アスカ 前編 3『ディランの海岸』
「――却下します」
エイデの考えを、シアーナは数秒も待たず叩き落す。
フードの下の彼女は酷く不機嫌そのもの。絶対に嫌という雰囲気が漂わせる。
その様子に、エイデは苦笑を一つ。
いや、この反応は知っていた。エイデは充分に気が付いていたさ。
紫の瞳が一応アスカを確認したが。
どうやら彼女は話に着いて来れていないのか、眉をキリっと上げて固まっている。
ならば、最初は、シアーナからだ。そう言わんばかりに、エイデは此方を見た。
「あのな、言っただろ?俺だけじゃ役不足だって」
「………エイデさんは充分強いです」
「……た、頼ってくれたのは嬉しいし、お前には言いたいことがたんまりとある…。コレを受け入れてくれたら水に流してやる」
褒めてやったのに、彼は考えを変えるつもりは無いらしい。
というか、今までの事を許すので、“神”と呼ばれる存在を仲間に引き入れたい?
これが、エイデの出す条件だ。
シアーナは眉を顰める。
――……今までの件とは?
一ヶ月、彼を放置していた事か?
この世界に訪れた彼が、話がしたいと追いかけて来た時。完全無視を決め込んで、逃げた事か?
それを、水に流すと。この無意味な旅路に“神”を仲間に加え入れるだけで?
シアーナは僅かに表情を曇らせた。
「……………逃げていた事は申し訳ありませんでした。苦情は全て聞きましょう、ここに正座でもすれば宜しいですね?」
「……………。」
シアーナは以外にも手ごわかった。即決だった。
部屋の隅から立ち上げると、エイデの前へ歩み寄り、正座する。
“神”と一緒に旅をするより、彼の説教を聞いた方が何百倍もマシだったからだ。
「――……エイデさん」
我に返った様子でアスカが、非難の目でエイデを見る。
エイデだって驚きだ。なんでそんなに迷うことなく正座を選んだのだ。
嫌、シアーナのこの行動は拒否反応から。それは違いない。
どれだけ“神様”嫌いなのか、この子は。
エイデの表情にくもりが浮かぶ。
いいや、負けて堪るか!……なんて表情を浮かべて、そして、またコホン。
「――……最初に言っておくべきだったな。声を掛けるのはディランの野郎だ」
「――」
「ディラン」その名を出して、漸くシアーナは顔を上げる。
整った顔を険しくさせて数十秒。
「ディラン……?ディランとは“海”の事ですか?」
少しの間。エイデは大きく頷く。
「ああ、そうだ。その、ディランだ」
その答えに、更にシアーナは理解できないと言う表情。
「……そいつは、私のストーカーと知って……名を上げたと言う事で宜しいですね」
「………」
エイデは、無言になるしか出来なかった。
目の前で、エイデが頭を抱える。
あいつ、なにを、フォローのしかたどうしよう……
などなど、呟いては唸るしかない。
シアーナは安堵する。
少なくともコレで、ディランと旅をする必要はなさそうだと。
「……えーと、聞きたいんだけど。“神”って?」
アスカが不思議そうに言葉を零したのは次の事である。
顔を上げれば、彼女は訝しげな表情。
エイデが驚いたように、アスカを見て続けざまにシアーナを見下ろす。
その視線から、「話していないのか?」と言う意味合いが、ひしひし伝わって来た。
シアーナは目を逸らし、小さく頷く。
目の前の男の、呆れたような小さく付いた息の音が確かに聞こえた。
えーと。そう前置きして、エイデはアスカを見据える。
「その名の通りの“神”だよ。この世界の“神”の一人だ」
酷く簡単に説明する。
ただ、その一言だけじゃ、足りない。先ほどと同じくアスカは眉を「きり」。
どうやら彼女、理解できない問題に出くわすと、その表情を浮かべるらしい。
すこしして、その表情のまま、口を開く。
「え、と。この世界に“神”……」
「ああ、わんさかいる。こっちの“神”つうのは、素の力は人間より強く、人間に無い力を持っている連中の事な。――……といっても、聞く限りじゃ、大して強力じゃない奴の方が」
エイデの答え。
アスカは僅かな間。また彼女は口を開く。
「その、“神”の一人を仲間にしようと?」
「――……そ。名前はディラン、“海の神”」
エイデは頷く。もう一度仲間に引き入れたい“神”の名を口にする。
アスカは無言だった。眉をキリっと上げたまま考える。
一度だけ、シアーナをみて、口元に手。
「なんだ。お前も反対か?」
「………」
エイデの問いかけ。長い間。
アスカは漸く顔を上げた。
「いいえ。頼れるのなら頼りたいわ!」
大きく頷いて、出した答えは賛同。
ただ、そう直ぐにアスカはシアーナに視線を落とす。
「まずは会ってみたい。――……それじゃ、だめ?シアーナちゃん」
アスカが問いかけて来る。
彼女が自分を気遣ってくれたことは直ぐに気が付く。
だが、そんな簡単に「はい」とも言えないのだ。
シアーナはフードをきつく握りしめると、肩を大きくふるわせる。
大きな瞳がキョロキョロ動く。
アスカを見て、エイデを見て、自身を見下ろす。
ディランには会いたくない。会いたくもない、あんな奴。
でも、顔を上げれば真っすぐに見下ろすアスカの顔。頼れる人が居るなら頼りたいと言う表情。
だが同時に、その表情にはシアーナが嫌だと言えば、直ぐにでも引き下がると言う決意が籠っているのが分かる。それほどに真っすぐな目なのだ。
シアーナは唇を噛みしめる。
ディランに、会わなきゃいけない。会いたくないけど合わなきゃいけない。
ああ、そうだと。だってほら。そう、自分の役目を思い出す。
アスカ。元の世界に帰りたいと願う彼女。
自分は、そんな彼女に着いて行くと決めたのだ。彼女の手助けをすると決めたのだ。
それが実際は、アスカの元の世界の未練を断ち切るという不届きな願いだったとしても、出来る限り彼女の手助けをしなくてはいけない。そう決めた筈なのに。
――……なのに、自分は何を我儘言っているのだろう、と。
シアーナは重い口を開く。
「………彼が……ディランが……着いてきたいと言うなら」
そして、渋々と言う様にシアーナは大きく頷くのである。




