第30話 ヴァルクレインの貧民街
さて、もう四日間も体を洗っていない。
いい感じに酸えた臭いがしている。
これなら、どう見ても貧民だろう。
冬でまだよかった。
朝からヴァルクレインの貧民街へ行ってみる。
あ、その前に、たっぷり昼飯を食べておこう。貧民街で食べ物にありつけるかはわからないからね。ついでに干し肉も買っておく。
さて、ヴァルクレインの貧民街。
グランベルクの貧民街よりも、雰囲気が悪い気がする。
とぼとぼと、警戒心MAXな感じで歩いてみるが、誰も声をかけてこない。
同年代の子どもが二、三人ずつ固まって立ち、こちらを見ている。
ヴァルクレインの貧民街は、木でできた小さな家と土造りの家が半々くらい。
どれも適当に修理された感じだ。
出入口が布なのは、グランベルクと同じである。
「おい、おめぇ、どこから来た?」
少し年上っぽいのが話しかけてきた。
十一歳くらいかな。
そういえば、どこから来たかの設定を考えてなかったな。
消防署の方から来ました、では通らないだろうし。
「別に。そっちこそ、なに?」
正解がわからないので、適当に返す。
口調は少し穏やかめにしておこう。
「よそ者は出てけ」
えー。
もうちょっと、何かとっかかりをくださいよ。
「まあ、そう言わないでよ。お兄ちゃんは、ここの元締めなの?」
「ああ、そんなところだ」
そんなわけあるか。
もっと年上の強そうなのがいるだろ。
「すごいね。僕はリュカってんだ」
一人称は「僕」にしておこうかな。
あ、偽名を名乗ればよかった。まあ、そう珍しい名前でもないし、いいか。領主の五男の名前なんて誰も知らないだろう。
「まあな。僕はテオっていうんだ」
「今後もよろしく」
手を差し出す。
なんと、この世界にも握手の文化はある。
お辞儀はないけど。
「あ、ああ」
テオは戸惑いながらも手を出してきた。
よし、友好関係構築成功だ。
「せっかくだから、仲間を紹介してよ」
十人くらいの同年代の貧民街民を紹介してくれた。
意外と獣人がいる。ヴァルクレインにはいないんだと思ってたけど、こんなところに隠れてたのか。
「誰も入ってない家はないかな?」
「あるにはある。ついてこい」
少し行った先にある、半壊した土造りの家を紹介された。
……屋根すらないよ。
「普通、二、三人で暮らすんだがな。ちゃんとした所はどこも一杯だ」
いや、雨風すらしのげないじゃん、これ。廃墟だ。
「ありがとう」
今日は晴れてるからいいが、やっぱり屋根くらいは欲しいな。冬だし。
四隅の柱のうち、三本は無事だ。ここを直せば梁は通せそうである。
しばらく貧民街の少年少女たちと話したあと、「森で木を拾ってくる」と言って貧民街を出た。
街で早めの昼食を食べ、森へ向かう。
労働者街の屋台は、この格好でも普通に対応してくれた。助かる。
森でちょうどいいサイズの木を五本ほど確保する。
とりあえず枝は落としておこうかな。
日が暮れる前に、もう一度しっかり食べてから貧民街へ戻る。
そういえば、こいつら何を食べてるんだろう?
「それ、自分で採ったのか? すげえな」
ちゃんとコンラートが残していった手斧を使ったよ。
素手で木は切れない。
「まあね。コツがあるんだ」
良い斧を使うことです。
木を自分の家へ運び込み、また貧民街の少年少女たちとしゃべる。
だが、日が落ちてくると、みんなそれぞれ家へ戻っていく。
大人たちは火を焚いてしゃべっているが、それも数か所だけだ。
家の中からロウソクの光が漏れてくる家も、せいぜい十分の一くらい。まあ、ロウソクも高いしね。
夜。焚火もなくなった頃、森から持ってきた木を家の隅に立て、土魔法で固定する。
うん、できると思った。
天井の四方にも木を固定し、とりあえず家の枠は完成である。
今日はここまでかな。
……屋根のない家で寝る。さ、寒い。
◇
明け方、外で人の動きがある。
よく眠れなかったおかげで気づけた。
家を出ると、同年代の少年が何人か集まり始めている。
「よう、リュカ。お前も行くか?」
「ああ、行く」
どこへ行くんだろう?
