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残酷で、ただ残酷なこの世界  作者: 海鳴ねこ
始章 暁の魔女
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アスカ 序章3



 「うわぁ!何これ凄い!!」


 シアーナの隠れ家から出たアスカの最初の一言はコレであった。

 アスカの目に映るのは天に広がる満天の星。

 地面には青々とした緑が広がり、奥には澄み渡る湖が広がっている。

 その湖に星空が反射をして、「美しい」の一言でしか表せない程の光景が出来上がっていたのだ。



 「……アスカさん……何度も言いますが、ここは地底湖です。アレも星ではありません」


 純粋に無邪気に笑顔を浮かべるアスカを前に、少し離れた場所でシアーナは冷静に真実を掛ける。

 ――ここはシアーナ()の隠れ家。

 実は地下深く、湧き水から出来た地底湖の側だ。


 空に見えるのは星では無くて特別な鉱石、広がる緑は苔。

 不自然なまでに輝く鉱石のおかげで地下の底でも暗くない。


 それでも、初めてこの光景を見るアスカには夜空とそう変わらなかった。

 まるで終わらない永遠の夜が続いているような、そんな風景である。

 アスカは、そんな風景を見て目を輝かせシアーナに駆け寄った。


 「鉱石って事は宝石だよね?なんて宝石なの?」

 「え……」


 思いがけない、突然の問いにシアーナは固まった。

 動かしていた手を止めてアスカを見る。


 ――あの輝く鉱石の名前?

 此処に長く暮らしているが、知らない。


 正直、ここは偶然見つけたに過ぎない。1人で閉じこもるのに、うってつけの場所でしかない。

 近くに小屋があるが、アレは長年かけて自分で造ったもの。

 鉱石の名前なんて考える事も、調べる事も、シアーナの頭には無かった。

 口籠るシアーナ。 


 「………ええと、ええと……。……だ、第一発見者はアスカさんなので、アスカさんが決めてください」

 「え!?どうして突然に丸投げ!?」

 

 考えたすえ考え付いたのは、アスカに全て委ねる事であった。

 ほら。人間は何でもかんでも、取り敢えず最初に見つけた人が名前を付けるし、だったらアスカに決めてもらおうとの思惑である。

 この場合、第一発見はシアーナなのだが。

 

 「いや、ここは普通シアーナちゃんが……」

 「……………」


 シアーナは何も言わず目で催促する。

 シアーナ(自分)は残念ながら『人間』ではない。であるなら、命名の権利は無い筈だ。コレに関しては言葉にはしなかったが、自分で決める気はない。

 だからここは全てアスカにゆだねる。その意思をアスカに目で訴える。


 アスカもアスカで困った。

 でも目の前の少女の瞳は本気だ。本気で全部丸投げにするつもりだ。

 アスカからすれば、ただの興味本位であったのに。

 一度、光り輝く天井を見上げる。

 

 ――少しの間。

 アスカは力強く頷く。


 「じゃあ“シアーナストーン”で」

 「――」


 うん、丸投げにするんじゃなかった。


 ――シアーナはアスカから目を逸らす。

 馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しい会話だった。無駄に等しい。石の名前なんて。

 今はあんな光る石より、無理難題を片付けるのが先であるからだ。


 「………夜行石の事は放っておきましょう」

 「え、今私の命名は?」

 「……それよりも私は……この無理難題を片付けなくてはいけない事が苦痛でしかありませんから。夜行石よりもこっちを先に終わらせます……」

 

 絶対に本題に入る。

 あの輝く石は今日から「夜行石」で決まった。それでいいのだ。


 アスカは腑に落ちない表情をしていたが、シアーナがそう言い切るのなら仕方がない。

 あれは「シアーナストーン」だと心に決めて、シアーナの直ぐ後ろへ。

 険しい顔をしたまま本を片手に、()()()()()をする、彼女をのぞき込むのだ。


 「シアーナちゃん。楽しい?」

 「いえ……全然……。産まれて初めて……魔法陣なるモノを……書く破目になりました」


 アスカの目に映るのは、まぁまぁ平らな岩の上で必死に何かを描くシアーナの姿。

 赤い液体で、本と睨めっこをしながら彼女は岩に良く分からない模様を描いている。

アスカは知らないが、シアーナが今必死に岩に絵の具で描いているのは、所謂「魔法陣」である。


 何故こんな事をしているかと言えば簡単。――とりあえず、である。


 一応、アスカには故郷に帰る手伝いをすると約束してしまったので。

 今こうして彼女を送り返す用に「魔法陣」を描いているのだ。


 此処までのきっかけは些細であった。

 とりあえず魔法を試してみよう、なんて本当に些細以下な言葉から始まったのだから。


 ――うん、意味も無いのだが。

 アスカは不思議そうに魔法陣を見ているが、正直言えば、シアーナだって描いておきながらアレだが。意味が解っていない。


 だってこの“異世界”には魔法の類が無いのだ。魔術と呼ばれるものすら存在しない。

 断言しても良い。絶対に無い。あるはずない。創ってないから。


 この本だって、適当に引っ張り出した物だ。というか、シアーナが書いたものだ。昔に呼んだ絵本をコピーした物。

 子供だましの絵本に過ぎない。おまじないしか書かれていない。

 おまじないでアスカが元の世界に帰れるわけが無かろう。


 なら何故、とりあえずでも「魔法」に頼ったかと言えば。コレも簡単である。

 無理だったと結果を出して、アスカに元の世界に帰る事を諦めて貰う為。否、諦めてくれればいいな。なんて浅はかな考えである。


 そんなシアーナの考えに気が付かないまま、アスカはポツリ。


 「コレが魔法陣かぁ。私の世界、魔法は無かったからなぁ」

 

