが、貴族ならまだ親の脛をかじっていても大丈夫な年齢だ。
よし、脛をかじろう。
上級ポーション納品は続けるが、基本は親の庇護のもと遊んでよう。
家に帰る前に、クララさんの工房に顔を出す。
「お、リュカか。久しぶりだな」
クララさんは珍しく調合している。
「ちょうどよかった。闘気力を上げるポーションの原材料がわかったぞ」
すごい。
秘匿されていると聞いていたから、もっと時間がかかると思っていた。
「原材料を隠すのは難しい。隠していても薬師ギルドに発注すればいつかは漏れる。捨てられた抽出ガラとかからもな。闘気力を上げるポーションの原材料はいろいろな所が探っていたから情報も多い。あとは、飲んだやつの証言だ。匂いや色でわかることも多い」
なるほど。
「だが、まだ出発点に過ぎない。どのように抽出し、どう配合するか。ここからは薬師の勘とセンスだな」
クララさん、お願いします。
「ただ、問題があってな。原材料の一部が猛毒なんだ。たぶん、出来上がるポーションも猛毒になるだろう」
飲んだら闘気力は上がるけど死んじゃうポーション。
死んでから蘇生させるとか、そういうパターンかな?
「だから、摂取者は毒無効のスキルを取得していることが前提だ」
「毒無効?」
「ああ、二十一種類の猛毒に耐性を持つことで得られるスキルだ。だが、一滴でも即死級の毒だ。毒耐性(強)をまず取得しなければならない。道のりは長いぞ」
「毒耐性(強)、持ってます」
「は?」
「家庭の事情で」
そんな不憫そうな顔をしないでください。
「毒無効スキルを得るために飲む毒はどれも入手難度が高い。だが、よかったな。そのうちの一つがワイバーンの毒だ。これを最初は二五六倍に薄めて一週間、次は一二八倍に薄めて……」
毒摂取のやり方を教えてもらった。ちなみに、ワイバーンの爪からとれる毒は、毒袋から来ているそうだが、猛毒なのは爪の毒だけで、毒袋の毒は強毒らしい。なんで?
◇
家に帰ると、アルドリックが話しかけてきた。
「やあ、リュカ。最近あまり家にいないけど、何してるんだい?」
今さらこのタイミングでその質問?
十歳児がこれだけ家を空けていれば、普通はもっと不審がると思うんだが。
留守がちなギルベルトが何も思わないのは不思議ではないが。
「マリベル姉さんのところが多いかな」
「そうだと思った。リュカは前からマリベルに懐いていたしな」
そうだっけ?
どうやら、マリベルに懐いていた俺は、マリベルが街で部屋を借りたからそっちに居着いていた、と思われていたっぽい。
◇
さて、今の最大の関心事は、性的な刺激に職がどう反応するかだ。
試してみたいが、どう試すか。
この家のエロ担当はロッテというイメージだが、カスパルとあんなことがあったり、ハニトラ未遂事件があったりで、対象にしたくない。
メリアは十四歳で悪くない年齢だが、寸胴体形でどうも欲情できない。
ミアは九歳で対象外だ。
うん、この家じゃ無理だな。
「あら、リュカ様。おかえりなさいませ」
そんなことを考えていたらロッテが話しかけてきた。
「服を洗濯しますので、お湯を浴びてきてはどうでしょう? お体、お流ししますよ」
「洗濯だけお願い!」
五男狙ってもいいことないよ。
◇
しばらく家で自堕落な生活をしていた。
基本的には奉祈と昼寝だ。
弾丸魔法の改善にも取り組んでいる。
前世でセラミックは金属より脆くはあるが硬かった。
ただ、土を焼いただけのセラミックではない。ジルコニアとかアルミナとか、そんなやつだ。
土魔法の対象がどこまでアバウトなのか不明だが、ジルコニアを作るのは難しそうだ。
でも、求めているのは硬さではなく、どちらかというと重さだ。
土に砂鉄を多く混ぜて固めたらどうだろう?
やってみた。
砂鉄が多く含まれる黒っぽい粘土みたいな感じだ。重い。水魔法を使って水分を抜くことで固まる。
ちょっと大きいか?
最初は5.56ミリ弾をイメージして作っていたが、今や20ミリ弾くらいになってしまった。機関砲か?