ついていくと、繁華街へ向かった。
まだ日の出前だ。人通りは少ない。
すると少年たちは、店先のゴミ箱を漁っていく。
ああ、なるほど。
これが彼らの食べ物か。
とりあえず真似事はしておこう。
ゴミ箱を覗くと、食べかけの骨付き肉がある。
ほとんど食べるところないな、と思っていると、隣の少年が「いただき!」と取っていった。
はい、どうぞ。
「コラ!」
十か所ほど回ったところで、大人が出てきた。
「やばい! 逃げろ!」
テオが叫び、みんな散り散りに逃げる。
俺は、さっき骨付き肉をゲットした少年と一緒に路地裏へ逃げ込んだ。
大人の方も、本気で追いかけてくるわけではないらしい。
捕まっても殴られる程度だとか。
貧民街へ戻りながら、骨付き肉君が教えてくれた。
「何かゲットできたか?」
「いや、何も。昼間に森で何か狩ってくるよ」
「すげぇ、そんなことできるのか?」
「コツがあるんだ」
これから全部、「コツがあるんだ」でごまかそう。
◇
さて、どうしよう。
テオ君と骨付き肉君が、森までついてくるという。
無理に断るのも不自然だし、音を立てないように言い含めて森へ向かう。
森に入ると、木の上へ目を向ける。
目当てはジャイアントスクイラル。名前の通り、でかいリスだ。
油断していると真上から落ちてきて首を噛み切ってくる、という凶悪な触れ込みだが、歯が湾曲しているため、人間サイズ相手だと実はうまく噛めないという悲しい存在でもある。
カン!
投石命中。
こいつの肉は臭いから人気がない。
首を落とし、血抜きをする。もう一匹くらい狩っておくか。
さっきから「すげぇ」しか言わない二人組に静かにするよう伝え、もう一匹ゲット。
こっちも血抜き。
皮をはぎ、内臓を落とせば肉の完成である。
内臓と皮は穴に埋め、焚火を起こす。
こっそり火の生活魔法を使ったが、何が起きたのかはわかっていないだろう。
こいつら、見てなかったし。
「君たちも食べていいよ」
じっくり焼き上げ、塩をかければできあがりである。
うむ、臭い。
死後硬直が始まる前なので硬くはないが、旨味もない。
そんな肉をうまいうまいと頬張るこいつらが、ちょっとかわいく見える。
あ、こら。
肉をそのままポケットに入れるのはやめなさい。汚いでしょ。
◇
テオたちは貧民街へ戻ると、ジャイアントスクイラルの肉を仲間に分けていた。
良いやつである。
「いくらでも肉が食えるのか!?」
話を聞いていた少年が訊いてくる。
「今日は運が良かったな。当然、狩れない日もあるよ」
「どうやってやるんだ?」
俺は石を拾い、「あの木のウロが見える?」と言って投げ込む。
息をのむ少年たち。
結構距離があるからな。
もう一個。これも入る。
さらに一個。誰も何も言わない。
「わかった?」
ぶんぶんと首を縦に振る少年たち。
まあ、頑張ってくれたまえ。
諦めなければ、いずれ投擲スキルも取れるでしょう。
◇
貧民街をさらに進むと、大きめの川にぶつかる。
ここには葦のような植物が生えているので、天井用に刈り取ることにした。
ナイフだと意外と難しいな。
そこで、いつぞや見た水刃の真似をしてみる。
水球の中で水を回転させて、細く伸ばすんだっけ?
パシャ!
……全然切れない。
誰も見ていないし、時間はたっぷりある。
あの貧民街の家に戻っても暇だしな。ひたすら練習である。
結局、日が暮れるまで練習したが、できなかった。
仕方ないので、ナイフで切った葦を持って貧民街の家へ戻る。
天井が完成するまで四日かかったが、水刃は一回も成功しなかった。




