第18話 見えない敵は見えません
生活魔法とはいえ、せっかく土魔法を使えるようになったのだから、活用したい。
そう思ってコンラートに訊いてみると、意外と実戦的な答えが返ってきた。
切り合いの最中、相手の足元の土をほんの少し下げるだけで、大きな隙ができるのだという。
特に、相手が踏み込んだ瞬間、その着地点を指二本ぶんほど沈めるだけで、体勢が崩れるらしい。
いや、相手がどこに足を下ろすかを瞬時に判断して、その部分を沈めながらカウンターを入れるって、どれだけ達人なの。
加重移動の最中、体重が乗っている側の足を滑らせるのも有効だそうだ。
……いや、無理じゃろ。
やはり石の弾丸が一番ロマンがある気がする。
ただし、土魔法は無から土を作り出せない。
そこにある土を動かすだけだ。
地面から土を拾い、魔力で固めて打ち出す。
お、できた。
「石を拾って投げたほうが、よっぽど早くて強力ですぜ」
コンラートは真顔で言う。
投石は、実際の戦場では侮れないらしい。
いや、そうじゃない。ロマンってものがあるんですよ。
結局、コンラートに投石のコツまで教わることになった。
それでも、弾丸魔法のロマンは追い続けたい。
なにしろ、家族にばれているのは土魔法だけだ。だからこそ、土魔法を攻撃に使えるようになりたい。
それにしても、かがんで土を拾うという動作が、あまりにも格好悪い。
しかも隙だらけだ。
そこで、足から地面へ魔力を流す練習を、こっそり始めた。
よし。
いつかは弾丸魔法だ。
◇
ある日の朝。
マリベルたちの部屋へ行くと、リーゼが青あざだらけで出てきた。
「リュカくーん、治療してよー」
いったい何があったんだ。
癒しの手を発動しながら話を聞くと、どうやらマリベルと喧嘩したらしい。
「次はあたしね。イタタタ。リーゼの馬鹿力」
マリベルもかなりやられているようだ。
もう仲直りはしているらしいが、原因はなんだったのか。
「大したことじゃないんだけどねー」
発端は、ランタンを買うかどうか。
それがなぜか、殴り合いの喧嘩に発展したという。
……いや、十分大したことだろう。
マリベルとリーゼは波長が合う。
だがそのぶん、ぶつかると激しいらしい。
「やっぱりもう一人、ほんわか系のメンバーが必要よ。やっぱ魔法使いよね。治癒係はいるし」
俺は既にメンバー固定なんだろうか。
とりあえず治療は終わった。
神聖力の無駄遣いである。
少しぼやくと、今日は俺の予定に付き合ってくれるらしい。
これはチャンスだ。
無料の護衛と荷物持ちゲットである。
中級ポーション素材のある場所は、一人で行くには危険だったので助かる。
◇
討伐依頼でなくても、魔物は襲ってくる。
そして俺は今、三匹の一角ウサギに襲われていた。
「後ろよ! 避けて!」
「裏拳だ!」
マリベルとリーゼは、半分観客気分である。
二匹と三匹では、まるで違う。
二匹なら、相手と自分の動きでどう一対一のタイミングを作るかになる。
だが三匹になると、今の俺ではその“間引き”が難しい。
しかも、無手だし。
傷だらけになりながら、どうにか三匹とも倒した。
「リュカは目に頼りすぎよ。後ろの敵が見えてないじゃない」
そりゃ、人間なんだから後ろは見えません。
ゴリラでも無理だと思うぞ。
「音や匂い、地面の振動を感じるんだ」
音はわかる。
一角ウサギの匂いなんて、鼻先をつけてくんくんしないとわかりません。
地面の振動ってなんだよ。
「とにかく、見えていない敵の動きがわかるようになるまで特訓ね」
ベタな、目隠しして戦う特訓とか、やらせないでくださいね。
◇
そんなふうに魔物退治に勤しんでいたある日。
「国王から参戦要請です。至急、領兵二千とともにグライフェンベルクへ参集されたし、とのことです」
空気が変わった。
領主には、国王からの要請に応じ、戦時に兵を出す義務がある。
