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第19話 エレノア出兵

ポーション作成に必要な素材の値段が、少し上がっている。


とりあえず安く買えるだけ買ったが、こうなるとやはり自分で採取したほうがいい。

そこでマリベルとリーゼに事情を説明し、素材の群生地に近い場所での依頼を中心に受けてもらうことにした。


討伐に出ない日は、家でひたすらポーション作成である。


会社員時代なら、残業しながら無茶な注文を取ってきた営業を罵倒するところだが、今回は自分で受けている。

自業自得である。


それでも、瓶が減って部屋が広くなっていくのは嬉しい。


そんなこんなで、出発日になった。


二週間もあれば余裕で戻れるだろう――そう思っていたフリーデガルト母だが、なんと間に合わなかった。


早馬がローゼンフェルトに着いたとき、フリーデガルト母とレオン兄は迷宮に入っていたらしい。


「マリベル、領のことはフリーデガルトが戻るまで任せます。残せる領兵は二百ですが、通常時であれば問題ないはずです」


そう、結局七百程度しか募兵できなかったらしい。


領兵千。


新たに集めた兵七百。

合わせて千七百。


二千には足りないが、別に厳密に数えるわけでもないらしい。

二千“くらい”に見えればいいし、途中で募兵に応じる流民などもいるのだとか。


副官はコンラートになった。


「足はこんなですが、まだまだ雑兵には負けません。なぁに、向こうに着いたら大将はギルベルト様ですしね。そしたら後ろで戦を見物してますよ」


そう言って、にやりと笑う。


……なんか、コンラートさん、ちょっとキャラ変わった?


     ◇


「おい、勝負だ。裏庭に来い」


朝っぱらから何を言ってるんだ、カスパル。


怖い大人がいなくなった途端、ずいぶん強気である。


「行かない。忙しい」


「次期当主の言うことが聞けないのか」


そこへ、するりとアルフォンスがやってきて、耳打ちした。


「フリーデガルト様より、このような時は受けて立ち、カスパル様の鼻っ柱をへし折ってくれと伺っております」


フリーデガルトが怖い。


こんな事態になることを見越していたのか。

いや、そもそも俺の巫女の件は誰も知らないはずだし、無職同士で年下の俺に鼻っ柱を折れと指示するのも、だいぶどうかと思う。


「わかった。裏庭に、屋敷に残る全員を集めてくれ」


     ◇


リーゼは以前、言っていた。


僧侶や祈祷師などの非戦闘職は、同レベルどころか、倍のレベルでも戦闘職には勝てない。

だが、非戦闘職でも、よほど基礎値に差がない限り、無職には負けない。


さて。


五歳の巫女と、九歳の無職。

どちらが強いんだろう?


基礎体力というか、体格差はかなりある。

カスパルは俺より大きい。最近は背だけでなく、横にも育ってきている。


互いに木刀を持ち、裏庭の訓練スペースで向かい合う。

館の使用人たちも集まっていた。


マリベルとユリウス兄はいない。

マリベルは兵舎、ユリウス兄はヴァイス商会あたりだろう。


「前からお前のことが気に入らなかったんだ」


「え? なんで? あまり関わってなかったよね」


幼児期に殴られたりはしたけど。


「獣人に絡まれたとき、俺のこと見下してただろ」


おっと。

ずいぶん前の話を引きずっていたんだな。


「ああ、獣人に威嚇されて、カスパル君だけ腰が抜けて、お漏らししてたっけ」


……頭の中で思い出しただけのつもりだったのに、口に出てしまったようだ。


カスパルの顔が一気に真っ赤になる。

そういえば、このことを知っているのはフリーデガルト母とマリベルくらいだったか。


ごめんごめん。


「ぷっ……お、お漏らし。くくくく」


ロッテが笑った。なんかのツボにはまったらしい。


その瞬間、カスパルが飛び出した。


「あが、うきょけきょー!」

何を言ってるのかわからない。


唾を飛ばしながら突っ込んでくるカスパルは、意外と速い。

木刀も全力で振るわれている。そんなの五歳児に当てたら、普通に危ない。


俺は横へ半歩ずれる。


勢いのまま俺の横を通り過ぎるカスパル。


……いや、そこで止まると打ち込み放題なんだが。


とはいえ、ひどい怪我はさせたくない。

俺は右足の太もも、その少し後ろあたりを木刀で思いきり叩いた。


「ガッ」


うめき声を上げるが、こちらへ振り返る。


意外と根性はあるな。

だが、振り返っただけでは隙だらけだ。


もう一度、右膝の少し上を打つ。

カスパルの放った突きを、手首を弾いて逸らす。


非力な俺でも、今のはカウンター気味だったせいか、カスパルは木刀を落とした。

そのまま左ももを打ち据える。


「うっ!」


カスパルは膝をついた。


四つん這いになる。


さて、どうしよう――と思っていると、ちょうど良い位置に尻があった。

ここなら大怪我にはならないだろう。


パシン!


