二節フリバー・ライヘルド25
――「エルシュー街」その区間と「カルトの町」この区間の境界線の近く。
一応、まだ「エルシュー街」と呼べる道をフリバーは歩く。
厳密には、彼が目覚めて一番に見た街並みの中を。
ブレイルと別れて、一夜。
フリバーは此処に用事があり、足を運んだわけだ。
勇者には言わず、ただ一人で。
「ついた」
目的地に着いて、フリバーは足を止める。
顔を上げれば、両側に綺麗な建物に挟まれた、崩れた外壁の屋敷が一つ。
――中には、沢山の本が乱雑に放り出されたお屋敷。
フリバーが一番最初に目を覚ました。あの場所である。
屋敷を前に、手にするメモを目に映す。
可愛らしい文字で「あした図書」そう。ただ一言書かれたメモ。
この文字には見覚えがある。この一言でメモが言いたい事も理解した。
――勿論、誰が自分を此処に呼んだのかも。
フリバーは屋敷に近づく。不思議と声を掛ける者は居ない。
「そこは空き家」だと教えてくれてもよさそうだが、屋敷の敷地内に入った瞬間。
まるで、周りはフリバーが見えていないと言わんばかりに、後ろを素通りしていく。
初日は気が付きもしなかったが、「そうか」と理解する。
どうやら、この屋敷には魔法の類が掛かっているようだ。
つまり、“死”は余程この場所を他人に見られたくない。
フリバーは小さく息を吸って、意を決したように扉に手を伸ばす。
小さく戸を叩く音。中からは誰の声もしない。それでもノブに手を伸ばせば、扉は簡単に開いた。
軋む扉の音を聞きながら。フリバーは、またこの場所へと訪れる。
◇
屋敷の中は相変わらず。酷く暗い。
夜のような暗さと、静寂が広がり。窓から差し込む光が仄暗い世界を照らしている。
足元には散らばる本、光に当てられ舞う埃。
その中心。
黒いマントを纏った“少女”は、本を椅子に。静かに腰かけていた。
側には、同じ黒いコートの男、忘れもしない。アドニスが佇んでいる。
2人の姿を見て、漸くフリバーは己の考えが正しかったと実感する。
自分は、今日。死に呼ばれたのだと。
少年の顔をした“少女”が手にしていた「HukebaLa」と記された本から顔を上げた。
息を呑む。“彼女”の顔を見たのは初めてであったから。情報通りなのは違いないが、思わずと“彼女”の隣に佇むアドニスを映す。
――確かにこれは、彼の顔だ。
隣の彼を、そのまま幼くした顔。この世界の“神”は他人の姿を取る。改めて理解した。
こう見ると、兄弟にみえなくもないが。
いや、要らぬ考えは捨てて、フリバーは屋敷の中へ。彼女の元へと歩んだ。
危険を考え、3mほどの距離を開けて、いつでも出口に迎えるように気を張りながら。2人の前で立ち止まる。
「……フリバーさん、数日ぶりですね」
フリバーが立ち止まった瞬間に、最初に声を掛けたのは以外にも“死”であった。本を膝に置き、黒曜石の瞳が、此方を映しとる。フリバーは小さく息を吸った。
「ああ、久しぶりだな。“お嬢ちゃん”から呼ばれるとは、思いもしてなかった」
手にするメモを振りながら言う。
“死”は何も言わない。静かに僅かに俯くだけ。
そんな“彼女”に再び声を掛ける。
「で、“お嬢ちゃん”。俺に何の用だ?」
「……」
「丁度俺もあんたに用があったんだ。話、してくれるんだよな?」
僅かに、目を細めて、問う。
“死”は何も言わない。たが、その黙秘は「肯定」に捉えられる。
様子を見るように、口を噤んでいたが。“死”は何も言わない。ただ、此方を静かに見据えるだけだ。
どうやらと、思い口を開く。
「――じゃあ、質問だ」
「……どうぞ」
口元に笑みを浮かばせ、問えば、彼女は小さく頷いた。どうやら、此方からの問いを待っていた。これは正しかったらしい。フリバーは続けた。今、もっとも“彼女”に問いかけなくてはいけない質問を、直球に。
「――パルって女を知っているか?ブレイルって勇者の連れだ」
「……」
「今、死にかけている。異世界の女の事だ。アレは、あんたの仕業か?」
彼が問いただすべき事。ソレは昨日会った少女の事だ。今思い出しても、パルの症状は異常の一言。それも彼女の症状は“死”と戦って直ぐだと聞いた。聞かない訳にはいかない。
フリバーの問いに対して“死”は小さく目を閉じた。
少しして、目を開ける。
「――いいえ」
“彼女”の口から出たのは否定。真っすぐとフリバーを見て放つ。
「あれは、私の仕業ではありません。それは確かです。断言もしましょう」
目を逸らすことなく、彼女は言い切る。その様子に、僅かな嘘も偽りも感じ取る事は出来ない。
フリバーは目を細める。僅かに安堵もした。
正直、パルの一件は。心の何処かで、今目の前の“彼女”の仕業だと考えている節があったから。それなら、何故“彼女”はパルと言う少女にあんな恐ろしい病を与えたのか、疑問があったが。
それは根本から否定された。“死”はパルの一件には完全に関わっていない。それは本当の言葉に見えた。
だったら、当然だが。次の疑問が浮かぶ。
では、あれは何故?……と。
「パル・リリア・ミディンガムに関しては、私は言える事は一つしかありません」
そんなフリバーを見越すように、“死”が言う。
何かあるのかと、真っすぐ見据えたフリバーの目を。“彼女”は同じように見据えて。
「今すぐ。あの家から出る事です。アクスレオス……。“医術”の所に連れて行きなさい」
と、はっきりと言い放った。
この答えにフリバーは僅かに眉を顰めた。
「何故だ。アクスレオスが言ったそうじゃないか。あの病は治せない。そう聞いたぜ?」
「……」
それはブレイルから聞いた事実。“死”は何も言わない。
「それに、動かすことも困難だ。アレじゃ、動かせない」
これも、また昨日目の当たりにした事実。
ブレイルが僅かに触れ動かそうとしただけで、パルは激痛に顔を歪ませ泡を吹く。あの彼女を、どう動かせと言うのだ。
――“死”は俯く。だが、今度は口を開いた。
「例えそれでもです。アクスレオスの所に連れて行きなさい」
ただ、一言。
僅かに間を置く。“彼女”は続けた。
「アレは、病では無いのです」
「え?」
理解できない情報が一つ。
「アクスレオスの能力は自然治癒力の促進と活性です。だからこそ怪我も病も治せます。そこは『増殖魔法』の貴方方とは違う点です」
「何を――」
“彼女”の言葉に理解でいないと言う様に、フリバーは首を傾げる。「増殖魔法」?
