アスカ前編 6『ディランの海岸』
アスカの言葉と、手に持つワンピースを見て、シアーナは目を細める。
チラリとした視線。鞄の中。いや、見なくても分かった。
そこには、複数の洋服が詰め込まれていたのである。
どう見ても子供用と、女性用の服が一着ずつ。
「着替えようシアーナちゃん!」
「……や、です」
シアーナはアスカの提案を叩き落した。
身を守るように身体を丸め、部屋の隅へ逃げる。再び座り込むと小さく丸まった。
ふいっと顔を背け、絶対拒否。
それに、苦笑を浮かべたのは、エイデだ。
こほんと咳払いを一つ。
シアーナに近づいて、膝を付くと、彼女の目線迄しゃがみ込み。
「あのな。そんな服を着ているから、怪しまれるんだよ」
そして、彼女に聞こえる音量で囁くのである。
シアーナは纏う、ボロボロの真っ黒なローブを指差しながら。
「知りません……」
「知りません。じゃ、ないんだよ。そんな恰好で、外や町を歩く気か?シアーナ」
エイデの一言に、眉を顰める。思い切り顰める。
彼の発言に、じゃなくて。エイデと言う男が自分の名を呼んだからである。身体に拒否反応が出るレベルで、眉を顰めた。
「……俺に懐いてないのはもういいよ!でも、名前は我慢しろ?困るだろう!」
そんなシアーナの頭をエイデが、軽くこついた。
エイデが、親しげに名を呼び始めたのは、つい先程。一緒に旅するなら名前が無いと困るよな、と笑いながら勝手に呼んで来たのだ。頭を撫でまわしながら。
拒否権なんて無かった様に思える。こうして、拒否を露わにしても、勝手に名を呼んでくるのだから。
「なんにしても、服は着替えろ!目立つんだよ、その恰好!」
拒絶を露わにするシアーナを前に、話を戻すようにエイデは咳払いを零した後。テーブルの上を指差した。
「いや、です」
無論。シアーナは拒絶するのだが。しかも今度はハッキリと。
エイデは顔を顰めた。
彼は言ってやりたい。言ってやりたかった。
この世界に流れている“死”の容姿の噂。
頭から足元まで、真っ黒なボロのローブを被った、大きな本を被った子供が“死”、だと流れている事を。
つまり、今現在のシアーナの格好は、完全に“死”そのものの格好をしている訳である。本は持ってないけど。
エイデからすれば、その恰好を今すぐ治したくて堪らない訳だ。
「お前。人が住むところに、その姿で出ていくつもりか?」
「……私は、外で待っているから平気です……」
「ええ!」
シアーナの発言に一番に反応したのはアスカだった。
流石に途中から声が大きくなっていたのだ。アスカに聞かれていても仕方が無い。
そして、シアーナの発言に彼女が驚くのも無理はない。
でも、2人の視線を目にしても、シアーナは本気だった。本気で『街』に行くときは留守番をするつもりだった
エイデは怒りで、肩眉をひくつかせたが、コホン。
なんとか口元に笑みを浮かべてシアーナを見下ろし、話を続ける。
「街や村はまだ良い。――普通の道はどうだ?人とすれ違うぞ?」
「……林の中を歩きますから」
「……そうか、そうかぁ。つまり、俺やアスカも巻き込むって事でいいんだな?態々獣が出る道を通ると?」
「!!」
シアーナは気が付いたように大きく反応する。
少しして。更に、フードを深く被って、顔を隠すのである。口元しか見えないぐらいに深く。
「……や、です!!」
悩んだ結果、それでもやっぱり無理と判断するわけだが。
そもそもとシアーナだって言いたい。この服。このボロボロの服。
真っ黒なこのローブは、“死”としての喪服なのだ。だから着替える訳には行かないのだ。――アスカが居るから言えないけど。
エイデは、小さな笑みを浮かべた。
クルリと踵を返し、彼が向かうのはアスカの元。
今までの様子を見守っていた彼女の肩を叩いて、にやりと笑うのである。
「あの人見知りちゃん、任せたわ」
「――!分かったわ。可愛いのにもったいないもんね!」
諦めたみたいだ。アスカに全部任せる事にしたらしい。
しかも、アスカもノリノリだった。
そのオレンジの瞳を、シアーナに向け、ニヤリ。
