アスカ 前編 2『ディランの海岸』
「――と言う事で、私は元の世界に帰りたいんです!」
「……なるほどねぇ」
招かれたエイデの家の中。
おんぼろのテーブルに案内され、丁寧に珈琲を出してくれたエイデに、アスカは今までのあらましを説明した。
気が付いたらシアーナに保護されていた事。
『異世界』からやってきて、最後の記憶はテントの中で眠りに付いた事。
そして元の世界に戻りたいから、自分を“この世界”に連れて来たと言う「エルシュー」と言う“神“の元へ向かう旅に出る事。しかし女二人では心もとないので、エイデにも着いて来て欲しいと言う事。
アスカが知り得る全てを包み隠さず説明した。
アスカの説明にシアーナは補足の類は一切しなかった。部屋の隅で丸まって聞いている。
エイデもエイデで、黙ってアスカの話を聞いている。
最後まで話し終えると、アスカはもう一度頭を下げた。
「突然だし、身勝手だって分かっているけどお願いします!私を助けて下さい!」
自身の目的を告げて、素直に「助けて欲しい」と改めて協力を求めるのだ。
彼女から視線を逸らすことなく最後まで話を聞いていたエイデは、少しの間。
顎をしゃくって、当然の質問を彼女に投げかける。
「なんでそんなに『元の世界』に帰りたいんだ?」
「――私の世界だから!私が勝ち取った世界だから!それ以上の答えはありません!」
その質問をアスカは真っすぐにエイデを見据えて答える。
それは昨夜、シアーナに見せた瞳と全く同じものだ。
嘘偽りも無く、ただ真っすぐな決意が籠った瞳。
アスカの答えを聞いて、今まで彼女の話を真剣に聞いていたエイデが、チラリとシアーナに視線を向けたのが分かった。
エイデの紫の視線と目があった瞬間に、深くフードを被って目を逸らしたが。
「――そう、か」
エイデは零す様に言葉を紡ぐ。
彼の目が、もう一度真っすぐとアスカを見据える。
「事情は分かった。とりあえずだが、男手が欲しいって事だな」
「はい!」
問いにアスカは力強く頷く。
彼女の瞳に迷いはない。変わらない真っすぐなオレンジの瞳。
エイデは僅かに笑みを浮かべた。
「取り敢えず確認だが、俺の事は理解しているか?」
「それは、正直驚いたけど理解しました!私とは『更に別の異世界から来た』で良いんですよね?」
エイデは小さく頷いた。
アスカとエイデ。そう、この2人はこの“異世界”からすれば紛れもなく『異世界人』だ。
そして、お互いに関しても、これまた『異世界人』。
信じがたい話かもしれないが、両者それぞれ、別々の『世界』からやって来た。
この“世界”にとっても、お互いからしても異端な存在であるのは違いない。
普通は互いの言葉に疑いを持つかもしれない。
しかし其処は、シアーナが最初に認めた。アスカが事情を話すよりも前に。
二人は正真正銘『異世界人』であり、お互い違う『世界』からやって来た存在だと。
それも二人そろってエルシューと言う存在に連れて来られたのだと。
アスカは自分に起きたことは、既に受け入れていたし。
エイデも、彼はアスカより前にこの世界に来たのだ。自身の状況は把握済み。
最初こそ『さらに別々の異世界』と言う話には驚いたが、その可能性は十分あり得ると言う事と、お互いについて全く知らないと言う点から。
こうして、嘘みたいな話をすんなり信じる事ができたのである。
全ての話を聞いた、エイデは紫の目をアスカに向ける。
「――『私が勝ち取った世界』ね」
彼がポツリと呟いたのは、アスカが元の世界に帰りたいと願う理由。
静かに呟いて、一度目を閉じてから、何かを考えるように、また一度アスカを見た。
彼女の目を真っすぐと見据える。
