第27話 特級ポーション
あのハニトラ未遂事件のあと、ロッテは俺に気軽に話しかけてくるようになった。
まあ、気軽なのはいい。
ただ、父からは、まだしばらく毒の摂取を続けるように言われている。
愛するものを失った女は何をするかわからない、だそうだ。
……ロッテはしないと思うけどね。
「リュカ様は、将来はどうなさるんですか?」
「冒険者かなあ。もうギルドランクFだし」
「薬師になられるのかと思ってました」
「まだポーションだけだからね。解毒剤とか解熱剤とか、一通り作れるようになりたいんだけど」
ポーションだけでは、自分で店を持つのは難しい。
客は何でも求める。
だからポーションしか作れない場合、作ったものは店に卸すしかない。そうなると、どうしても利益率が下がる。
「多能だといいですよねえ」
……もうロッテには狙われてない、とは思うんだけどな。
◇
そんなある日、ギルドへ行くと指名依頼が入っていた。
クララさんだ。
工房へ行くと、嬉しそうに出迎えてくれた。
「いやあ、特級ポーションを作りたくてな。手伝ってもらいたいんだ」
「特級、すごいですね。材料は?」
「全部あるぞ」
「いったい、誰が特級ポーションなんて欲しがってるんですか?」
特級ポーションは、欠損すら治す。
当然、素材も高級で、使うのは大貴族か王家くらいのものである。
「いや、話すと長いんだがな。最近まで王都のカジノでリフレッシュしてたんだ。そしたら、ちょっと不運が続いてな。軍資金が足りなくなってきた。困っていたら、ある紳士が親切にも貸してくれることになってな」
本当に長い話になりそうである。
そして、嫌な予感しかしない。
「……で、特級ポーションを納品してくれたら借金ちゃら、ってことになったんだ。お得な取引だろ?」
最終的に借金はいくらなんでしょうか。
「そこにある素材もその紳士が出してくれてな。その分も合わせると四百万ギルだ」
あちゃー。
それ、地下でひたすら上級ポーションを作り続ける未来しか見えません。
綺麗に嵌められて借金奴隷コースである。
そう説明すると、クララさんはガタガタ震え始めた。
「ど、どうしたらいいんだ?」
「特級ポーションを成功させるしかないですねえ」
「キミは落ち着いてるんだな」
「他人事ですから」
「と、とにかく頼むよ」
というわけで、特級ポーション作りを手伝うことになった。
◇
それぞれの素材の抽出方法、混ぜる分量、タイミング。
工程はいろいろあるが、一つ一つの操作自体はそこまで難しくない。
求められるのは正確さだ。
ただ、これを目分量でやるとなると、一気に難度が上がる。
メスフラスコっぽいものや両天秤はある。
つまり、この世界でも重さや体積はしっかり測れる。
問題は、素材からの抽出液に成分がどれだけ含まれているかだ。
これが、色を見て推測するしかない。
スペクトル分光器があれば一発なんだが。
この工程を目測と勘だけでやるクララさんは天才である。
ダメ人間だけど。
とりあえず薬液は完成した。
あとは神聖力を込めるだけである。
クララさんは温度を見ながら、慎重に神聖力を注ぎ込んでいく。
ポン!
軽い音とともに、フラスコ内の薬液が茶色く変色し、嫌な臭いを放ち始めた。
失敗である。
俺が担当しているのは、素材抽出液に魔法力や神聖力を込める工程が主だ。
この段階でクララさんが神聖力を使ってしまうと、最後の仕上げで足りなくなるらしい。
「すまん、失敗だ」
抽出前の素材はある程度もつ。
だが、抽出を始めたら最後の工程まで一気に進める必要がある。
しかも最終工程は、クララさんの神聖力だと一日一回が限度だ。
「また明日、頼むよ」
ギルドへ戻り、依頼達成。
特級ポーション作りは失敗したが、依頼そのものは成立らしい。
◇
翌日も、その翌日も、同じような日が続いた。
朝、ギルドへ行って指名依頼を受ける。
クララさんを手伝う。
そして依頼達成報告。
そんな感じで四日目。
今日も失敗だ。
温度を上げ、ある温度になったら下げる。
その過程で神聖力を注ぎ込むのだが、温度に応じて注ぐ強さを変えなければならない。
クララさんは、温度を上げる段階で神聖力を強めるのはかなり成功するようになった。
だが、温度が下がる側では、神聖力が減っているせいかコントロールが甘くなる。
「今日はここまでか。もう、無理かもしれんな」
「僕がやりましょうか?」
「薬液への神聖力注入か? だが、材料のほうに込める神聖力はもう残ってないぞ」
「あ、そっちもやります。クララさんは力仕事だけやってくれれば」
クララさんは驚いた顔をしたが、「どうせもう……」とか呟きながら了承した。
さて、やってみますか。
ポン!
一回目、失敗。
温度を上げる段階で失敗である。
「次、お願いします」
クララさんは無心でゴリゴリやっている。
俺は力仕事から解放され、神聖力を込めるだけなので、実はだいぶ楽だったりする。
ポン!
「次、お願いします」
「おいおい、本当に大丈夫なのかね?」
「はい、楽勝です」
ポン!
「次、お願いします」
そこから数回。
今度は破裂音がせず、瓶が青く光り輝いた。
「おお! できた、できたぞ!!」
「納品は一本だけですか?」
「奴隷にならずに済む……」
とか呟いているクララさんに、俺は尋ねた。
「なら、残りの素材でもう少し練習していいですか?」
「ん? ああ、かまわんが」
残りの素材を使い切るまでに、二回成功、三回失敗。
成功率としてはまだまだだが、再現性は見えてきた。
◇
翌日、ギルドへ行くと、またクララさんから指名依頼が入っていた。
今回は、持ってきてほしい素材リストまでついている。
「こんにちはー」
「痛たたたた」
クララさんが腕をさすりながら現れた。
「すっかり筋肉痛だよ」
“いたいけな女の子に力仕事をさせるとは”とか言いながら、ささっと何かを調合し始める。
「それ、なんですか?」
「筋肉痛の薬さ。全身筋肉痛でね」
出来上がった薬を飲みながら言う。
「今回は本当に助かったよ。余った特級ポーションは、こちらの保管庫で預かっておこう。ポーションが劣化しなくなるんだ。特級ポーションは簡単に売れるものじゃないからね。必要になったら言ってくれたまえ」
昨夜、あれから怪しげな紳士に特級ポーションを渡し、借金の証文を取り返したらしい。
むちゃくちゃ嬉しそうだ。
「誰かにお金を借りる必要ができたら、まず僕に言ってくださいね」
「もちろんだとも。とにかく助かったよ。少しでも恩を返したいんだが、何か力になれることはあるかね?」
前から気になっていたことを聞いてみる。
「闘気力を上げる薬ってないんですか?」
「ああ、聞いたことはあるぞ。どこかの一族が独占している技術だ。コピーを作ろうとした者も過去に何人かいた。とりあえず、情報は集めておこう」
ありがたい。
今回の依頼で、ギルドランクがEに上がり、マリベルと並んだ。
さらに、特級ポーションと筋肉痛の薬のレシピまで手に入れた。
しかも、闘気力を上げるポーションの情報まで得られるかもしれない。
くれぐれも借金には気をつけるよう伝えて、クララさんの工房をあとにした。




