第105話 ヴァルムクヴェル到着
その日の宿泊地は、ちょっと大きめの街だ。ここから山道を登っていく路線に乗り換える。これは馬ではなくロバで引くロバ車だが、前世のロバのような可愛いサイズではなく、ずんぐりむっくりの筋肉質なロバだ。
馬と比べてスピードは遅いものの、力は強いらしい。ロバ車は山道をゆっくりと登っていく。歩くよりは早いが、走るよりも遅いくらいのペースだ。
「あたしも毒無効、取ろうかな」
「毒耐性の弱・中・強って取った先にあるのが毒無効だから時間はかかるけど、気長にやっていけばいつかは取れるからね。いいんじゃないかな?」
「もし毒無効が取れたら、魔人の秘薬、よろしくね」
「そういえば、闘気の秘湯って、結局使い物になるの? いつ湧くかわからなくて、入ったら皮膚が溶けるのに」
「昔は年に一回くらいは湧き出してたらしくて、前の回から半年以上経ったくらいから近くの宿泊所で待機するの。そんなことをするのは大手貴族くらいだから、宿泊所の収入は結構大きかったみたいよ」
一泊一万ギルでも半年近く宿泊してくれて、食事などでお金を落としてくれるなら良い商売だな。大手貴族なら使用人も何人か連れて来てるだろうし。
「入浴の時は上級ポーションを飲みながら入るの。一日に四~五本ね。それを一週間だから大変な額よ」
それでも、大手貴族の中でも武門系だと、メンツのためにも利用する人は多かったそうだ。
「秘湯といいつつ、知ってる人は多かったんだ」
「昔は特に秘密にしてなかったらしいんだけど、何の対策もせずに入って死んじゃう人が続出して、大手貴族にしか情報を出さないようにしたんだって。秘湯の周りで野宿する人とかも多かったっていうし」
貴族様もドロドロに溶けた死体が浮かぶ温泉には入りたくないだろうしな。
◇
「そういえば、ウチの母は闘気力と魔法力を合わせた打撃を打ち込むことで、闘気力を活性化させる技を使ってたよ」
「あぁ、ローゼンフェルトの秘儀ね。あまりの苦痛に、続けると気が触れるっていう。打撃を受けたあと、激しい苦痛が一日続くんでしょ。それを毎日一年間。さすがに無理よね。試してみたい気はあるけど」
入ると溶ける温泉。
飲むと即死する秘薬。
受けると気が触れる打撃。
毒無効さえ取得すれば安全に飲める魔人の秘薬が一番マシか?
そんな感じでレスカと話しているうちに、ヴァルムクヴェルの領都に着いた。確かに田舎っぽい感じだが、活気はある。そのまま徒歩で領主の屋敷へ向かう。
「ただいまー」
「レスカお嬢様、お帰りなさいませ」
レスカは門番に気軽に挨拶する。
「こちらは学友のリュカ君。しばらく滞在するから」
「かしこまりました。さぁ、どうぞ。中で領主様がお待ちです」
屋敷の大きさはヴァルクレインとそう変わらないかな。屋敷の入り口で執事が出迎えてくれる。
「お嬢様、お帰りなさいませ。そちらは?」
「学友のリュカ・フォン・ヴァルクレインよ。しばらく滞在するわ」
「かしこまりました。ヴァルムクヴェル領へようこそ。どうぞこちらに」
部屋の中に通されると、レスカの両親が待っていた。
「お父様、お母様、ただいま戻りました。手紙でも伝えていた通り、今日は学友を連れてまいりました」
「リュカ・フォン・ヴァルクレインです。学院ではレスカ様と仲良くさせていただいております。本日はレスカ様のお招きでヴァルムクヴェル領にお邪魔させていただきました。どうぞよろしくお願いいたします」
「オーウェン・フォン・ヴァルムクヴェルだ。君がリュカ曹長か。ベスカから話は聞いている。ネスカの腕を治してくれたそうだな。感謝する」
