第94話 レスカ
アツアツの水球がジェニファーの真ん前で破裂する。
「きゃ、あ、熱い。熱い熱い!」
突沸だな。俺は自分の前に張った水の膜のおかげで無事だ。その水を、そのままジェニファーにかけてやる。やけどしているようだな。まぁ、皮膚が赤くなる程度だけど。
「ほら、動くな。治療してやる」
癒しの手で治療する。
「ありがと。何が起きたの?」
治療によって痛みが消えたのだろう。ジェニファーは冷静になる。
「水が沸騰する温度を超えてたんだ。で、ちょっとしたきっかけで全体が気化して破裂したんだと思う」
「リュカは大丈夫だった?」
「俺は離れてたしな」
水の膜でガードしていたことは言わないでおこう。
「肉を茹でるわけじゃないんだから、そんなに熱くする必要ないでしょ。気持ち良いくらいの温度にしなきゃ」
「そんなこと言ったって……」
「もう一度、やってみる?」
治療経験も稼げるしな。
「今日はもういい!」
残念。
◇
さて、ジェニファーはダンジョンに潜れない。そもそも彼女は魔法使いだしな。欲しいのは戦士や武闘家の前衛だ。四十人もいれば、一人くらいDランクの冒険者くらいいるだろう。
「冒険者ギルド? いや、入ってないな」
とりあえず、比較的仲の良い生徒に聞いてみたが、冒険者ギルドに入っている人は少なかった。
「こっちに来る前に故郷で入ってみたけど、まだFランクだな」
地方出身者の中にはギルドに入っているのもいるが、低ランクばっかりだ。
「Eランクだよ。いろいろあって、故郷で入らされたんだ」
同室のスティーブはギルド員だった。しかも、クラスの中で一番ランクが高い。
「頑張ってDに上げようぜ。それで、一緒にダンジョン入ろう」
「Dに上がるのって、そんなに簡単じゃないよ。護衛依頼も受けなきゃいけないし」
そういえば、そんなルールがあったな。
「よし、じゃあ知り合いの冒険者と合同で護衛依頼を受けよう」
「授業の合間に? 週末だけだと無理じゃないかな」
それもそうだな。護衛依頼はだいたい一週間はかかる。
「ダンジョンに潜るパートナーが欲しいなら、ギルドで募集してみたら?」
本格的にパーティーを組むと稼ぎが減るんだよな。
◇
「リュカ君、何してるの?」
「おぉ、スタンダー。実はな、森ダンで素材を採って、ポーションで小遣い稼ぎがしたいんだが、一人じゃきつくて」
詳しいことを話す。
「いや、僕はギルド員じゃないよ。あまり戦う系は得意じゃないし」
そういえば、こいつはそういうタイプだったな。
「ソロで三十二層まで潜れるんだ。だったら、解毒ポーションの方が儲かると思うよ。初級なら確か、二十層までで揃うはず」
さすが実家が薬屋、よく知っている。解毒ポーションの方が儲かるってのは、商業ギルドでも言われたな。だが、残念ながら俺は解毒ポーションの作り方は知らないんだ。
「配合なら知ってるけど、そもそも解毒の治癒力がないと作れないし」
そういえば、初期のころはポーション作成で治癒力を込めるバイトをしていたな。同じ方式でやれないか?
「できると思うけど、儲けは減っちゃうよ」
「いや、やってみよう。一人で三十二層まで潜るより現実的だし、この学院の生徒なら僧侶は何人かいるだろう」
ギルドなどで僧侶を募集して依頼するとそこそこお金が取られそうだが、学院のなりたて僧侶なら安くやってくれるに違いない。
「作った解毒ポーションはスタンダー君に卸す。協力してくれ」
「いや、確かに実家は薬屋だけど、この街には店舗がないんだけど」
なんかブツブツ言ってたけど、協力してくれることになった。
◇
儲けは等分にすることにした。素材を集めるのも調合するのも俺だから、俺一人負担が大きいが、でないと協力者を集めるのは難しいだろう。スタンダー君含めだ。
今現在の初級解毒ポーションの相場は二千二百ギルくらいだそうだ。ポーション瓶など必要経費を四百ギルと見積もり、解毒の治癒力を込める人を含めて三人で六百ずつの儲けとする。
つまり、解毒の治癒力を込める人を六百ギルで雇い、出来上がった解毒ポーションをスタンダー君に千六百ギルで卸す。
「さて、解毒ポーションの材料を教えてくれ」
「ホントは教えちゃいけないんだけどな~」
なんだかんだ言って、教えてくれた。押しに弱いヤツ。解毒の治癒力を込める人はスタンダー君が探してくれるそうだ。
俺は頑張って材料を集めることにしよう。
次の週末だな。
◇
「リュカ曹長」
「あ、レスカさん。学院で曹長はやめてよ」
「うふふ。ところで、私のこと、思い出してくれた?」
「いや、実は全く覚えてなくて」
ホント、どこで会ったんだ?俺を曹長って呼ぶんだから軍関係とは思うんだが、どうも思い当たらない。
「レスカ・フォン・ヴァルムクヴェルよ? 家名に聞き覚えは?」
家名はなんとなく聞き覚えがあったので、すごく頑張って思い出してみた。なんか、以前にフリーデガルトが闘気力を上げる方法について話していた時に出した家名だ。でも、ヴァルムクヴェル家の人間に会った覚えはない。
「俺を階級で呼ぶってことは、軍関係だよね?」
「そうよ」
「でも、軍では家名を名乗ることはほとんどないんだ」
彼女はおでこを押さえ、アチャーと言う。
「じゃあ、ネスカって名前は?」
「う~ん、その名前も」
「お姉ちゃんったら、あんなにリュカ君のことを話すのに、本人に覚えてもらってないってどういうことよ。じゃあ、ベスカは?」
「あ、ベスカ伍長にはずいぶん世話になったからな。覚えてるよ」
「もう軍曹ね。そのベスカの妹がネスカ」
「あ、もしかして腕がちぎれかけてた人? うん、覚えてる覚えてる。そういえば、ネスカはベスカの妹って言ってたな。ネスカの腕、元気?」
「そこは、ネスカは元気? って訊くべきところじゃない?まぁ、ネスカの腕は元気よ。本人もね。で、ネスカは私の姉よ」
「え? ってことは、ベスカもレスカの姉? そういえば、三姉妹って言ってた気がする」
「そう、私がその三姉妹の一番下ってわけ。もう、お姉ちゃんたちったら。私のこともヴァルムクヴェル家のことも、何も伝えてくれてないんじゃない。なのに、よろしくって何よ」
なんか、勝手に怒ってる。
◇
「そうか~、ベスカの妹の妹か~」
「ベスカの妹よ。ネスカお姉ちゃんからお礼を言っておくように言われてたんだけど、忘れられてたとはね」
「腕の人でしょ、覚えてるって」
「腕だけ覚えてても」
腕しか印象に残ってないからな。
「今度、ウチに遊びに来てよ」
「ヴァルムクヴェル領ってどこにあるんだっけ?」
「北東の方よ。山岳地帯なの。だから、東部での魔物攻勢でもウチの領は被害を受けてないの。夏の避暑地として有名よ。温泉が人気なの」
温泉。これは行くっきゃない。
「じゃあ、夏休みにでも遊びに行かせてもらうよ」
「お父さんもお母さんもリュカ君には是非遊びに来てもらって、って言ってたから。きっと歓待されるわよ」
何故にご両親まで?