エイデが「にやり」と、面倒見が良い笑顔を、目の前の少女に向けたのは直ぐの事。
「ああ、いいぜ。エルシューの所までの護衛だな?引き受けてやる!」
「凄いあっさり!」
彼は驚きを隠せないほどに、あっさりと引き受けたのだ。
エイデのあまりにも早い決断に、アスカは思わず驚きの声を上げた。
シアーナも同じだ。あまりにすんなり受け入れる彼の様子に、ただ無言で驚いた。
座っていたアスカが椅子から立ち上がって、エイデへと身を乗り出す。
「本当にいいんですか!」
「ああ、良いって。故郷に帰りたいって願うのは当たり前だ。それを無下には出来ねぇよ」
エイデは何処までも、やはり面倒見が良い笑顔で言い切った。
アスカの表情が笑顔に変わったのは瞬く間の事。
「ありがとうございます!」
元気が有り余るほどの感謝の声。
その様子にエイデは、声を出して笑う。
明るい嬢ちゃんだと、アスカを気に入った様子であった。
「――……なんだ、意外そうだな」
シアーナが今までの様子を呆然と見つめていると、エイデに声を掛けられ我に返る。
部屋の隅にいる自分に対して、椅子に座ったまま、送られているのは何か企んで居そうな視線。
彼女は僅かに反応して、顔をそむけた。
なんだか怖い。
彼なら協力してくれる。
その可能性が一番高い事をシアーナは知っていたが、此処まですんなり受け入れるなんて、流石に思いもしていなかった。だから、僅かな不安を覚える。
――こいつ、実は、シアーナを売るために、着いてくる気になったのではないかと。
だが、同時にありがたいとも思う。
先程の会話を聞く限り、少なくとも、エイデはアスカには協力してくれだろう。
例えシアーナと言う存在を売り払ったとしても、エイデが居れば大丈夫だろう。
売り払われるのは仕方が無い。もう覚悟はしている。
なにせ、エイデはシアーナが“死”だと言う事実を知っているのだから。
「……おい、おまえ。今ものすごく失礼な事を」
「……私からも、礼を言います。ありがとうございます。……エイデさん」
それでも、とりあえず。アスカに合わせる様にシアーナもエイデに頭を下げた。
なんにせよ、着いて来てくれるのは、ありがたい事だから。
そんなシアーナを見て、エイデがほんの少し眉を顰める。
小さくため息を零したのち。ただ、とトーンを落としたのは直ぐ後。
「――その用心棒でいいのか?それは引き受けるがよ。最初に言っておきたいことがある」
「はいなんでしょう?」
エイデの真剣な様子に、同じように真剣な表情になるアスカ。
そのアスカにエイデは続ける。
「先に言っておくが、その、なんだ。俺は格闘技と炎魔法しか使えねぇぞ?……本当はもう少し使えた筈なんだがな」
酷く、申し訳ないように。彼は今現在自分の状態を口に零す。
不服そうな、視線をシアーナに向けながら。
シアーナはその視線に目を逸らし。
驚きの声を上げたのは、アスカであった。
嫌、ほら、アスカの世界には『魔法』が存在しないから。
「魔法!!魔法があるんですか!?うらやま……大丈夫です!」
「うらやま……って、まさかと思うが、お嬢ちゃん……アスカの世界には魔法ないのか?」
「無いですね!!あるのは『奇跡』だけですから!」
見事なまでに、アスカは言い切る。
エイデは首を傾げる。同じく彼からすれば『奇跡』なんて言葉は初耳だ。
アスカは続ける。
「むしろ私なんて、身を守る程度の本当に簡単な剣術しか使えないし。唯一何とか使えた奇跡。『回復の奇跡』この“異世界”では全く使えなくなりましたから!むしろ魔法使えるエイデさんズルくないですか……!」
妙に何故か自信満々に答えた。最後は僅かに嫉妬が混ざっていたが。
エイデは思わず苦笑い、口を開いた。
