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残酷で、ただ残酷なこの世界  作者: 海鳴ねこ
始章 暁の魔女
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アスカ 序章1



 良い…いい香りがする。

 バターが軽く焦げた匂いにお米と甘い牛乳の香り。


 真っ暗な闇の中で「ぐぅ」と自身のお腹の音が鳴ったのが分かった。

 お腹の音を聞きながら、暗闇で思う。

 ご飯食べたの、何時だっけ?今何時だろう?


 「…お腹すいたなぁ」

 なんて、間抜けだなと内心思いながら、少女はオレンジ色の瞳を開いた。


 ボンヤリと目に入るのは見知らぬ天井。

 何となくあたりを見渡せば、側に人影が一つ。

 多分ベッドの側。自分はベッドに寝かされているのだろう。だから、その側。

 椅子に腰かけ、静かに『WomuRo』なんて読めない本を読んでいる。知らない子。


 ――……いいや、いいや。この子は知っている。

 毛先に緑のグラデーションが掛かった肩までのブロンドの髪。十字の模様が入った特徴的な大きな紫の瞳。

 この子は、彼女は知っている。

 ――だって、昔からずっと一緒に育ってきた幼馴染なのだから。


 「エミリア!!」

 だからこそ、少女はベッドから飛び起きて側にいた“彼女”の肩へと掴みかかった。

 オレンジ色の瞳に“彼女”が映る。真っ黒なローブを羽織った。目をまん丸にして驚いている、その姿が。



 「…うへ!?」


 “彼女”の姿を目にして、少女は素っ頓狂な声を出した。

 慌てたように掴んでいる細い腕から手を放して、瞬き一つ。

 しかめ面で目を擦り、また瞬き。

 そして目に見てわかるほどに、もう一度慌てた表情を浮かべた。


 「ご、ごめんね!!人違い!!」

 「……」


 目の前の“彼女”に手をぶんぶん振りながら謝罪する。

 “彼女”は何も言わない。

 当たり前と言うべきか、二人の間に気まずい沈黙が流れた。

 少女は「ええと」「そのう」と口籠り。目を泳がす。立て続けに「ぐぅ」とお腹の音。


 少女の顔が見る見るうちに赤くなる。当たり前だ。

 まさか初対面の子を前に人違いを起こした上に、こんなに大きく腹の虫を鳴らす事になるなんて、恥ずかしくてたまらない。


 いや、しかし。

 もう一度、目の前の子を見るが、“彼女”もまた驚いているのか此方を見たままピクリともしない。

 ――ならば、と少女は決意する。


 ガシッ

 と青白い“彼女”の手を、少女の手が握りしめた。

 そして、期待に満ちた瞳を驚く“彼女”へ向け。


 「初めまして!私はアスカ!アスカ・ピエリス!!初対面唐突で申し訳ないのだけど、たぶん私を助けてくれた人と思ってお願いします!!――何か食べ物無いかな!!」


 全く持って唐突に。少女、アスカは恥も全てかなぐり捨てて、満面の笑みでお願いするのだ。



 ――少しの間。

 呆然としていた“彼女”が、目を逸らす。

 アスカの手からするりと手を抜き取り、膝の上に落ちていた本を手に取って椅子から立ち上がった。


 その様子を見て、アスカは「あ!」と声を漏らす。

 順番を間違えたことに気が付いたのだ。慌ててアスカは身を乗り出す。


 「ごめん!貴女の名前は?」


 これもまた唐突である。

 アスカの問いかけに“彼女”は僅かに止まって、勢いにつられる様に口を開いた。


 「シア……シアーナです」


 一瞬何か考えるように、しかし“彼女”は、そう確かに名乗った。

 再びほんの少しの間、名前を名乗った”彼女”はもじもじとアスカから目をそらす。


 「……あの…、リゾット……ありますから……少し待っていてください……」


 聞き耳を立てないと、聞こえないような小さな声。それでも、アスカには十分だった。

 その言葉を聞いてアスカは、また思いっきり明るい笑顔を浮かべる。期待に満ちまくった笑顔を“彼女”に向ける。


 「ありがとう!シアーナちゃん!」

 「……あ、は、はい…」


 心のこもった感謝の言葉。期待に満ちた瞳。

 見たこともない視線から逃げるようにくるりと背を向けて、“彼女”は部屋の隅にある石造りの台所に走った。



   ◇



 皿とお鍋を用意しながら

 ちらりと後ろを確認すれば、此方に向けられているのは期待に満ちたオレンジ色の瞳。

 しかも、ニコニコ笑いながら此方に向けられていた。

 

 ――あんな視線初めてだ。向けられたこともない。

 バクバクと心臓の音が鳴る。


 いや、だって仕方がない。当たり前だ。

 もう何万と言う年月を蔑む視線だけ送られてきたのだから。

 あんなに真っすぐで敵意のない瞳はすっかり忘れていたから。人間ってあんな目も出来るんだ、なんて。


 それは余りに経験したことのない出来事で。思わず、適当な名前を名乗ってしまったぐらいで。

 それぐらい“彼女”には、あまりに奇天烈で、奇妙としか言えない体験であるのは違いなかったから。



 シアーナ()は、ただ困惑した表情で。

 後ろからの期待のこもった瞳に、目を逸らすしか出来なかったのであった――。

 


