第32話 頷くだけです
さて、恒例の残飯あさりから戻り、学校へ行ってみる。
ちなみに俺は、残飯あさりはパス。
森で狩りをしている、という理由があるので不自然ではない。
アンジェは朝、屋台の用意をしているおじさんに笑顔で「おはようございます」と言うだけで食べ物がもらえたりするらしい。
なにこの子。
将来はキャバクラ・クイーンか?
「そうだ、テオ。とりあえず、君がこの三人のリーダーね」
「なんでだよ。兄貴だろ」
「学校で兄貴はやめてね。不自然だから。テオが最年長でしょ。だから、テオがリーダーをやるのが自然なんだよ。とりあえず“三人で学校に入りたい”って言って、あとは聞かれたことに答えればいいと思う。市民証を求められたら、貧民街に住んでて市民証はない、って言えば大丈夫だと思う。アンジェはテオが言ったことに頷いていればいいよ」
学校、といっても、やっているのは教会だ。
天啓の儀を執り行うのも教会。校舎は教会の横にある、小さな平屋である。
学校から年配の女性が出てきた。
「なんでしょう?」
「学校に入りたいんです。三人で」
「歳はいくつですか?」
「十一歳です」
正直に答えるテオ。
とりあえず頷く俺とアンジェ。頷いただけ。嘘は言ってない。
「市民証はありますか?」
「貧民街に住んでるんで、ないです」
「ヴァルクレイン出身ですか?」
「ブラウン領で生まれたんですけど、すぐに魔物の襲来があって。こっちに逃げてきたみたいです。親父はそのときに魔物にやられたって、お袋が言ってました。そのお袋も五年前に」
これにも、とりあえず頷いておく俺とアンジェ。
テオの話はたぶん真実なのだろう。言い方と表情に真実味がある。
「では、名前を教えて」
「テオです」
「アンジェです」
「リュカです」
女性はそれを紙に書き留め、少し待つように言って部屋を出ていった。
しばらくして、女性は三枚のカードのようなものを持ってきた。
「来月の一の日に、このカードを持ってここに来てください」
学生証ゲットだぜ!
「なぜ、学校に入ろうと思ったのですか?」
「このまま貧民街にいても、ろくな仕事に就けずにチンピラで終わるだけだと思って。読み書きと計算を覚えて、職が得られれば冒険者になれるかもしれないと聞いて。将来が良いものに変えられるなら」
百点満点の回答である。
年配の女性も微笑んでいた。
そして、俺とアンジェは相変わらず頷いていた。
◇
「お前ら、本当に頷いてただけだったな」
「さすがテオ、完璧な受け答えだったよ」
「テオ君、すごい」
照れるテオ。
単純でいいな。
「よし、うまいものを食わせてやろう」
目を輝かせる子供たち。
俺は彼らを連れて草原に出る。
「なんだよ、どこかの店に入るんじゃないのかよ?」
「貧民街の子供が入れる店なんかないよ。ところで、これ、クルトの腹に刺さってたナイフなんだ」
ナイフを子供たちに見せる。
あと三メートルくらいかな。
「ちょっと下がってて」
前に出ると、一角ウサギが飛び出してくる。
横に避けると同時に頸動脈を切断する。二匹目も同様に始末。
お、もう一匹来た。
すでに一角ウサギなら楽勝である。
さっさと血抜きして捌き、森で確保しておいた葉で包む。
この葉、肉が腐るのを遅らせるし、香りも良いんだ。
「すげぇ~」
「すごい」
どうだ?
