第36話 熊の獣人
「……ここで魔王に迎合し、人類に牙を剥いたのが狼の獣人です。狼の獣人一族は鼠の獣人、狐の獣人、および一部の少数部族の獣人とともに反乱を起こしました。魔王の襲撃に合わせたこの反乱は人類側の反攻を遅らせ、人類に多大な被害を与えました」
歴史の授業も、ちゃんとある。
「エーデルヴァルト王国では獣人に対する差別は禁じられていますが、帝国などでは獣人は三級市民として扱われるとともに、一部の獣人は奴隷化されています。このような獣人差別が魔王による調略を招いたとする論調も多く……」
狼の獣人は特に嫌われているそうだ。
魔王は各種族のリーダーに対して調略を行った。
猫の獣人のリーダーも魔王の説得に応じたらしいが、猫の獣人たちはリーダーの言うことを聞かなかった。しかも、そのリーダー自身も反乱のことを忘れていたそうだ。
よって、猫の獣人は差別されていない。
とばっちりを食ったのが犬の獣人だ。
ほとんどの犬の獣人は人類の同胞として勇敢に戦ったが、一部の者が狼の獣人に呼応した。そのせいで、犬の獣人も被差別対象になっている地域があるらしい。
◇
「兎の獣人は争いごとが嫌いだから、あの戦いには関わってない」
ペリは百マス計算を解きながら言う。
ここは貧民街にある俺の家だ。
アンジェが計算を不得意とするため、ミリアの勉強がはかどらない。
そこで、同じく計算が苦手なペリを誘って勉強会である。
「それにしても、奴隷制度なんてあるんだね」
「エーデルヴァルト王国にはないよ。他の国にはあるところも」
と黒い板を俺に渡しながら、アンジェが言う。
この板は、叩くと薄く割れる石で、小さなものなら自分で作れる。この大きさのものを作るのは難しいが、安く売っている。チョーク代わりも白い石のかけらである。
「帝国にはあるみたいね。あと、ノルトラントも」
ミリアは計算が遅いな。まだ半分くらいか。
そしてアンジェ、間違いが多すぎるよ。
「はい、こことここ、ここも間違えてる」
間違えた部分を直させ、黒い板を洗いに行かせる。
次はペリの回答だ。
「お、ペリはすごいな。一か所しか間違えてないぞ」
「えへへ、惜しかった」
「次は掛け算な」
異世界に来てまで塾の講師をやるとは思わなかった。
勉強会は夜まで続いた。
なぜか、みんな俺の部屋に泊まっていった。
◇
休みの日、毎回ミリアと一緒に採取というわけでもない。
ルーカスさんと、二週間に一回の上級ポーション納品を約束してるしね。
朝から上級ポーション十二本を持ち、山を越える。
今日は魔物にぜんぜん出くわさないので、かなり早いペースだ。このペースなら昼過ぎにはグランベルクに着きそうだ。
下りに入ってしばらく進むと、前方で木が何本か倒れている。
戦闘の跡っぽい。
なんらかの気配はあるので慎重に進む。
すると、ワイバーンと思われる魔物と、熊の獣人が倒れていた。
ワイバーン、初めて見るけどでかい。
こっちは死んでるな。
熊の獣人は腹から内臓が飛び出しているが、まだ生きているようだ。
さて、明らかに大丈夫じゃない人物に「大丈夫か?」と声をかけてもいいものか。腹から内臓出てたら絶対に大丈夫じゃない。
「大丈夫ですか?」
しばし考えたが、結局ほかにかける言葉が見つからなかった。
次の機会までに考えておこう。
「うぅ、少年か。いや、俺はもう駄目だな」
ポーションぶっかけてみるか。
上級ポーションを取り出す。
「獣人に普通のポーションは効かん」
「上級ポーションですけど」
腸は……破れてるな。
内容物が出ちゃってる。大きめの血管も切れてるけど、動脈ではなさそう。
「それでもこの怪我ではな。それより、この金をグランベルクにいる娘に届けてくれないか。鉄腕のクルガン、最期の頼みだ」
その諦めてる感じ、なんか嫌だな。
なんつーか、下手なドラマのお涙頂戴回みたいな雰囲気を感じる。まあ、本当に死にそうなんだけど。
「本当に、かわいい娘なんだ。イリーナ……」
ちょっと意地悪したくなってきた。
「嫌だよ~ん。おっさんが死んだら、おっさんのものは発見者の僕のもの。保護者が死んじゃったらイリーナちゃんは路頭に迷って娼館送りだね。このお金で娼館のイリーナちゃんをかわいがってあげるよ」
「なんだと! このくそ人間が!!」
おお、急に元気になった。
開いた口に上級ポーションを二本流し込む。
とりあえず、破れている腸の傷をさらに切開する。
「ぐぉお~! 何をしやがる!」
痛かった?