    ◇



 「うん!おいしい!本当においしい!!」

 「……は、はぁ…」


 がつがつと何度も何度も同じ言葉を呟きながら、リゾットを頬張るアスカをシアーナは唖然とした様子で見つめていた。


 あれから、温め直したリゾットお盆に乗せて、アスカに渡しのだが。

 彼女は嬉しそうにお盆を受け取ると、お礼と共に熱々のリゾットをパクリ。忠告する暇も無かった。

 一瞬「熱っ!」と声を零したが、アスカは大きく瞳を開けて、キラキラと顔を輝かせる。

 次の瞬間には、「おいしい!」と満面の笑顔で、リゾットを掻き込み始めたのだ。



 「おかわり!」


 皿が空になれば、アスカは元気いっぱいに皿をシアーナに差し出す。

 これで彼女のお代わりは3度目だ。どれだけ食べるのだろう。


 呆然のままに、シアーナは皿を受け取り、最後のリゾットを皿によそう。

 アスカは皿を受け取ると、また食べ始める。その姿は本当に幸せそうだ。


 幸せそうなのだが、同時にあれだ。

 頬一杯に、がつがつと食べるその姿は、まるで頬をパンパンに膨らますハムスターやリスの様。

 ――絵本でしか見たことが無いけれど。


 そんなアスカの様子を呆然と見つめていると、最後の一口を頬張った彼女が此方を見る。

 少しだけアスカの表情が険しくなる。しかし、それも数秒。

 オレンジ色の瞳がシアーナを映しとり、何故か覚悟を決めたような表情を浮かべ、皿を差し出し――。


 「――おかわ……、」

 「ありません。……それで最後の一杯です」


 まさかとは思ったが、本当にまさかであったらしい。本当にどれだけ食べるつもりなのか。

 シアーナの冷徹な一言に、アスカの表情はみるみるうちに変わっていき、今度は絶望にも近い表情になる。

 リゾット一つで此処まで落ち込むとは、中々のものである。


 そもそも、こうもバクバクお米を食べ進める少女は初めて見た。

 ぱっと見アスカは16歳程。所謂お年頃なのだが。

 年頃の女の子と言うのはアレじゃないのか。

 体重を気にして食事を減らすのが普通で、炭水化物のお米なんて天敵!……が普通じゃないのか。本で見た情報でしかないけど。


 多分、あの僅かな険しい顔は、葛藤だったのだろう。これ以上食べたら……的な。それでも食べようと決意したのか。

 そもそも細い体のどこに入ったのか。疑問中の疑問である。


 「ううう……!残念だけど美味しかった!!ありがとう!」

 「――。……いえ。露店の物です。そこまで喜んで頂けると作った人も喜ぶことでしょう」


 まじまじとアスカを見ていると、彼女は残念そうに、しかし改めてお礼を言う。

 当たり前のようにシアーナの青白い手を取って、今までの絶望が嘘のようにニコニコと満面の笑顔で。

 その様子にシアーナは思わず目を逸らした。目には焦げたお鍋が映るが、何も言わない。

 こそばゆい、胸に宿った感情は、上手く言葉には表す事が出来なかった。

 

 「……では、アスカさん……。お聞き……したいことがあります」


 それを隠す様に、シアーナが改まってアスカへ視線を移したのは少ししてから。

 アスカは、「何?」と首をかしげた。


 「……覚えている……ことはありますか?……ここが何処だとか……分かりますか?」

 「え?覚えている事?」


 問いかけにアスカは目を丸くして、もう一度首をかしげた。


 シアーナの問い。コレは確認だ。

 彼女がどのような理由でこの“異世界”にやって来て、誰に連れて来られたか。

――何処まで覚えているかの確認。


 正直な所、アスカがなんと答えようと特に問題はない。

 本当に一応の確認。

 彼女の答えによって、シアーナの在り方が少々変わるだけだ。


 シアーナの問いにアスカは僅かに悩むように上を向く。

 少しの間、アスカは今までに無い程、険しい顔になって悩み始める。


 ――そんなに難しい質問をしたであろうか。シアーナも不安になってくる。

 まさか転移、召喚。何方でもよいが、その時に何か不具合でもあって自身の名前以外の全てを忘れでもしたか。記憶の戻し方ぐらい簡単であるが、記憶は戻らない方が此方としても楽な気もする。


 シアーナは酷く珍しく、緊張しながら彼女の言葉を待った。

 時間にして5分。

 ようやくアスカが口を開く。


 「――私」

 「……はい」

 「私、昨日テントに泊まったはずなんだけど。ここは何処でしょうか!」

 「……………。」


 それがアスカの答え。

 その答えにシアーナは僅かに驚いて、大きな安堵。予想は概ね当たっていて、外れていたようだ。


 アスカが“生命の神(エルシュー)”に呼ばれたのは間違いない。

 しかしだ。やはり彼女はエルシューに呼ばれた事を忘れてしまったらしい。


 ただ、忘れているのは其処だけ。自分(彼女)自身については、最低限は一応覚えているようだ。

 むしろ冷静になったようで、アスカは真剣な顔で問いただしてくる。


 「シアーナちゃん。ここは何処なんでしょうか!もしかして賊!?賊にでも襲われちゃった私達!?は!――ってことはシアーナちゃん……こんなかわいい顔して、こんなかわいい姿で賊の一味なの!?頭領さんですか!」


 ――等と、何とも的外れも良いことを勝手に口に出しては震えている。

 確かにここは古びた小屋。盗賊のアジトに……見えるだろうか?

 とりあえず、シアーナはアスカの様子に小さくため息を付いて首を横に振った。


 「……いえ。アスカさん。ここは盗賊のアジトではありません。ただの私の隠れ家です」

 「ええ!?」

 「……『ええ』…?」


 ――ええ?なんでそんなにアスカは驚いたのだろう。

 シアーナ(自分)は、ただ彼女の言葉を否定しただけなのだが、何か間違っただろうか。


 全く持って分からない。

 思わずアスカを見つめていると、彼女は無駄に険しい顔をして言葉に出す。


 「――人さらいはだめだよ。シアーナちゃん」

 「……………」




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