第26話 カスパル廃嫡
その夜、ヴァルクレイン家は重苦しい空気に包まれていた。
市場で買い物をしていた少女を、「俺はヴァルクレイン家の嫡男だぞ」と脅し、人通りの少ない裏道へ連れ込み、無理やりいたしてしまった――ということだった。
その後、娘の姿が見えないことに気づいた母親が領兵とともに探し、現場を目撃。カスパルはその場で取り押さえられた。
しかもカスパルはその場でも、
「俺はカスパル・フォン・ヴァルクレイン様だぞ。無礼者」
などと言っていたらしい。
だが、領兵からすれば、ただの強姦男だ。
牢に入れられ、家へ連絡が来た、というわけである。
「なぜ、あんなことをした」
ギルベルト父が低く問う。
「そんなことより、俺を牢に入れた領兵の処罰はどうなってるの? ヴァルクレイン家の嫡男に無礼すぎるでしょ?」
父の圧が、さらに増した。
「もう一度聞く。なぜ、あんなことをした」
「たかが庶民の女、別にいいじゃんか」
次の瞬間、ギルベルト父の動きがほとんど見えなかった。
かろうじて、顔を殴ろうとした拳の軌道を変え、腹へ叩き込んだのだけは見えた。
前は気絶でうやむやになったからな。
「こいつを廃嫡とする。今すぐ、家を出ていけ」
「え……な、なんで?」
腹を押さえながら、カスパルがかろうじて声を絞る。
「ロッテ。かまわないな」
「はい」
ロッテは静かに答えた。
「と、父さん……」
「お前はもう、俺の子ではない。とっとと出ていけ」
とぼとぼと部屋へ戻ろうとするカスパル。
だが、父は冷たく言った。
「そっちは出口ではないぞ。情けで、今着ている服だけはくれてやる」
呆然とするカスパル。
「レオンハルトを次期領主として指名する」
その言葉を最後に、カスパルはとぼとぼと出ていった。
◇
「カスパル、どうするんだろう?」
「馬鹿じゃなければ、ローゼンフェルト領へ向かうだろう。あの服を売れば旅費にはなる。向こうで心を入れ替えれば、じいちゃんも手を貸すかもしれん」
まあ、孫は可愛いだろうしな。
その夜、カスパルが使っていた部屋に気配があった。
覗いてみると、ロッテが後片付けをしていた。
「ロッテ、大丈夫?」
「リュカ様」
ロッテは、どこか寂しそうだった。
この二人の関係は、いまいちよくわからない。
憎んでいるようにも見えるし、情があったようにも見える。
「結局、私なんて、カスパルからしたら都合のいい存在でしかなかったんでしょうね」
いきなり呼び捨てだ。
まあ、もう廃嫡されて一般人だし、そこは問題ないのかもしれない。
「肌を重ねていると、最初は嫌でも情は湧いてくるんですよ。カスパルが嫡男になれないだろうことは、わかっていました。でも、真面目にしていれば、小さな町の管理くらいは任されたでしょう。貴族じゃなくなるなら、私をもらってくれるかもしれない――そう思っていました」
ロッテは少し笑った。
だが、その笑い方はかなり危うい。
「でも、アイツは町娘を無理やり、、、。相手が誰でもよかったんでしょうね」
呼び捨てからアイツまで落ちてきました。
「決闘の時、アタシに気を使ってくれてただろ。嬉しかったよ。あの後、あいつになんて言ってあげたか教えてあげようか?”それもすぐに漏らしちゃうのかい”ってね。あはははは」
今度はカスパルの早漏を暴露しました……情緒がかなり不安定っぽい。
すると、ロッテはいきなり脱衣し始めた。
「え、ロッテ、ちょっと」
俺は思わず一歩引いた。
その瞬間、嫌な予感がしてステータスを開く。
今、俺はたしかにいろいろ感じている。だが、ステータスに変化はない。
よし。
少なくとも、巫女だったときほど危うくはないらしい。
「どう?」
ロッテが誘ってくる。正解はなんだ?俺はまだ8歳。女に興味が無いピュア路線で正解なはずだ。
「水を浴びるの?」
ロッテは小さく笑い、距離を詰めた。
……怖い。
ふふ、とロッテは笑い、おれに抱き着いた。すると、ステータスの職業欄、“祈祷師(巫女)”の巫女が急速に青から黄色、そして赤くなる。
“巫女”の文字が薄くなり始めた!これは危険だ。俺はロッテを突き飛ばす。ピュアな男の子だったらなんと言う?