「いえ、軍務の最中のことですので。業務の範囲内でできる限りのことをしたまでです」
「ベスカからネスカの傷の詳細は聞いている。通常であれば切断以外は考えられん。ネスカが今、両腕を使えているのは、リュカ曹長の類いまれなる治癒術のおかげであろう」
「お姉ちゃんたちも休暇で戻って来るそうよ。東の戦線は一区切りついたから時間が取れるみたい」
「それは楽しみだな。いつ頃着くのかな?」
「リュカ君が来るのに合わせるって言ってたから、じきに来ると思うわ」
「長旅で疲れているだろう。部屋で夕食まで少し休むといい。セリウス、案内してあげてくれ」
執事さんの名前はセリウスらしい。
「ありがとうございます。では、失礼します」
俺は執事のセリウスさんに案内され、客間へ向かった。
確かに少し疲れていたからありがたい。
◇
客間は机とベッドがあるだけの質素な部屋だ。さて、夕食までどうしようかな。お風呂魔法で旅の汚れを洗い流したいけど、温泉地でそれをやるのもな。水の捨て場にも困るし。
前世の旅館だと、お菓子が置いてあったり、変なパズルが置いてあったりしたんだけど、こちらにはそういったものもない。組木パズルでも作ってみるか。でも、どんな構成だったか覚えてないな。
しばらく組木パズルの構成について考えていると、部屋のドアがノックされた。
「リュカ様、当家は温泉が有名でございます。夕食の前にいかがでしょうか?」
セリウスさんだ。温泉、待ってました。
「ぜひお願いします」
「入浴に必要なものは全て用意してございます。どうぞこちらに」
セリウスさんに連れられ、屋敷の裏の方へ向かう。そこには掛け流しの立派な温泉があった。こちらの世界で温泉に入るのは初めてだ。
入り方は日本とほぼ同じ。
じんわりと堪能させてもらった。
◇
入浴後、部屋で涼んでいると、今度はレスカが呼びに来た。
「夕食の準備ができたって」
貴族との会食なんてあまり得意ではない。親戚関係を除けば、これが初めてである。幸いなことに、格式ばった会食ではなく、普段の夕食を少し豪華にしたような食事会だった。
「温泉は堪能してくれたかね?」
「はい、とても気持ちの良い湯でした」
皮膚が溶けることもなかったし。
「それは良かった。温泉は我が領の自慢でね。他にもいろいろあるんだ。混浴もあるから、一度行ってみるといい」
「リュカ君が興味あるのは、混浴じゃなくて闘気の秘湯よね」
いや、混浴にも興味津々なんですが。
「おや、すでに秘湯のことを伝えてたか。レスカも憧れのリュカ君の前で口が軽くなったかな。リュカ君、闘気の秘湯は上位貴族以外には秘密でね。あまり吹聴しないでおいてくれるかな」
「なによ、お父さん。リュカ君になら秘湯のことを伝えていいって言ってたじゃない」
「ははははは、そうだったかな。まぁ、良い。今は枯れているが、時間があるときにでもレスカと見に行ってみるとよい。運が良ければ湧き出すかもしれんぞ」
家族仲は良さそうである。
◇
「リュカ君、それ、山羊のチーズなの。お口に合ったかしら?」
かなり癖の強いチーズだ。
「はい、コクがあって美味しいです」
「こちらも試してみて。ヴァルムクヴェルの名物で、パスタの一種なんだけど、粉が少し違うの」
これはそば粉っぽいな。溶けたチーズが絡めてある。イタリア北部にもこんなパスタがあったような気がする。
「パスタの香りが良いですね。いくらでも食べられそうです」
チーズのせいで、そば粉の香りは分かりにくいけど。
「それ、レスカが作ったのよ」
「そうなんだ。美味しいよ。レスカは料理も上手なんだね」
「ちょっと手伝っただけだから」
会食は無難に終わった。




