第106話 闘気の秘湯へ
朝食はパンとチーズ、野菜の酢漬けの簡単なものだった。
「リュカ君は戦士の技に興味があるそうだな。東部戦線では時間を見つけてはスラッシュの練習をしていたと聞いている」
朝食後、レスカの父が言ってくる。
「はい。スラッシュはなんとか撃てるようになりました。今は“大切断”を練習しています」
「ほう、それは凄い。戦士職ではなくても練習によってスラッシュが撃てるようになるという事例があることは知っていたが、体現した者を見るのは初めてだ。ちょっとやってみてくれるかな?」
今は“大切断”を練習していることが多いが、ちゃんとスラッシュの練習もしている。問題ないはずだ。魔法の収納から愛用の剣を取り出す。
「スラッシュ!」
もちろん掛け声がなくても発動するのだが、なんとなく口に出してしまう。○○ストラッシュ! とか、少年の憧れだろう。
「ふむ、ちゃんと発動しているな。闘気力の乗りは悪いが、形にはなっている」
闘気力、込められてたんだ。俺自身は闘気力を操れないから、その点は少し不安だったが、大丈夫なようだ。
「次は“大切断”をやってみるといい」
続けてレオン兄に教わった“大切断”の動きをやってみる。
「こちらはまだだな。体の動きだけを真似ても駄目だ。闘気力の動きと、それを補助する魔法力の動きが大切だ」
いや、そんなこと言われても、闘気力の動きを感じ取れないんだが。
「闘気力が体から剣に流れ、インパクトの瞬間に剣先へ集まるようなイメージだな」
「お父さん、リュカ君も私も闘気力を感じ取れないのよ。いつも思ってるけど、そんな説明じゃわからないって」
レスカの言う通りである。レオン兄の説明も適当だが、戦士って皆こんな感じなんだろうか?
「なら、見てみるのが一番かもしれないな」
オーウェンさんは槍を持つと、近くの岩へ向かう。
「大切断!」
おぉ、掛け声ありか。わかってるな。岩はばらばらに砕け散った。
「わかったかね?」
俺とレスカの顔には『わからん』と書いてあるだろう。
「いや、ただ凄いとしか」
「まぁ、いい。ちょっとやってみたまえ。闘気力が動いた時に教えてやろう。あとは、それを繰り返していれば自ずと習得するだろう」
本当かな?
しばらく“大切断”の練習になった。
◇
オーウェンさんは午後から仕事があるということで、俺とレスカは街の食堂で昼食を取る。
「ヴァルムクヴェル料理って独特だけど、美味しいね」
「山岳地帯だから、山羊肉や山羊のチーズが多いのよ。あと、脂っこい料理が多いから、あまり食べると太るわよ」
確かにカロリーが高そうな料理だな。塩気も強めだ。あまり量を食べるのは控えておこう。
明日は闘気の秘湯を見に行くことにして、今日はその準備をする。闘気の秘湯は意外と遠く、途中で二泊しなければならないらしい。
「ロープはこれくらいでいいかな。ハンマーは家のを持っていけばいいから、あとはハーケンね」
いったい、どれほどの行程なんでしょう?
その後、食料も買い込み、屋敷へ戻る。
「明日は二人だけで大丈夫かね?」
「大丈夫よ。お姉ちゃんたちと何回か行ってるし」
本格的な登山なんて初めてだ。
明日は安全第一でお願いします。
◇
翌朝、日の出前に屋敷を出る。朝食と昼食の弁当を用意してくれていた。しばらく細い坂道を登っていくと、途中から舗装された道が砂利道になる。日の出の頃、丸太が置かれたちょっとした広場に到着した。持ってきた朝食を食べる。
「ここで乾燥させた木を割って薪にするの。薪にしてから使えるまで半年は乾燥させるから、ここにあるのは来年用ね」
「薪の乾燥ってそんなにかかるんだ」
「木の種類にもよるみたいよ。ここに置いてあるのは高級品みたい」
「盗まれたりしないの?」
「魔法の収納でも持ってない限り、盗むのは無理じゃない?こんな大きな丸太を運んでたら目立つし、ここで切るのも音がするし」
魔法の収納を持ってるような人は丸太なんか盗まないか。
「さぁ、もう行きましょ。まだまだ道のりは長いわよ」
◇
本当に長い道のりだった。昼休憩以外はほとんど歩きっぱなしで、夕方、ようやく初日の野営ポイントに到着する。
レスカ、体力あるな。
「リュカ君、体力あるわね。あたしは小さい頃から山歩きで鍛えてきたけど、大人の兵士でも慣れてないとここまで来るのは無理なのよ」
無職で“体力”のステータスが低かったら大変だろう。
「リュカ君、本当に無職なのかな~?」
レスカはこちらの目を覗き込みながら、いたずらっぽく訊いてくる。特に嫌な感じの訊き方ではない。
「僧侶だよ。まだレベルは10だけどね。学院じゃ怪我人の治療をすることもないから、レベルが上がらないんだ」
レスカに職のことを秘密にしておく必要はないかな。俺があっさりと職を明かしたことに、レスカは少し驚いたようだった。
「えっ、秘密にしてたんじゃないの?」
「そうだね。だから誰にも言わないでね。レスカにだけ特別、だから」
本当はジェニファーも知ってるけどね。
「そっか、特別、か。あたしにだけ、特別。うふふ」
そんなことを言いながら、レスカは俺から離れ、テントを設営し始めた。
◇
一人用の小さめのテントだ。二人だけの野営だし、見張りが一人ということだろう。今のところ、気配察知には魔物らしき気配はないが、夜になるとどうなるかわからないからな。
「リュカ君はお湯の準備をお願い。あたしは野草を採ってくるね」
レスカは、俺が水の生活魔法を使えることを知っている。ベスカさんから聞いたっぽい。いったい、どこまで聞いたのやら。そういう個人の能力的なことは軍事機密じゃないんだろうか?
お湯が沸いた頃、レスカが野草を一抱え抱えて戻ってきた。それらをすべて鍋に放り込む。
「リュカ君、何か皿を出して」
魔法の収納から大きめの皿を出すと、レスカは入れたばかりの野草を取り出す。
「一回軽く茹でると苦みが減るのよ」
「レスカさんは野営料理が得意なの?」
「お姉ちゃんたちに教えられてね。あと、呼び捨てでいいよ」
「わかった、レスカ。レスカも俺のこと、呼び捨てにして」
「りょ~かい、リュカ曹長」
「曹長は嫌」
◇
お湯を一度捨て、もう一度沸かすと、そこへ干し肉と野草を放り込み、調味料を加える。野営中のスタンダードな料理だ。
だが、料理上手と下手では明らかに味が違う。野草の下茹でとか、干し肉に隠し包丁を入れるとか、そういった細かいところで差が出るんだろうな。
「凄く美味しい。やっぱりレスカは料理上手だね」
「スパイスの組み合わせかな。いろいろあるのよ。毎日同じ味じゃ飽きるでしょ」
「うん、わかる。軍の行動糧食って味が一種類しかないんだ。あれは酷かった」
「お姉ちゃんも文句言ってた。でも、下手に味変しようとすると、余計に不味くなるんだって」
あれの味変を試みるとは、勇者だな。
◇
「レスカ、どっちが先に寝る?」
「え? どっちが先って?」
「いや、どっちが先に見張りをするかってことだけど」
「ここは魔物は出ないのよ。だから、見張りは不要よ」
思いがけず、一緒に寝ることになった。
俺、体臭大丈夫かな?




