第16話 エロに堕ちたカスパル
今日は雨だ。
最近は雨の日が多い。雨期か?
ギルドに行くでもなく、シュライバーから写させてもらった古代語の本を眺めていたら、カスパルがこもっている部屋のほうから、メイドの悲鳴が聞こえてきた。
「やめてください……! お願いします、どうか……!」
ちょっと待て。
カスパル、それは駄目だろう。
慌てて父を探すが不在。フリーデガルト母もいない。
……あ、マリベルがいた。
「マリベル!」
事情を話すと、マリベルは血相を変えてカスパルの部屋へ向かった。
「カスパル、開けなさい!」
部屋の中からは、押し殺したような声が聞こえるだけだ。
マリベルは剣に手をかける。
扉を破るつもりか?
それはそれで大事になりそうだが、今は止める余裕もない。
ふと、部屋の中が静かになった。
次の瞬間、扉が開き、カスパルが出てくる。
一度だけ、俺とマリベルを睨みつけると、そのまま無言で去っていった。
「ちょっと!」
マリベルはカスパルを追う。
俺は部屋の中へ目を向けた。
そこにいたメイドは、ひどく取り乱していた。服は乱れ、床にへたり込んでいる。怯えきった顔で震えていて、ただそれだけで、ここで何が起きたのか十分すぎるほどわかった。
その瞬間――
強烈な違和感が走った。
自分の中の何かが、すっと削れていくような感覚。
嫌な予感がして、とっさにステータスを開く。
すると、視界の内側に浮かんだそれが、赤く明滅しながら不安定に揺れていた。
なんだこれ?
背筋を冷たいものが流れる。
混乱と恐怖で意識がそちらに向いた途端、ステータスはいつもの青へ戻っていく。
良かった。
……いや、よくない。
もう一度、部屋の中へ意識を向けた瞬間、ステータスがまた赤く染まり始めた。
やばい。
何がやばいのかはわからない。
だが、やばいということだけはわかる。
慌てて目を逸らし、頭の中でフリーデガルト母の顔を思い浮かべる。
欲求のようなものは一瞬で消え、ステータスも青に戻った。
ここにいてはいけない。
俺は人を呼ぶため、部屋を飛び出した。
◇
夜。家族会議である。
ギルベルト父もフリーデガルト母も、厳しい顔をしていた。
セシリア母は悲しそうで、誰もなかなか口を開かない。
そんな中、
「最低のクソ野郎だな」
レオン兄が一言だけそう吐き捨てて、部屋を出た。
そのあと、ソフィアが泣き出し、セシリア母も授乳のために席を外す。
俺も出ていいですかね、この空気。
「ロッテは一応、可のメイドだ。だが、対象はお前ではない」
父の声は低かった。
「……お手付き要員だったなら、別にいいじゃねーか」
次の瞬間。
フリーデガルト母の鉄拳が落ちた。
吹っ飛ぶカスパル。
ひびの入る壁。
あ、これは気絶ですね。
それにしても、お手付き要員なんていたのか。
この家の見えていない部分が、急に増えた気がする。
カスパルの気絶によって、家族会議は半ば強制的に終わった。
◇
子供部屋に戻り、あの赤くなったステータスについて考える。
ステータスは、職を得て初めて見られるようになる。
あのとき感じたのは、確かに“職が消えかける”ような感覚だった。
欲情すると職が消えるシステムなのか?
いや、そんな仕様では子孫繁栄が詰むだろう。
巫女だけか?
そこで思い出す。
巫女は女性のみ、祈祷師は男性のみ。
……ああ、なるほど。
巫女は、女性に対してそういう欲を向けると駄目なのかもしれない。
これは、ありそうな話だ。
え、なにこれ。
生涯童貞コース確定?
いや、慌てるな。
転職すればいいではないか。
現在レベルは三十三。
まだ遠いが、絶望するほどでもない。
第二次性徴だってまだ始まっていない。
今のうちなら、情欲の抑制もそこまで難しくはない……はずだ。
さて、天啓の儀はどうしよう。
◇
翌朝、カスパルは朝食に現れなかった。
ロッテも見かけない。
ギルベルト父は無理に明るい雰囲気を作ろうとしているが、空回りしている。
「リュカ、採取依頼に行くわよ」
マリベルも、この空気に耐えられなかったらしい。
昼食後、早々に家を出る。
ギルドでリーゼと合流し、依頼掲示板へ向かう。
「これにしましょうか」
ゴブリン討伐。
え?
採取依頼って言ってませんでしたっけ?
どうやらマリベルとリーゼは、いつの間にかEランクに上がっていたらしい。
そして俺も、先日Fランクに上がっている。
確かにルール上は、Fランクの俺が入っていてもパーティーとして討伐依頼は受けられる。
だが、いきなりすぎません?
「初の討伐依頼ね! これ、渡しておくわ。これなら非力なリュカでも振れるでしょ」
そう言って、ショートソードを渡してきた。
「領兵の副武器よ。お父さんに言って借りてきちゃった」
嬉しそうに言わないでください。
あと、それ返すつもりないでしょ。
それ、横領って言うんですよ。
◇
ゴブリン。
まあ、ファンタジーではおなじみの魔物である。
だが、この世界でのゴブリンはそれほど弱くない。
たしかに力はそこまででもないらしいが、それでも子供や、五歳児巫女程度と比べれば十分強い。武器も持つし、集団戦も仕掛けてくる。知恵もそこそこある。
今回の依頼は、街道脇で目撃された五匹程度の集団。
……もう少し実力をつけてからとか、人数を増やしてからのほうがよくない?
「あとね、相談があるんだけど。私ね、リーゼと部屋を借りて、家を出ようかと思ってるの」
マリベルが、少し寂しそうに笑った。
まあ、あんなことがあったしな。
もう十三歳。
この世界基準なら、別におかしくはないのかもしれない。
「でね、女性だけのパーティーでやっていこうかなって」
昨日の事件、マリベルなりにいろいろ考えたのだろう。
問題は金だ。
今までは収入を三分割していた。
だが、それでは部屋を借りて独立するには厳しいらしい。
「だから、住居費と活動費を引いた額での分割をお願いしたいの」
「いや、俺、男なんだけど。女性限定パーティーじゃなかったの?」
嫌である。
十二、十三歳で家を出るならともかく、まだ五歳だ。
家に寄生していてもまったく問題ない年齢である。
「リュカ君はまだ中性みたいなもんだからねー。女性限定条件からは除外だよー」
リーゼの言葉に、はっとした。
中性。
もしかして、巫女の条件は「女性であること」ではなく、男性ではないことなのかもしれない。
……いや、そこ今考える?
とはいえ、マリベルの提案はかなり俺に不利だ。
マリベルもすぐ家を出るわけではないが、資金は早めに貯め始めたいらしい。
姉もリーゼも、俺にメリットが薄いことはわかっているようで、かなり下手に出てくる。
結局、
俺は家を出ない
借りる部屋は必要なら使ってよい
討伐依頼で見つけた薬草などは俺がもらってよい
という条件でまとまった。
「あと、無手の戦い方を教えてほしい」
今のステータスだと、剣は地味に重いんだよね。
リーゼは笑ってOKしてくれた。
彼女たちと一緒に住めば、ラッキースケベ的な何かが起こるかもしれない。
だが、巫女としては、その“何か”こそ最大の敵である。
収入の減少分は、ポーション作成で補おう。