その言葉を遮る様に、彼女は紡いだ。
「――でも、朝顔や水仙は治せない。彼の力だけは如何することも出来ない。人の業とは実に恐ろしい。あれはどうすることも出来ない」
“彼女”の答えに、フリバーは口を閉ざす。
やはり、どうしても理解が出来ずに、眉を寄せる。
目の前の“少女”はずっと無表情のままだ。その顔からは何も伺い知れない。
“彼女”は、真っすぐにフリバーを見据える。
「だから、今すぐアクスレオスの所に連れて行きなさい。私からの助言はこれ以上ありません」
「……は?まて!」
あまりに、だからコレで話は終わりですと言わんばかりに。“彼女”は言葉を終える。
無論、納得できるものじゃない。解決の糸口が全く見えない。当たり前だ。
パルと言う少女に対しての“死”の答えは3つ。
1つ、“自分”は何もしていないと言う事。
2つ、あれは病ではなく、“医術の神”でも治せない症状である事。
3つ、それでもアクスレオスの所に連れていけ。ソレが最善である。
――まるで、矛盾している。
「私が言える事はそれだけです」
だと言うのに、“死”は一方的に話を終わらせた。
「そう、ブレイルさんに伝えてださい」
そう言って。膝に置いた本をまた広げるのである。
「まて!」
ソレで「そうですか」と納得するわけにもいかず、フリバーは声を上げる。
“死”は顔を上げ、小さく眉を顰める。
「言ったはずだ。動かせないと!アクスレオスの所に連れて行っても無駄と言う。なのに連れて行けとも言う!――矛盾してんだよ!」
“彼女”の言葉を指摘する。
そして、今度こそ、はっきりと声に出す。
「もっと、ちゃんとした理由を説明してくれ!昨日見たが、あれじゃあ移送している途中で死んじまう!」
と、パルと言う少女が、今どれ程危険な状態かを――……
その言葉に「ふ……」と、声を漏らしたのは。今まで、黙って佇んでいたアドニスであった。
「分からない奴だな。おまえ、アイツ等から『異世界人』に掛けられている恩恵を聞いてないのか?」
「――!」
アドニスの言葉に、フリバーは息を呑む。
目の前の男は笑みを湛えたまま、続ける。
「死んでも移送しろ。数回ぐらい死んでも構うなって事だよ」
黒い男は、まるで代弁するかのように、明確な答えを付きつけるのだ。
◇
「――」
アドニスの言葉に、フリバーは口を閉ざす。
――……いや、考えていなかったからではない。
敢えて、考慮に入れなかった選択肢を、あまりにも簡単に上げて来たものだから。つい息を呑んだだけだ。
「どうした?明確な答えが欲しかったのだろう?」
アドニスが呆れたように呟く。
隣を見るが、“死”が何かを言う気配を感じ取れない。
どうやらアドニスの指摘こそが、“彼女”の趣旨らしい。
つまり。
「どんな犠牲を払っても、代償は戻ってくるから。無駄ではあるがアクスレオスの所に連れていけ」――……と言う事だ。
無論であるが、論外であろう。フリバーじゃない。「ブレイル」という勇者が許さない。
フリバーは苦虫を噛み潰したよう表情を1つ。
彼らは、こちらの疑問を答えているようで、答えられてない。
少なくとも。「何故無駄なのに連れていく必要があるか」これを話してくれれば、考慮もすると言うのに。
――いや、もしかしたら。
フリバーは僅かに眉を顰め、腕を組む。
「もういい。分かった。この話は終わりだ!――だが、それはブレイルには、到底言えない事だぞ!」
最後に指摘を加える。
“彼女”は本から目を外すと、再びフリバーを見た。
「――で、あるなら。後数日で終わりが来るだけですよ」
「っ!」
それは、死ぬと言う事だろうか。いや、それはフリバー達には「終わり」じゃないが。
「俺達は死ねないんだろ?」
「違います。――……吐血に蛆が混ざり始めたら、終わりと考えなさい。このような事態、私も経験したことが無いのですから」
さらりと、恐ろしく、想像もつかない助言を零して。“彼女”は再び、視線を本へと落とすのだ。
もう、視線も合わせなくなった“死”を前に、フリバーは内心舌打ちを繰り出した。
見て分る。“彼女”はこの話題については、もう話さないだろう。
きっと、同じことを繰り返し言うだけだ。それならまだ良い。最悪しつこいと、この場を追い出されかねない。
彼女とは、まだ話したいことがあるからこそ、それだけは阻止しなくてはいけない。
心の中で、彼らに謝罪を浮かべながら、フリバーは違う問いに変えるしか出来なかった。
『それは、最悪の事実なのかしら?』