 ――この“世界”にもありませんから、魔法……。思わず出かけた言葉を飲み込む。

 なんならシアーナには魔力の欠片もありません。


 そもそも魔法と言うのは宇宙(世界)によって種類とあり方やらが違うのだ。

 マナだとか、魔力だとか、生命力を使ってだとか、考えただけで頭が痛くなる。


 それでも昔は願うだけで魔法の一つや二つ。

 概念を造り出す事が出来たが、今は出来そうも無いし、元より産みだす気も無い。


 いや、それはさて置き。

 一応出来上がった魔法陣の前に、シアーナは小さく息を付いた。


 「……やはりだめでしたね」

 「………え!?なにが!?何が駄目だったの?何かした!?」

 「……はい、この本に書かれています。……魔法陣を描くだけでこの魔法は完成とする。成功していれば、人間を違う世界に飛ばす事が出来ると。でもアスカさん此処に居ますから失敗だったようです」


 ――嘘である。

 本当は唯の恋のおまじないである。


 それでもアスカはシアーナから本を受け取りページに視線を落とす。

 コレも計算のうちだ。アスカは本を目に入れた瞬間に、険しく表情を変えた。


 アスカは、この“世界”の文字が読めないからである。

 と言うより、シアーナが許可していないので、アスカはこの本を読めないのだ。


 「……申し訳ありません」

 アスカは一瞬腑に落ちない表情を浮かべたが、読めないものは仕方がない。

 さらっと謝罪を言葉にするシアーナを見上げた。


 「だったら仕方がないよ。シアーナちゃんにお願い!」

 「……はい」

 「私をこの世界に連れて来たのはエルシューさんなんだよね!なんで私を連れて来たか不明だけど…。直談判しに行きたい!その人の所に案内して欲しい!」

 「………」


 アスカは迷いのない瞳でシアーナに頼んだ。

 彼女の瞳を見ながら反対にシアーナは「やっぱりか」なんて心で思う。


 おまじない(こんなもの)で彼女が諦めてくれるとは流石に思ってはいなかった。

 そして、遅かれ早かれ。元凶のエルシューに頼ろうとするのは当たり前のことで、正直言えば、それこそ無駄なので避けたかった事であったのだが。


 「……エルシューの居場所は……ここから凄く遠いですよ」

 「でも。それしか方法が無いのならソレに賭けたい!お願いしますシアーナちゃん!」


 アスカの誠意のこもった瞳がシアーナを映す。

 エルシューの居場所はシアーナだって知っている。此処から遠いのも本当だ。

 正直、あの男に彼女を合わせたくない。だが、彼女の前で本音は言えない。

 

 「……この“世界”は広いです。賊やら、獣やら沢山います。野宿にもなりますでしょうし……女二人旅は危険ですよ」

 「う、大丈夫!これでも私、賊や獣ぐらいなら相手に出来る!」


 エルシューの所まで行くのに獣や賊がいる場所を通る事になるのも本当。

 しかし、アスカは腰に差す剣を握りしめて真っすぐにシアーナを見る。迷いの無い目だ。

 そんなアスカの様子にシアーナは溜息を一つ。


 ここで断れば、彼女は一人でも旅立つであろう。

 「やっぱり無理だったか」なんて考えながら、それでも渋々と頷くしか出来なかった。



 「………分かりました…。エルシューの所に行きましょう…。案内します」

 「ありがとうシアーナちゃん!」


 アスカの心から喜ぶ表情。

 その笑顔を見ながらシアーナは思っていた。


 エルシューの所までは、まぁ本当に遠い。それに本当に無駄足なのは間違いない。

 と言うか会いたくないし、合わせたって意味がない。


 それでもアスカに付き合うのは、紛れもなく罪悪感からの行動だ。

 身勝手に巻き込んでしまった彼女の為に、彼女が望む出来る限り手伝いをしようと心に決めたのだ。


 ――その間に、彼女の気持ちが変わってくれれば、それでよいと。願いながら。


 ()()()勿論アスカには言わない。これは彼女には絶対の秘密。

 

 「……それじゃあ、長旅になりますから……準備をしますね。出発は明日にしましょう」


 シアーナはアスカから目を逸らして、小屋に戻っていく。

 ここは地下であるが、恐らく外は夜。だから、出発は一晩明けた、明日の朝。

 「手伝うよ」と駆け寄ってくるアスカを目の端でとらえながら、シアーナは「しかし」と、僅かに眉を顰めた。


 無駄な旅をすると決めたが、それでも旅は旅だ。問題がある。

 適当な鞄の中に、今まで使うことも無かったお金と食料を詰め込みながら一番の問題に悩む。


 コレからの無駄な長い旅路は、少女二人旅。流石に危険でしか無い。

 シアーナは“死”だ。それは確かな事実。


 自分は死なない。でも怪我はする。それはアスカも同じであろう。

 むしろアスカはシアーナと違って弱い人間だ。彼女は怪我一つで死ぬ。

 そんな弱いアスカを守りきる自信なんてシアーナにはない。


 ――誰か一人。頼りになる男性(ヒト)が欲しい。


 でも、この“世界”。シアーナに進んで手を貸してくれる存在はいない。

 むしろ街に入るのだって危険が伴う。それはアスカにも被害が及ぶだろう。

 だから――。


 シアーナは頭に浮かんだ一人の人物を思い出し、大きくため息を付いた。

 本当はもう二度と顔も合わせたくないと思っていた、でも恐らく今この世界で誰より安全で、手を貸してくれる男性。

 仕方が無いと、シアーナはもう一度ため息を付いて。

渋々と、覚悟を決めるのだ――。





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