うちが軍を出す場合、ギルベルト父が大将、フリーデガルト母かセシリア母が副将になるのが普通だ。領主は軍が動かせることが基本だ。だから、軍のイロハも知っていなくてはならない。領主になるための軍務義務はこのためであり、一般兵としての従軍である。
そして今、ヴァルクレイン領は父もフリーデガルト母も不在。
そもそも、うちには二千もの領兵はいない。
どうするんだろう。
「出発は二週間後とします。至急、王都とローゼンフェルト領に手紙を出します。アルフォンス、早馬の用意を」
そう指示を出したのはセシリア母だった。
アルフォンスは執事候補の名前だ。
だいぶ板についてきた。
ここでいう早馬は、実際には馬ではなく、ダチョウの大型版みたいな鳥が使われる。重い荷は運べないが、とにかく速い。ただし夜は走れないらしい。鳥目なのだろうか。
セシリア母は早速、手紙を書き始めた。
俺はこっそり家を出る。
ユリウス兄は今日も不在だが、どうせヴァイス商会にいるだろう。
稼ぎ時だぞ。ちょっと恩を売っておこう。
◇
ヴァイス商会に着き、ユリウス兄を呼び出すと、オスカーさんと一緒に出てきた。
本当はユリウス兄だけに話して、彼の商会内での立場アップでも狙おうと思っていた。
だが、ここでオスカーさんを外すのも不自然だ。
「――というわけで、糧食の発注が行われるはずです。午後には話が出回ると思うので、動くなら今かと」
オスカーさんはすぐに何人かの従業員を呼び、指示を飛ばした。
「いや、助かったよ。僕もこれからあちこち顔を出さないといけないから失礼するけど、この礼はいずれ」
さて。
次はマリベルのところにも行っておくか。
マリベルと一緒に帰れば、不自然に家を抜けていたこともごまかせるだろう。
◇
家に戻ると、ようやく行軍ルートが決まったようだった。
グライフェンベルク領は、ヴァルクレイン領から見て東。
王都は北。つまり王都から見ると、グライフェンベルク領は南東にあたる。
最初は王都経由で進み、途中でギルベルト父と合流し、王都からグライフェンベルクへ向かう案も考えられていた。
これなら、大将がギルベルト、副将がセシリア母となる。
だが当然、その間には山も川もある。
行軍となると、意外と遠回りになる。
そこで、軍はヴァルクレインから東へ直行し、ギルベルト父とはグライフェンベルクで合流する案になった。
そこまでは、セシリア母が指揮を執る予定だ。
フリーデガルト母の帰領が間に合えば、交代することになる。
現在、領兵の数は千二百。
このうち八百を連れて行く。
足りない分は、とりあえず募兵だ。
急ぎ、近隣の村と町の代官たちが呼び集められる。
「私はどうしたらいい?」
マリベル、戦場に行く気か。
「冒険者ギルド員を徴兵する場合は、ギルドを通すことになってるの。一般募兵より少し高くつくから、後回しね」
なるほど。
冒険者は便利だが、安くはないらしい。
◇
家は一気に慌ただしくなった。
だが、子供にはやれることがない。
なので、またオスカーさんのところに顔を出すことにした。
「やあ、よく来てくれたね。ユリウス君に呼びに行ってもらおうと思っていたところなんだ」
オスカーさんは、いかにも忙しそうな顔で言った。
「実はね、たぶん軍からポーションの発注があるだろうけど、前回のことがあるから薬師ギルドの腰が重いんだ。受けてみる気はないかい?」
ここ最近、ヴァイス商会もポーション業に少しずつ力を入れていて、フリーの薬師や小売店にも伝手ができつつあるらしい。
だが、ヴァルクレイン領内ではまだ流通網が弱い。
「下級と中級、どちらもいけます」
気づけば、かなり図々しくなってきた気がする。
だが向こうもそれを見込んで声をかけてきたのだろう。
下級と中級のポーションを、がっつり受注した。
……よし。
戦争で人が動くなら、物流も動く。
物流が動くなら、薬も動く。
怖い話ではあるが、商売としては外せない。