木刀で尻を叩く。


「ぎゃっ!」


ロッテのほうを見ると、嬉しそうな笑みを浮かべている。


……ふむ。


俺はロッテの顔を見ながら、二度、三度と尻を叩いた。

四度目が終わったところで、ロッテが歩いてきた。


「これくらいで」


カスパルを見ると、また漏らしていた。


ロッテはそんな彼の耳元に口を寄せ、何かを囁いた。

その内容は聞こえなかったが、次の言葉だけは、わざと皆に聞こえるように言った。


「あらあら、またお漏らしでちゅか。さあ、お着替えしましょうね」


そう言ってカスパルを連れていく。


ロッテの笑顔、むちゃくちゃ怖かった。


     ◇


そんなカスパル事件から三日後。


フリーデガルト母とレオン兄が帰ってきた。


「間に合わなかったか」


軍は四日先行している。

フリーデガルト母が騎乗すれば二日で追いつけるだろう。


「いや、やめておこう。領の守りも大切だ。ギルベルトは既にグライフェンベルクへ向かっているのだろう?」


早馬を出してから二週間半。

もうとっくにギルベルト父に手紙は届いていて、返信が来てもおかしくない頃だ。


「二百ではどうしようもない。遠地からも募兵するぞ」


そう。

ヴァルクレイン領も、決して安全安心というわけではないのだ。


秋へ向かうこの時期、魔物の活動も活発になるらしい。


カスパルの件は、特に問題視されなかった。

そもそも「鼻っ柱を折れ」はフリーデガルト母自身の指示だしな。


「面倒をかけたな。何か欲しいものはあるか?」


ナックルダスターを頼んでみた。


武闘家の標準武器だが、この体に合うものは売っていない。

今までは手に紐を巻くなどしていたのだが、毎回面倒だったのだ。


カスパルはその後もしばらく部屋にこもったままだ。

二回目のお漏らし以降、ロッテが部屋へ呼ばれることもなくなった。


あのとき耳元で何を言ったのか、それが効いている気はするのだが、結局わからない。


     ◇


そして俺は六歳になり、とうとう巫女レベル四十を達成した。


【ステータス】

名前:リュカ・フォン・ヴァルクレイン

年齢:6

職業:巫女

レベル:40

力:13

速さ:36

体力:21

魔法力:210

神聖力:332

闘気力:7

知性:160

スキル:

・祈り

・老化軽減 0%

・予知

・投擲


コンラートと投石の練習をしていたら、いつの間にか投擲というスキルを取得していた。


では、土魔法による弾丸発射はどうなっているか。


足から地面へ魔力を流し、土を固めて弾丸にし、射出する。

これは、できた。


問題は威力だ。


土を固めて作った弾丸は軽く、脆い。

射出速度はそこそこ速いのだが、軽いせいですぐ失速する。

しかも脆いので、標的に当たった瞬間に砕ける。


これでは投石のほうが、はるかに威力がある。


ロマンはある。

だが、現実は厳しい。


     ◇


二週間後、ギルベルト父が帰ってきた。


そう。

ヴァルクレイン領に帰ってきたのだ。


いや、君、グライフェンベルクに向かってないと駄目だから。


どうやら手紙は受け取り損ねたらしい。

今回、少し西側を回って帰ってきたせいで伝令と会えず、しかも帰領が遅れたとか。


父はすぐにグライフェンベルクへ向けて出発しようとする。


うむ、行ってこい。


……と思った矢先、国王から通達が来た。


「国王より援軍要請予告です。ヴァルクレインは千の援軍をグライフェンベルクへ送る準備をせよ。なお、出陣時期は別途知らせる、とのことです」


予告って、やっかいだな。


出るに出られなくなった。


フリーデガルト母が手配した遠地での募兵で、七百くらいまでは届きそうではある。

だが、まだ足りない。しかもヴァルクレインを空にするわけにもいかない。


「仕方がない。冒険者ギルドに依頼を出そう」


今回、本当に出兵するかはまだわからない。

そこで、準備金として五千ギルを出し、受け取った者は出兵となった場合に参加義務を負う、という依頼にするらしい。出兵がなくなれば、そのまま貰い得だ。


「援軍要請が出るなら、前線は厳しいということだ」


父は練兵に力を入れ始めた。


なにしろ寄せ集めだ。

出兵までに、軍として動けるようにしなければならない。武器も足りない。金もない。


どうするんだか。


「仕方がない。税率を上げる」


徴兵より増税のほうが、庶民にとってはまだましらしい。


だが、確実に不人気政策だ。


ヴァルクレインの未来に、暗雲が立ちこめている。


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