「き、汚いよ!」
心と息子を落ち着かせるため、フリーデガルトの顔を思い出す。間に合った。
ロッテは諦めたように
「まだ早かったわね」
と言うと下着をつけ始めた。
カスパルが廃嫡されたから、何か別の立場を探っているのか。
それとも、ただ感情が不安定なだけなのか。
どちらにせよ、今ここで深入りするのは危険だ。
「ボク、いつもの普通のロッテのほうが好きだよ」
とりあえず、そう言っておく。
ロッテは少し目を伏せたあと、
「ありがとうございます。さあ、もう遅いですよ」
とだけ言った。
いや、お前のせいで遅くなったんだが?
◇
翌朝、ロッテはいつも通りだった。
よかった。
昨夜のことを思い返す。
巫女だったときと違い、少し心が揺れた程度ではステータスに変化は出なかった。
つまり、少なくとも条件は少し変わっている。
ただ、油断はできない。
“祈祷師(巫女)”の後ろのそれが、まだ完全に消えていない以上、何かしらの制約は残っているはずだ。
現在、まだ第二次性徴前。
だが、残された時間はそんなに多くない。
巫女の職は多少ステータスに貢献しているのかもしれない。
だが、それほど決定的というほどでもない。
ただ、失うのも違う気がする。
もう一度転職すれば、そういう制約も消えるのか?
……さすがに一生童貞は嫌である。
◇
カスパル、無事に夜を越せただろうか――などと考えていたら、連絡が入った。
無銭飲食で捕まったらしい。
早すぎないかい?
しかも今回は、廃嫡されたあとにもかかわらず貴族を名乗ってしまったという。
貴族を騙るのは重罪だ。最低でも鞭打ち二十回と強制労働。最悪なら死刑もありうる。
……まあ、さすがにギルベルト父も死刑にはさせないだろう。
カスパルの刑が鞭打ち二十回+強制労働三年に決まった。廃嫡を言い渡されたが、貴族名簿にはまだ名前が残っていた。貴族の子女は6歳で貴族名簿に名前が載り、その状態では準貴族扱いとなる。ギリギリ「貴族を騙った」にはならなかったらしい。
そんな感じにヴァルクレイン家があれている頃、レオン兄の婚約者がやってきた。
「カタリーナ・フォン・ドラッヘンベルクと申します。以後、お見知りおきを」
武闘派のはずだが、どこぞの類人猿と違って、意外と美女だった。
背は高いが、ゴツくはない。十六歳で戦士レベル12。すでに武闘家も取得済みらしい。
カタリーナはここでしばらく花嫁修業に入るそうだ。
……戦士修業じゃなくて?
王子一行のおかげで西も落ち着いているため、フリーデガルト母とアルドリック兄も領都に戻ってきている。
そういえばアルドリック兄、まだ結婚の話はないのかい?
明日以降は、レオン兄、カタリーナ、アルドリック兄でパーティーを組んで裏の森でレベル上げをするそうだ。
武闘家、戦士、魔法使い。回復役がいないので、自作の中級ポーションを何本か渡しておこう。
◇
嫡男が結婚し、夫婦が子を持つまでの間に、他の子は家を出ることが多い。
つまり、俺ももうじき、ということだ。
“子を持つまで”というのは、嫡男が万が一その方面で不能だった場合に備えるためである。
前世のような検査はないので、だいたい三年ほど子が生まれなければ不妊認定らしい。
ただ、理由がどちらにあるかわからないので、その前に第二夫人を取るか、再婚になることもある。
まあ、まだ結婚には至っていないので、三年くらいの猶予はあると思っている。
でも、新婚さんの家に居座るのは気まずい。
だから、マリベルのところへ行くことは今後ますます増えそうだ。
……完全に引っ越すには製薬道具、多いんだよなあ。
同じ作品をTALESにも投稿しています。
小説家になろうでは表現できない描写はTALESの方で書かせていただいてます。
https://tales.note.com/nekomot_mao/w4gz6seh3e04x?ss=wslovu36g4bmzl3