惚れたかな、アンジェちゃん。
街の近くに戻り、火を熾す。
一匹分は三等分し、そのまま塩で食べる。残りの肉は煙で燻しておく。
「そっちは食べないんだ?」
「ああ。こうしておくと腐りにくくなるんだ。学校に通い始めたら、君たちに飯を出さないといけないだろ。今から貯めておくんだ」
素直に信じてくれている。
いや、面倒だから本当はこっそり買うつもりだよ。
◇
せっかくだから、入学前に家に帰ることにした。
まずマリベルの部屋へ行くと、盛大に嫌な顔をされた。
「リュカ、臭い」
はい、自覚してます。
着替えを取り、公衆の洗い場へ向かう。
ここは公共の水場があり、庶民が洗濯などをしている。その一角で、温水シャワー魔法を発動。
これは火・水・風を混合した自作魔法の中でも傑作である。
火は水のカーテンの後ろに隠して見えないようにしてるし、風はシャワー方向の制御だけなので、魔法使いでもない限りわからないだろう。
部屋に戻ると、マリベルに
「まだその服が臭いんだけど」
と文句を言われた。
だが、この貧民服を捨てるわけにもいかない。
洗濯くらいならまあいいか。洗い場に戻り、服を洗濯する。
洗濯を終え、庶民っぽい服のまま家へ行く。
家でさらに水を浴び、貴族っぽい服に着替えると、しっかり貴族っぽい少年の完成である。本当に貴族だし。
「久しぶりだな」
ギルベルト父だ。
相変わらず口調が暗い。セシリア母の死から、まだ立ち直っていないようである。
「リュカ兄ぃ!」
飛びついてきたのはソフィア。
すでに五歳である。
俺はソフィアを思い切り甘やかしている。
この家には、もう相手をしてくれる子供がいない。マルタの子のミアが一番年齢が近いのかな。次が俺である。
「大きくなったな~」
「遊んで!」
ままごとに付き合わされた。
「そういえば、レオンは?」
カタリーナさんに聞く。
「王都の騎士団見習いをやってますよ」
入れたんだ。
まあ、強さだけならピカイチだしな。
カタリーナさんも、レオン不在なのに義理の実家で生活とは、前世だったらだいぶしんどい立場である。
ソフィアの話を聞いてあげたりしてから一泊し、なぜか翌朝フリーデガルト母に稽古をつけられ、家を後にする。
フリーデガルト母は数日したら元ブラウン領に戻るそうだ。
「リュカ君、もっと家に帰ってきてくださいね。ソフィアも寂しがってます」
この家では、俺はマリベルと共に冒険者になったと思われているらしい。
まあ、そう的外れでもないけどね。
◇
マリベルの部屋に戻り、フリーデガルト母から土産としてもらったナックルダスターを渡す。
ちなみに俺ももらっている。
体が成長すると、どうしてもサイズが合わなくなる。
マリベルはもう成長は終わりかな。身長はフリーデガルト母と同じくらいだ。筋肉はまだ少なめだけど。
「家はどうだった?」
「寂しい感じだったよ。レオンは王都の騎士団見習いだってさ」
「カタリーナさんが子供を産めば、また賑やかになるわ」
夫不在で妊娠したらスキャンダルですよ。
テオとアンジェのために、保存の利く肉を買う。
これは塩漬けしたあと、さらに燻製にしたもので、干し肉よりは乾燥していない。ビールに合いそうだな。
両親がワインっぽいものを飲んでいるのは見たが、ビールやエールは見たことがない。
前世では四千年前から作られていたものだから、技術的には難しくないはず。大人になったら探してみよう。
買った肉ばかりだと怪しいので、森へ行ってジャイアントスクイラルを五匹ほど狩り、貧民街へ戻る。
「おぉ、肉だ!」
テオが仲間とともに現れる。
ジャイアントスクイラルを一匹渡し、残った四匹分に塩をたっぷり揉み込む。
この世界、というかヴァルクレイン領では塩が安い。
拳二つぶんの岩塩で十ギル。岩塩が取れるところが近くにあるらしい。
虫型の魔物くらいしか出ないため、子供でも拾って来られる。
……まあ、その虫型魔物に毎年何人も犠牲になってるらしいのだが。
一時間ほどすると塩が湿ってくるので塩を交換し、翌日まで干す。
せっかくだから、やり方をアンジェにも見せておく。
「ここで、いい匂いのする草とかを混ぜてもいいんだ」
俺自身、この世界のスパイスや香草にはあまり詳しくないので、細かくは教えられない。
アンジェの方が詳しいらしく、ちょっと抜けると何かの草を持ってきた。
刻んで乾かしてから、混ぜておく。
翌日、肉を水に漬けて塩抜きをする。
さて、どこで干そう。
家には保存肉や干し肉がぶら下がっていて、これ以上増やしたくない。
「テオは一人暮らし?」
「別の男の子と住んでるよ」
「アンジェは?」
「女の子二人と一緒」
テオの家に干すと、食べられてしまいそうだ。
「肉、アンジェの家で干していいかな?」
「そんなに広くないけど、他の子がいいっていうなら、いいよ」
アンジェの家に行ってみる。
小学校低学年くらいの子と、アンジェより少し大きい子がいた。
「ミリアよ」
事情を話し、肉を置かせてくれることになった。
どうしても食べ物がないときは食べていいことにしたが、彼女たちは意外と食べ物には困っていないらしい。
「アンジェのためなんでしょ。別にいいわよ」
うむ。
お礼に、壁を直してあげた。




