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第93話 アロマ水

午後ひとつめの授業は無事に終わり、休憩時間。


「スティーブ。あそこで俺を置いて消えるなんてひどくないか? 裏切者め」

「いや、ああいう雰囲気苦手で」

「俺も苦手じゃ」


スティーブとたわいもないことを話していると、後ろから声をかけられた。


「リュカ曹長」


誰だ?俺を階級で呼ぶヤツは学院にはいないはず。


「初めましてだね。あたしはレスカ。これからよろしくね」


レスカはウインクして去っていった。

謎の女、出現


     ◇


睡眠中気配察知の練習をしているうちに授業は終わった。さっきのレスカって子、気になるな。なんか、顔に覚えがあるような、ないような。でも、その前にダイアナに会って、アレクシアからの伝言を伝えなければ。


「ダイアナってどこかな?」


近くの女子学生に聞く。


「もう帰ったわよ」


速足で校門の方に行くが、もうとっくに去ったようだ。彼女は王都南部の工業地帯だ。いつも歩きって言ってたな。なら、ルートはある程度限定される。想定ルートを南に向かって進んでいくと、遠くにダイアナを見つけた。この距離なら遠からず追いつくだろう。少し速足で彼女を追う。

あとちょっとで声が届くかどうかくらいの距離で、いきなり彼女を見失う。目で見えていた。気配察知にも引っかかっていた。それが、忽然と消えた。


ダイアナが消えた場所付近に近づき、周辺を見回すも、隠れられるような場所も入れそうな店もない。


いったいどういうことだ?


俺は諦めて学院に戻った。


     ◇


さて、今日は一日研究室の日だ。水を含ませた布の上に置き、覆いをかぶせておいたパンは見事にかびていた。でも、こいつは白カビだな。お、この部分はアオカビっぽい。アオカビを丁寧にスプーンですくい、あらかじめ用意しておいた培養液に入れる。


培養液は市場でもらった骨とかを煮てから濾したものだ。もちろん、ちゃんと再沸騰させて消毒してある。


「リュカ君、いいかな?」


そんなことをしていると、ジェニファーに話しかけられる。

あれ?君、ここの研究室じゃないよね。


「この研究室に移ろうと思って。魔法研究室はやっぱり居心地が悪くて」


そういえば、前にそんなことを言ってたな。


「あ、あと、石鹸も固まったよ。全部じゃないけど」

「お、じゃあ完成かな。明後日、見に行くよ」

「ただ、ちょっと臭いが気になるの。前にリュカ君からもらったヤツはいい匂いがしたでしょ。今回のはちょっと獣臭くて」


植物油の方は固まらなかったのかな。


「あれは売ってるヤツだからね。香料が入ってるんだと思う」

「そう。それじゃ、諦めるしかないか」


すごく残念そうである。


「香料を作ってみる?」

「え? できるの?」


幸い蒸留器は二台もある。そのうち、小さい方を使わせてあげよう。


「じゃあ、花とか果物とか、いい匂いのものを集めてきて」

「わかった、任せて!」


ジェニファーは研究室を飛び出していった。


     ◇


しばらくすると、ジェニファーが大量の花を持って帰ってきた。

それを蒸留器に入れ、さらに水を加える。


「じゃあ、ここに水を入れ続けてくれるかな」


発生した蒸気を冷やす部分だが、俺は水魔法で水を流し続けることで対応している。


「え、無理よ。あたしが水魔法で作れる水はこの程度よ」


ジェニファーは前よりも少し大きい水球を出した。ただ、まだテニスボール大にもなっていない。仕方がないので、凝縮器を通過した水をバケツに集め、再利用してもらうことにする。

ただ、どんどん熱くなってしまうので、バケツを多めに用意する。


「冷やすことが大事だから、この水が全部熱くなったら教えて。じゃあ、頑張ってね」


俺は自分の作業に戻る。ときどき、熱くなりすぎた水が入ったバケツの水を捨ててきてもらい、水魔法で水を取り替える。


一日が終わり、そこそこの量のアロマ液が取れた。


「もう、ヘトヘトよ」


アロマ液の匂いを嗅いでみるが、ちょっと匂いが薄いな。


「再蒸留した方がいいかもね。これをまた蒸留するんだ」


「今日はもう無理。腕がパンパンよ」


さすがに無理か。


来週にしよう。


     ◇


さて、ようやく週末だ。今日は久々にダンジョンに潜ろう。潜るのは森ダンジョンだ。ロングボウを装備し、ソロでダンジョンに入る。今日もタイムアタックだ。どんどん潜っていく。


朝イチから潜り始め、三時間ほどで十五層。前回よりもだいぶ早い。ロングボウで矢の威力が上がったのも大きい。魔物が群れで出てきたとき、ここまでの階層なら一射で一匹を仕留められる。木々が密で射線があまり通らない階層は難しいが、そういう階層は魔物からも見つかりにくいため、隠密を頑張ってエンカウントを減らすことによって素早く通過する。