そういえば、この世界って麻酔あるのかな?
水魔法で腸を洗浄する。
腸の中身が出ちゃってるんだよな。このままだと腹膜炎コースだ。
「俺を殺して全て奪う気か。そうはさせんぞ」
裂けている腸、癒しの手で塞がるかな?
……お、塞がった。
上級ポーションが消毒薬の役割を果たすかわからないけど、とりあえず腹腔内を上級ポーション二本で洗う。
「治療してあげるから、そのお金は自分で渡してね」
俺を殴ろうとしていた手が止まる。
元気だね。死にかけのくせに。
腹腔内を洗浄すると、破れている血管がよく見える。
血管を一度紐で縛り、癒しの手。
おぉ、繋がった。
もう一本も処理して、紐を解く。
ほかに損傷してる部位はないかな?
おっさんが少し安心したようで、穏やかな顔をする。
いや、まだ安心してもらっちゃ困るんだけど。
とりあえず、自力で血圧を上げてもらおう。
「それとも奴隷落ちがいいかもな。イリーナちゃんを帝国に連れて行って奴隷にして、穴という穴を凌辱しつくしてあげよう」
お、目を見開いてこちらを見る。
バイタル安定~。
縫合するにしても毛が邪魔だな。
傷口周辺の毛をナイフで刈り取る。
腹腔内を上級ポーション二本でもう一度洗浄し、傷口を縫合する。油の層が厚い。
そして、癒しの手。
すごいな、癒しの手。
塞がったぞ!?
心配だから抜糸はあとにしよう。
「まだ意識ある? なら、これ飲んでとりあえず寝て。獣人は寝れば怪我が治るんでしょ」
と上級ポーション二本を渡す。
おっさん――クルガンだっけ?――は怪訝な顔でこちらを見たが、上級ポーションを飲んで眠りについた。
◇
さて、目が覚めるまでやることないな。
さすがに怪我人を放置して街に行くわけにもいかないし。
……そこでワイバーンの死骸に目が行く。
回復素材になる部位は知ってるし、高額買取部位も知ってる。
このままじゃ駄目になるし、いただいておこう。
まずは目玉でしょ。
心臓はすりつぶして、抽出液をポーション瓶に入れておこう。
あとは毒袋の毒もだな。血液と胆汁も何かに使えたはず。
そういえば、肉もうまいって聞いたな。
美味しそうな部位だけもらっていこう。
数時間後、クルガンは目を覚ました。
いや、忙しかった。
「もう二本、飲んで」
空き瓶が欲しいんだ。
肝臓からの抽出がそろそろ終わりそうなんで。
「歩ける?」
「ああ、ゆっくりならなんとか」
「なら、先に行って。ここを片づけたら追いかけるから」
歩けるんだ。すごいな。
獣人がすごいのか、癒しの手がすごいのかわからんけど。
肝臓抽出液を回収して、あとを追う。
◇
夕暮れ後、麓の町まで着いた。
乗り合い馬車は終わってる。
馬車は夜道の走行を避けるらしいが、クルガンさんが有名人だったらしく、なんとか馬車を一台チャーターできた。
「クルガンさん、大丈夫ですか!」
とか言われてたし。
大丈夫なわけないんだが、本人は「大丈夫だ」と答えてた。
夜中にクルガンさんの家に着いた。
グランベルクの門も顔パスだった。
クルガンさん、意外とすごい人なのかもしれない。
イリーナちゃんは可愛かった。
残った二本の上級ポーションを飲ませ、そのまま寝かせる。
クルガンさんが寝る前に、
「そいつは俺の命の恩人だ」
と言ってくれたので、イリーナちゃんには警戒されなかった。
ナイスアシスト。




