二節フリバー・ライヘルド16
「――は?……なんで、そんな」
ブレイルは首を傾げる。
当たり前だ。唐突に始まったフリバーの『神様』の話。
何故、彼がこのような話をし始めるか、理解が出来る筈がない。
「むしろだ、“死の嬢ちゃん”なんてな。可愛い物だ。俺の世界の神様と比べたらな」
ブレイルの様子に気が付きながらも、フリバーは続ける。
「例えば、だが。俺の知っている神話の中では、リンゴ一つで戦争を引き起こした神様がいる」
「え」
「それもだ。誰が一番美しいか、なんてくだらない理由で。勝手に一人の人間を巻き込んでおいて、いざ自分が選ばれなかったら、戦争が起きた時当たり前にそいつの敵に回った。いや、そもそも戦争の理由を作ったのも神だ」
昔、それでも覚えている限りの話を続ける。
ああ、でも話しているだけでフリバーは思う。転生前は唯のお話ぐらいにしか思えていなかったけれど、いざ思い出してみれば、「神様」なんて物は何処の世界も全部同じであるな、と。
「他にも家族喧嘩で四季が無くなったり、太陽が消えたり。自分の存在を考えず好き勝手動き回る」
「――……」
「まあ、これは唯のおとぎ話だ。――でもな、おとぎ話だと笑える話でもない」
ここ迄は、フリバーも話だけでしか知らないおとぎ話。
次に思い出すのは、フリバーにとって、心底腹立たしい、事実。
「俺の世界にだって、神はいる。そして、みんな業突く張りの糞野郎だ」
「は……?」
「――例えばだが、女に振られた腹いせで一国を干ばつで絶望させかけたりな」
「――え?」
「しかもだ。『魔法の解き方忘れた、助けろ』なんて人間に尻ぬぐいを当たり前に頼んでくる。調べた結果、人なんて簡単に死ぬ洞窟迄出向かなくちゃいけない事実が判明するが、あの馬鹿はちょっとした加護しか渡そうとしない。「報酬減らすぞ」なんて、平気に脅しを駆けてくる」
「い、いや、あの…」
「で、命からがら戻ってきたら、『思い出した』なんていう訳だ。――そうだろうな、復讐したいあまり災害の解き方を自分から忘れて、洞窟に封印していただけだもんな?」
フリバーの手がわなわな震えている。
いや、本当に思い出しただけでも腹立たしくて、この上ない。
それでも、怒りを我慢して、一息を付くとフリバーはブレイルに向き直った。
「――俺が言いたいのは、神が何かを仕出かすたび、一番の苦労をするのは人間だって事だ」
「――!」
「アイツ等は自分の事しか考えていない。頭の螺子が幾つか飛んでいる歩く災害。――それを前に、人間はな、巻き込まれるしかない」
腹立たしいだろ。フリバーは口元を吊り上げる。
だから。前置きをして、真っすぐに、目の前の少年を見据える。
「別にさ。わざわざ神同士のいざこざに巻き込まれる必要なお前には無い。神殺しなんて罪を背負う必要も無いし、この世から『死が消える』なんて重荷を抱え込む必要も無い」
黒い目を前に、ブレイルは息を呑んだ。理解出来た。フリバーが言いたいこと。
気にかけてくれたのだ。彼は。
神様になんて巻き込まれなくても良い。エルシューの無理難題を引き受けなくても良いのだと。
――ああ、でも。
無言になったブレイルを前に、フリバーは僅かに笑みを浮かべた。
「それにだ、別に殺さなくたって、改心させるだけで良いんじゃないか?」
「――かい、しん?」
「人の死を告げる。――コレを止めさせるって事だ」
無言のままの、ブレイルを前にフリバーは続ける。
ただ、少しだけ言い淀むように、口を開く。
「…出来るだけ、人前には姿を現さないように、説得する…。これが、一番だと、俺は思っている」
言葉を言い切ってから、フリバーは口を閉ざす。
“死”は恐らく、人を看取る存在。その人物がどんな理由であれ『寿命』を迎えた時『死を与える』。ただのそんな存在。恐ろしいのは十二分に分かる。
だから、出来る限り、彼女には人前に出ないでもらう事。コレが一番手っ取り早くて、犠牲も出な最善。――いや、犠牲は付く。紛れもなく、“死”と言う少女が犠牲者となる。
誰の前にも姿を現さないなんて、“彼女”の、自由を奪う事になるに等しいのだから。
