第92話 食堂にて
俺とピスタに接点はない。強引にピスタに突撃してもいいが、微妙な話になりそうだし、知り合いの知り合い作戦でいこう。
俺はダイアナを知っているし、ダイアナは当然ピスタを知っているはずだ。
「なぁ、ダイアナ。ピスタってヤツ知ってる?」
「もちろんよ。同じクラスじゃない」
コイツ、同じクラスの生徒、全員名前と顔が一致するのか?いや、ダイアナなら知ってそうだな。さて、どうしよう。
いっそ、ダイアナに相談してしまおうか。そもそもの元凶はコイツだしな。
「ピスタにはユリさんって婚約者がいるんだけどさ、最近ピスタがユリさんにかまってくれないんだって。しかも、会話の端々にダイアナの名前を出してるらしくて、それでユリさんが悲しんでるんだ」
「私とピスタ君はそんな関係じゃないわよ」
「知ってる。でも、ピスタの心は少しダイアナに傾いてる。恋愛感情じゃないかもしれないけど、そもそも貴族同士の婚約だって恋愛感情じゃないし。心が離れていってるのが問題なんだ」
「でも、結婚は好きなもの同士がするものでしょう?」
「貴族の結婚は家の利害が絡むんだ。でも、愛のない結婚は悲しいでしょ。だから、婚約期間に愛を育まなきゃいけないんだ。ダイアナはその邪魔をしている」
“愛を育む”なんてセリフ、よく言えたな、俺。ダイアナは真剣そうに聞いている。
「なら、どうしたら良いかな」
そうだな。コイツに解決してもらおう。
「今、俺が言ったようなことを、ダイアナからピスタに言ってもらえば全て解決するような気がする。とりあえず、三人で話そうか」
◇
放課後、俺、ダイアナ、ピスタの三人で会う。場所は校舎の外れだ。
「ねぇ、ピスタ君。婚約者がいるって本当?」
「い、いるけど。それがどうしたの?」
動揺してるぞ。
「ピスタ君、婚約者同士はね、婚約中に愛を育まなきゃいけないの。貴族同士の結婚が恋愛感情だけでなく、家の事情で決まることも多いってことは知ってる。でもね、婚約期間中に二人の間に愛が生まれれば、その後の結婚生活は素晴らしいものになるわ。結婚はね、他人と他人が一緒になって、新たな家庭を作っていこうっていう誓いなの。他人同士だから、困難も多いわ。でもね、そこに愛があればきっとうまくいくわ。ユリさんっていい子よ。ピスタ君、ちゃんとユリさんを見てあげて」
ダイアナ本人にこう言われては、たとえピスタ君がダイアナに淡い恋心を抱いていたとしても、砕け散っただろう。
「私、家が遠いからもう帰らないとだけど、ちゃんとするのよ」
さて、少しフォローしておくか。
「ピスタさぁ、少しダイアナに惚れてたろ。彼女、男性との距離感近いからな。でも、庶民じゃあれくらいの距離感は普通だぞ」
まぁ、普通ってほどでもないが、こいつは知るまい。
「ユリに言われてこんなことを?」
「いや、どちらかというとユリさんの友人の背が高い子だな」
名前を忘れてしまった。誰だっけ?
「俺とユリの関係なんて、お前に関係ないだろ」
素直じゃないな。いや、自分の気持ちに気が付いてないだけか。
「そうだな、関係ないな。じゃあさ、俺がユリちゃんを口説いてもいいのかな? 彼女、かわいいもんな。キスしたらどんな顔するんだろう?」
「や、やめろよ!」
「な、ユリさんを取られるって思ったら、嫌だと思ったろ。それは、お前がユリさんのことが好きだからさ。お前がユリさんと婚約破棄したら、ユリさんはフリーだ。あのかわいさだ。すぐに誰かのものになるさ」
誰かのものになるユリさんを想像したんだろう。顔がゆがむ。
「でも、今ならユリさんの心はお前に向いているぞ。すぐに謝って、これからユリさんを大事にしてあげれば彼女の心も戻ってくるさ」
◇
面倒なことを後回しにしたくない。今日中にピスタとユリを会わせてしまおう。女子寮の方に行き、ちょうど入っていく女子生徒に伝言をお願いする。
「ちゃんと謝るんだぞ。あと、ダイアナの名前は出すなよ」
ユリはユキナと一緒に出てきた。顔を見て名前を思い出した。二対二で向き合う。俺が肘でピスタ君を押すと、彼は一歩前に出る。
「ユリ、ごめん。俺が悪かった」
ユリの目に涙が溜まる。
「俺、やっぱりユリが好きだよ。明日から、また一緒にお昼を食べてくれるかな?」
うんうん、青春だな~。もう青春はお腹いっぱいなんで、席を外そう。そろりそろりと距離を取る。同じ考えだったのか、ユキナも二人から離れていく。十分距離が離れたところで、ユキナが話しかけてきた。
「いや~、スピード解決だったね。君がピスタ君とダイアナさんを連れて学院の隅の方に向かったのは何人かが見ててさ。寮でこれからどうなるか、すごく盛り上がってたんだ」
見られてたのは知っていた。どうやら、女子たちに格好の話題を提供したみたいだ。
「夜、あんまりユリさんをからかわないようにね」
「全く話題にしないってのも無理があるけど、ほどほどにしておくよ。で、いったいどうやって解決したんだい?」
「秘密だ」
“愛を育む”なんてセリフ、もう二度と言いたくない。
翌日、食堂で仲良く二人で朝食をとる姿が確認された。
◇
「いや、リュカ。すごいね。いったい、どうやったの?」
スティーブ、その質問、何度目だ?