「あー。えー、その『奇跡』てなんだ?」
当然の問いだ。
アスカは、頷く。『奇跡』の簡単な説明をする。
「『奇跡』は『奇跡』です。人の傷を癒したり、それこそ炎を生みだしたり……そういう仔らを『奇跡の仔』って呼んでいるんです。私も一応持っていたんだけどなぁ」
あからさまにアスカの声に元気が無い。
シアーナは終始無言だ。フードを深く被って、難しそうな表情を浮かべている。
そのアスカに乗じるように「うんうん」と頷いたのは、エイデだ。
エイデは一人、納得する。
「安心しろ、気持ちはわかるぞ!辛いよなぁ。身につけたモノが無くなるなんて」
そう言って、エイデはチラリとシアーナを見る。
シアーナは勿論目を逸らした。
何を望まれようが無駄だ。この世界に「魔法」はない。
無いのだから、例にもれず“世界”の住人だと許した彼らにも与えるわけには行かない。
そもそもと、シアーナは思う。
エイデとアスカ。
2人の世界は、似ていて似ていない。
例えばアスカの世界は「魔法」はないが、「奇跡」がある世界。
特定の少女が特別な力をもって、生まれ落ちる世界。
人はソレを「奇跡」と呼ぶ、「生命力」を使って能力を使用する世界。
反対にエイデの世界、完全なる『魔法の世界』。
産まれ持って持つ力であり、全ての人類が魔法を使える世界。
「マナ」と言う存在から力を借りて、魔法を使用するファンタジーな世界。
この通り、2つは全く別物だ。
お前達に合わせて「魔法」を創り上げるのがどれだけ大変か。
――……なんて、心の中で悪態をついた。
何であれ、この世界では彼らには不必要な能力。
だから、エイデが訝しげに見てこようと、何度も言うが、どうにもならないのである。
目を逸らして、全く視線を合わせなくなったシアーナに、エイデは苦虫を噛み潰した表情を一つ。
何も言う気は無いと悟ったらしく、コホンと咳払いを1つ零した。
「ま、なんにせよだ」
一度、間を置き。エイデは続ける。
「言った通り、魔法……がない俺じゃ、お前たちを護衛しきれないかもしれない。だから旅の同行には条件を出させてもらう」
指を一本立てて、放つ。
「え、な、なんでしょう」
「………」
アスカは、緊張した面持ちとなって。
シアーナは無表情のまま、しかし小さく眉を顰めた。この男、信頼してはいけなかったか。という様に。
エイデが、慌てたように笑みを浮かべたのは次の瞬間。
「ああ、別にそんな身構えるな。――もう一人仲間が欲しいだけだ」
なんて。当たり前のように高難易度の条件を出すのである。
シアーナは更に眉を顰めた。
そんな、簡単に同行者を増やせるものか。
エイデの所に連れて来たのはシアーナだ。
そのシアーナがエイデしか頼れる人物は無いと判断してきたのに。彼ときたら、同行者が欲しい等。
彼は自分の正体を知っている筈なのに。何故、そんないい加減な事が言えるのか。
それとも、一切此方の事を理解していないのか。シアーナは不機嫌に眉を顰める。
やっぱり売り払うつもりだったか。そんな気持ちだった。
「安心しな。もう手を貸してくれそうな奴は見当がついている。あいつなら断らないし、頼もしい」
しかし、そんなシアーナと裏腹に、エイデが妙に自信満々に胸を張り一言。
シアーナは首を傾げた。
もう、見当がついている人物がいる?自分は全く思い浮かばないのに?
怪訝そうな視線をエイデに向ける。
「いったい誰なんですか!」
アスカだけが無邪気に、キラキラした目で問いかける。
そんなアスカを前に、エイデは、コホン。
もう一度咳払いを一つ零し自信満々に言い切るのだ。
「――……この世界で“神様”って呼ばれている奴だ!」
――……と。