「おいでシアーナちゃん。怖くないよ。ほら、私好みに可愛く着飾ってあげるからねぇ」
「……………」
怖すぎる。どこかの変態にしか見えなかった。
シアーナはフードの裾を握りしめて、必死に首を横に振った。
エイデに助けを求めよとしたが、残念。たった今、エイデは小屋の外へ。
「じゃ、後は任せたわ」
なんて無責任に手を振りながら出て行ったのである。
最低。やっぱり最低だ!なんてシアーナは思ったが、その視線は直ぐにアスカへと向けられた。
「えへへへ。さぁ、大人しくするんだよぉ」
なんて、言いながら。一歩前に。
おもわず後ろへ下がろうとしたが、後ろは壁だ。何なら小屋の端っこ。
シアーナは、もう如何することも出来ず。かくかく、ぷるぷると震えながら。
伸びてくる魔の手に、フードの裾を強く握りしめながら、エイデに恨み言を呟く事ぐらいしか出来なかった――。
◇
「おっまたせー!」
アスカが楽しそうに小屋から飛び出したのは、それから10分ほど経ってからであった。
勿論、彼女の服装は変わっている。
白と青を基準としたひざ丈までの長袖のワンピースと、フードの付いた赤いマント。腰には細い剣。
腰に剣と。腕章をつけて。楽しそうに嬉しそうに、外で待っていたエイデに笑顔を向けるのだ。
「いやぁ、久々に女の子らしい服を着たよ~。ありがとうエイデさん!」
「ん、いや。気に入ったならそれでいい」
アスカは酷くご機嫌な様子で素直にエイデにお礼。
なにせ、実はシアーナに負けず劣らず、彼女の服装は中々に酷かったのだ。
ベージュのボロボロのロングワンピースに、敗れた皮鎧。あまりに古風で、ボロボロ過ぎて、初めて見た時エイデも、流石に言葉を失った程だ。
男が少女の服を選ぶのは、骨が折れる事で。エイデからすれば彼女が気に入るか、そこだけが不安であったが、杞憂であったらしい。胸を撫で下ろす。
さて、そうなれば問題は一人である。
「ほら、シアーナちゃん出ておいで。怖くないよ~」
アスカは気楽に声を掛ける。ニコニコと笑顔で、おいで、おいで。
ただ、先ほどまでシアーナの悲鳴が聞こえていたのだが。勿論気のせいではない。
暗い小屋の中、小さな影が揺らめいた。その姿が太陽の下に、露わになったのは直ぐの事。
「……」
小屋から出て来たのは、紺色のフードを被ったシアーナの姿。
エイデは少しだけ安堵する。
あのローブはもう羽織ってはいなかった。着替えてくれたようだ。
いや、まぁ。地面に付きそうな長いローブから、膝下程のポンチョに変わっただけであるが。
流石にあのフードを取り上げるのは、可哀想であったから。フード付きのポンチョに変えただけだ。ついでに色も黒から黒っぽい紺に変えてやったりもしたが。コレで少しは目立たなくなるだろう。
もう一つの問題はポンチョの下。
こちらも用意はしておいた。
何せ、シアーナの服装はボロボロのローブの他に、ボロボロの長い黒のズボンと、これまた黒のボロボロの長いシャツであったから。
とりあえず、彼女を13歳程と仮定して。年相応の子供服を選んだが。
ポンチョの隙間から細くて青白い足が出ているのが分かる。此方も着替えてくれたようだ。
フードの下から恨みがましい視線が送られているが、気にしてはいけない。
「あはは。流石にフードは取りたくないって全力拒否されちゃったよ。凄く似合っていたのに…」
「いや、十分十分!よくやった!」
いや、本当によくやってくれた、とエイデは感心する。
これで、漸く道を真面に歩けると言うモノだ。
少なくとも、シアーナがこれで“死”と見られることは、減ったであろう。
――シアーナは、かなり恨みがましい瞳を送っているが。
そして、そのまま一言。
「…ありがとうございます」
感謝の言葉を送ったのである。
「ほら、シアーナちゃんも気に入っているから!」
「そ、そうか…?なら良かった…!」
一瞬、何か聞いてはいけない言葉が送られた気がするが…。
アスカが気に入ったと言っているなら本当なのであろう。
エイデはシアーナから視線を外して、小さく咳払いを零した。