「面倒なこと、全部俺に押し付けやがって」
俺はペンネの上にミートボールを乗せたオリジナル丼を食べながら答える。
「いや、僕、恋愛とかそういうの苦手だから」
俺だって苦手じゃ。ふと食堂内のざわめきが鎮まる。顔を上げると、ヘインケル様がダイアナとコース料理ルームへ入っていくのが見えた。彼らの姿が完全に部屋の中へ消えると、先ほどより大きなざわめきが食堂を覆う。
「なんでヘインケル様がダイアナと?」
「アレクシア様はどうしたのかしら?」
ダイアナ、なんで君はこう引っ掻き回すのかな?
ところが、だんだん大きくなるざわめきが、再びピタリと収まった。
今度はなんだ?
◇
「ここ、いいかしら?」
アレクシア様が俺の横に来る。皆、黙ったままだ。昼時ということもあって、食堂はほぼ満席だ。
「是非どうぞ」
仕方なく、俺が答える。取り巻きはどうした?俺の斜め前に座っていたスタンダーは、残っていた食事を大急ぎで平らげ、
「じゃあ、教室で!」
と去っていった。アレクシアの周りから、一人、また一人と席を立っていく。俺の真ん前に座っているスティーブも食べ終えたようだ。コイツ、小食だからな。スティーブは少し迷っていたが、
「先に戻るね」
と席を立った。裏切者め。
これで、俺とアレクシアの周りは誰もいなくなった。混雑した食堂でこれは不自然すぎる。でも、俺まで席を立つのも、ちょっとアレクシアが可哀想な気がする。
「アレクシア様はこちらでお食べになるの、初めてですよね。お口に合いますか?」
「今日はなんだか、あっちで食べる気がしなくて。初めてだけど、悪くないわね」
“あっち”と言いながら、コース料理を出す部屋の扉に顔を向ける。
「あと、敬語は不要よ。学友なのですから」
ヘインケル様とダイアナが“あっち”で食べてるからな。入りにくいんだろう。取り巻きは“あっち”か。
「ここは量が多いから男子学生に人気ですね。あと、意外とデザートが美味しいらしくて女子にも評判です」
敬語じゃなくていいって言ってもな。丁寧語くらい?
「あら、そうなの。試してみようかしら。リュカ君はデザートは?」
「普段は食べないんですけどね。良かったら、一緒にどうです?」
たぶん、アレクシア様はトレイを下げる場所とか、デザートカウンターの場所とか知らないだろう。
◇
アレクシア様が食べ終わったので、アレクシア様のトレイを持ってあげてトレイ返却場所へ。
「トレイはここに返すんです。で、デザートはあっちです」
デザートは何故か配膳場所も会計場所も違うんだよな。
「どれにしますか?」
棚には八種類のデザートが並んでいる。いや、おかずより種類が多いっておかしいだろ。俺とアレクシア様は一種類ずつ選び、会計を済ませる。
何故か俺が払うことに。絶対公爵令嬢の方がリッチだろ。空き始めた食堂で席を見つけ、今度は相対するように座る。
会話、弾まないよな~。
アレクシア様は一口食べると、少し残念そうな顔をする。
「そんな、イマイチだなって顔、しないでくださいよ。庶民にとってはこれでも上等なデザートなんですから」
「リュカ・フォン・ヴァルクレイン。庶民ってわけでもないでしょ?」
アレクシア様は少し笑って言ってくる。俺が貴族なのはバレてるのか。まぁ、大貴族なんだし同級生の調査くらい入ってるか。
「貧乏子爵家の五男なんて、庶民と大差ないですよ」
◇
「リュカ君にはお礼を言っておかないと、と思ってたの」
ケーキ代のことだな。アレクシア様が食べたケーキは四十ギル。俺が食べた二十八ギルのものよりも高いのだ。
「私の粗相のせいでダイアナさんが作ったお弁当が落ちてしまったとき、フォローしてくださって、助かりました。ありがとうございます。本当はダイアナさんにも謝罪したいのですが、なかなか機会がなくて。よろしければ、私からの謝意をダイアナさんにお伝えいただけるかしら?」
おっと、そっちか。
そういえば、謝罪があったという話は聞かないな。
「わかりました。確かに伝えておきます」
「ありがとう、よろしくね」
アレクシア様は優雅に去っていった。
デザートのトレイを返すのも俺か。