昼頃、二十三層に到着した。


     ◇


さて、安全を考えるなら引き返すことを考えるべきだ。今から戻って順調なら夕方遅めにダンジョンを出られる。逆に言えば、夜までに帰ればいいなら、もっと先に進める。よし、中級ポーションの材料が揃う階層まで行ってみよう。

あと二時間ほど進んで、それでも素材が集まらないようなら諦めよう。先に進むにつれ、進行がきつくなってくる。


特に、ロングボウでの攻撃で矢がバイタルゾーンに当たらないと、魔物が止まらなくなってきた。バイタルゾーンといっても、頭部は頭蓋骨に守られているから難しい。目をピンポイントで狙えれば良いが、そこまでの腕はない。

では心臓かというと、ゴブリン系などの二足歩行型は良いが、四足歩行型は頭部が邪魔で心臓が狙いにくい。結局、一射目で体勢を崩し、二射目で心臓を狙うことになる。


三十二層でようやく中級ポーション作成用素材が揃うめどが立った。ただ、ここまで素材採集はしていないので、即、ポーション作成とはならない。一時間ほど、三十二層で採れる素材を採れるだけ採り、帰路につく。まずいな、もう夕方だ。


あれから急いだが、ダンジョンを出たときにはもう夜中だった。これを続けるのは無理があるな。やっぱり誰かと組まないと難しそうだ。本当は前衛職が良いけどな。魔法職でもかまわないから、ジェニファーを誘ってみるか。


     ◇


「え? 無理よ」


ジェニファーをダンジョンに誘ったところ、この返事だ。いや、そんなことないでしょ。現に俺は潜ってるし。


「まず、学院の生徒は、王都では冒険者ギルド登録できないわ。入学者名簿がギルドに送られるから、卒業まで登録できないの。もちろん、それより前や他の街での登録はできるけど」


俺はそのタイプだな。もっとも、登録したのはずいぶん前だが。


「実際、他の街であらかじめギルド登録している生徒もいるわ。でも、入ダン申請が通るのはDランク以上で、他のダンジョンに潜った経験がある必要があるの。私が他の街でギルド登録して、Fランクから始めて卒業までにDはどう考えても無理ね」


「それより、石鹸よ。見て」


一部が固まっていて、一部はドロドロだ。


「こっちの固まってる方が獣油ね。で、こっちが植物油。獣油の方は石鹸っぽいんだけどさ、ちょっと臭いを嗅いでみて」


言われるがままに臭いを嗅ぐ。臭い。うん、これは駄目だ。


「この油って、なんの油なの?」

「ファットゴブリンっていう魔物だってさ」


聞いた途端、ジェニファーは嫌そうな顔をする。


「それはなんか、嫌ね。これは弟たちに使わせようかな」


弟たちに使わせるんだ。


「なら、こっちの植物油の方を固めないと駄目ね」

「この灰汁をもっと濃くしてみようか?」


中でも一番固化したものに使った灰で、濃い灰汁を作ってもらうことにする。


「わかった、来週までに作っておくわ」


     ◇


その後、スラムに行き、治療する。治療後、とりまとめ役のところに行くと、老人がもう一人立っていた。


「こいつが南東の方にあるスラムの取りまとめ役だ。ほれ、この坊主が無料でスラムの民を治療したいっていう奇特なヤツだ」

「どうも、こんにちは」

「我らに怪我人を提供して欲しいとな。で、怪我人一人にいくらもらえるのかね?」


めんどくさい系の人だった。


「あ、じゃあ、いいです」

「おい、ちょっと待て」


ジェニファーと去ろうとしたら、呼び止められた。


「ここまで呼び出しておいて、何もなしか?」

「面倒なのは嫌なので、何もないですよ。じゃあ」

「おい!」


こういう面倒なのは無視が一番だ。ジェニファーと共に、とっとと去る。


     ◇


「ねぇ、良かったの?」

「別に。どうしてもスラムで治療したいわけじゃないし」


実際、スラムと娼婦だけではレベルアップのための経験値稼ぎとしては心もとないが、こればっかりは仕方がない。

スラムから怪我人を買うような真似はしたくない。そのまま寮に帰ろうとすると、今度はジェニファーに呼び止められた。


「お風呂、お願いしたいんだけど」


そういえば、そんなのもあったな。ジェニファーの家に寄って、お風呂魔法をやってあげる。


「ねぇねぇ、水魔法と火魔法の同時発動に成功したの!」


お風呂のあと、実際に見せてくれる。


炎込みのちゃんとした火魔法で水球を炙っている。なかなか沸騰しないな。なんか、沸騰石を入れたくなる光景だ。ちょっと怖くなった俺は、水の膜を自分の前に張る。


その瞬間、ジェニファーの水球が破裂した。


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