足元から射出してみる。
威力は上がった気がするが、スピードが落ちたな。
的にしていた木の板に着弾すると、板は割れ、弾はべちゃっと潰れた。
水分が残っていたっぽい。泥団子を投げたときみたいな反応だ。
弾速を上げるため、風魔法で補助してみた。
すると、たしかに弾速は上がったが、途中で弾丸が崩壊した。的には泥のケーキを投げつけたような大きな丸い跡が残り、板は割れない。
なかなか難しい。
以前、庶民学校でやっていた火魔法の検証も進めている。
ニートには時間があるのだ。
いや、上級ポーション作成と卸しはやっているので収入はあるのだが、生活スタイルがニートっぽい。奉祈と昼寝が挟まれるせいで、寝ていることが多いのだ。
さて、火魔法だが、結論から言うと「火」という過程を経ずに熱を発生させることには成功した。
空気を温めたり、石を温めたりだ。
その際、空気を温めると膨張することも確認できた。
魔法は、過程を経ずに結果を顕現させるが、その結果は因になるらしい。奥が深い。
◇
「リュカ、隊商護衛任務よ!」
マリベルさん、なんか前触れみたいなのお願いしますよ。
いきなりすぎます。
マリベルは武闘家のレベル24、リーゼは戦士のレベル18となり、パーティーを再結成したらしい。
俺は先日、ギルドランクDに昇格していたので、全員がDランクだ。
DランクからCランクに上がるためには、これまで受けてきた依頼の種類も問われるようになる。
そこで隊商護衛依頼、ということらしい。
マリベルはそう遠くないうちにヴァルクレインを出るつもりだ。
ただ、やはり地元を出ると商隊護衛など、いくつかの依頼は受けにくくなる。信用だ。マリベルはヴァルクレインではいわゆる顔が効く、というヤツである。Cランクになればランク自体が信用になるが、Cに上がるための護衛依頼だ。それでは意味がない。
ちなみに、冒険者はDランクから一人前とみなされ、Cランクからは優秀な冒険者扱いである。E以下は雑魚ということだ。
まず、新しいパーティーメンバーを紹介された。
名前はティナ。火魔法の使い手らしい。
「あら、かわいい子ね。マリベルの妹?」
いや、たしかに巫女をやってたこともあるけど、ちゃんと男ですよ。
「リュカです。癒しの手が使えます」
「よろしくね」
まあ、訂正するのも面倒か。
隊商護衛依頼はリーゼの伝手らしい。
ヴァルクレイン領の西側を通り、エーベルシュタイン子爵領を越え、フェルゼンベルク男爵領までの行程だ。
エーベルシュタイン子爵領からフェルゼンベルク男爵領までは、エーデルヴァルト領地外の古代回廊を使うらしい。
古代回廊は文字どおり、約三千年前の古代文明遺跡だ。回廊自体には魔物は少ないが、出入口近辺には魔物が出るので護衛を雇うということである。
「おや、まだ小さい子がいるみたいだけど、大丈夫かい?」
「大丈夫です。彼は治療が専門なので、戦闘にはほとんど参加しません」
“彼”のところで、ティナが反応し、こちらをじっと見る。
商隊長のヘルマンさんは、
「ならいいよ。そもそも、そんなに危ない行程でもないしね」
と特に気にした風でもなかった。
商隊といっても、ヘルマンさん以外は御者一人、丁稚一人、馬車二台の小規模なものだ。ヘルマンさんは御者も担当する。
商隊護衛は、戦う相手が出なければ楽なものである。
初日は何事もなく、エーベルシュタイン領に着いた。
ヴァルクレインとエーベルシュタインは近いため、物価もあまり変わらない。
ヘルマンさんはエーベルシュタインでも仕入れがあるとかで、一泊することになった。
護衛チームは同じ部屋での宿泊である。
食事を買い込み、部屋に入った途端、
「女性だけのパーティーって話じゃなかったっけ?」
「リュカ君は中性だよ~」
リーゼさん、十歳を過ぎるとさすがにその言い訳はきつくなってくるよ。
前世でも男児が銭湯で女湯に入れるのは八歳くらいまでだ。
「水を浴びたりするとき、どうするのよ」
「リュカはお湯も出せるのよ。便利よ」
マリベルさん、論点はそこじゃないと思います。
そう、マリベルとリーゼには俺が四属性の生活魔法を使えることは伝えてある。秘密にしておくよう言ったのに、早速暴露されてしまっている。
まあ、女子に不快な思いをさせる趣味はない。
「しばらく外をうろうろしてくるよ」
俺は宿の部屋を出た。
◇
多くの冒険者は、何日かに一回は宿でたらいに水やお湯をもらい、体を拭く。
さて、女性三人だとどれくらい時間がかかるかな。
俺は街の水場の隅で温水シャワー魔法である。
火を経由せず、直接水を温められるようになったことで制御がずいぶん楽になった。
腰を布で覆い、シャワーを浴びていると横から声がかかった。
「おう、久しぶりだな小僧。面白いことしてんな」
「あ、黒爪のカイルさん」
「ただのカイルでいい。そのお湯のやつ、俺にもやってくんねーか」
そういえばこの人、エーベルシュタインを拠点にしてるんだったな。
断る理由もないのでシャワーを出してやる。
「魔法使いってのは器用なことするもんだな」
魔法使いじゃないんですけどね。
その後、カイルさんにお茶をご馳走になり、宿に戻る。
カスパルの近況について話したら、少しバツの悪そうな顔をしていた。
宿に戻ると、みんな既に体を洗い、夕食も済ませたようだ。
そういえば、食べずに出ちゃったな。手早く夕食を済ませ、とっとと寝るか。
「ねぇ、リュカ君」
ベッドに横になるとティナが話しかけてきた。
「なに?」
「なんでもない」
なんなんだってばよ。