それに、もしフリバーの仮説が正しいとしても、“彼女”がどのように人を看取るか、まだ完全には分からないからこそ、この『最善』は得策ではないと言うか、『最善』と言う見せかけでしかないが。
「でも、俺は出来るなら。もう一回、“死”に在ってみたいと思っている。俺のこれからの行動は“彼女”に在ってからだ」
これが、今フリバーが考えている事の全て。
今、彼が出来る精一杯の行動と考え。
彼の言葉を聞き、ブレイルは静かに口を閉ざして、何かを考えているようであった。
いや、ちがう。フリバーの考えを聞き、ブレイルは酷く何かに悩んでいる様子だ。
長い間、ようやくとブレイルは口を開いた。
「――俺には、まだ、分からない。だって、アイツは……アイツは………」
「別にいいさ。自分で考えろ。一ヶ月も此処に居れたんだ。納得できる答えを考えればいいさ。手を貸す、貸さないは置いておいて、俺は否定しない」
「………………」
無言のまま、俯くブレイルを前に。
フリバーは一息つくように、椅子に深く座り直す。
時計を見れば、もう10時を回っている。話過ぎたようだ。まだ、彼とは幾つか話したいことがあったのだが。今日はもう仕方が無い。
「今日はお開きにしよう。また、明日、そうだな、朝の10時に此処に来てくれ。話の続きをしよう」
「――まて!」
ブレイルが言葉を遮る。
フリバーはため息を付いた。
「わるいが、もう遅い。明日また……」
「ちがう、明日は………。俺の……リリーの家まで来て欲しい。――……パルに在って欲しいんだ」
ブレイルの言葉にフリバーは口を閉ざす。
彼の住居に行くと言う事は、父を“死”に殺されたリリーと言う少女の前で“死”の話をする事だ。それを拒み、わざわざこの宿に来たと言うのに。
だが、ブレイルの様子は、彼の表情は酷く真剣で切羽詰まった顔だった。
理解する。彼は何か、どうしても自分に見せたいものがあるのだと。見て欲しい物があると。
「――わかった。明日は俺がお前の所に行くよ」
少しの間を置き、フリバーは頷く。
ブレイルの表情が柔らかな物へと変わる。
理由は分からないが、ブレイルの言葉にしたがった方が良いと言う判断だった。
――……さて、これで、本当に今日の話は終わりだ。
最後の最後にフリバーはブレイルを見た。最後の確認をする。
「じゃ、そのリリー……ちゃん?その家の場所を教えてくれ」
これは当たり前の問いだ。
明日はリリーの家とやらに集まる。
だが、場所を知らなくては行こうにも行けない。聞いておく必要がある。
ただ、大まかな情報で良いのだ。フリバーには地図があるから。
何処の店の、どの近くとか。それぐらいで――。
「え………。あ、悪い」
椅子から立ち上がったブレイルが声を漏らす。
そのまま、何か悩むように、顎に手を添えて。
フリバーの問いに答えた。
「えー、大通りを出て……レストランを右曲がって、変なにおいの店がするところを曲がった先だ!」
「――」
聞き間違いかな?
フリバー、小さく咳払いをする。
「――……あれだ。その家の隣にでも良い。何か店でもなかったか?ソレで良い目印にする」
この問いに、何故かブレイルは酷く眉を顰めた。
ものすごく悩まし気だ。一分ほどか、顔を上げる
「ああ、あったぞ!……えー。雑貨屋だな!興味なかったから名前は知らない!」
「――……」
勿論と言うべきか、フリバーは無言となった。
僅かに冷や汗を流しながら、ブレイルを見る。
「お前、一ヶ月ここに、いたんだよな……?」
――それで、いつも住んで居る家の隣にある店の名前を知らないだと……?
理解が出来ずに、表情が引き攣る。
しかし、フリバーの様子に気が付く様子もないブレイルは笑顔だ。
先ほどの切羽詰まった状態から、抜け出したらしい。
悪ぶれる様子御なく、当然に答える。
「ああ!でも、レストランぐらいしか名前は覚えてないからな……!あ、ここの宿屋の飯は上手いから覚えていた!!でもそんなぐらいだよ、皆!別に困らないし」。
――……いや、何を言っているんだよ、お前。フリバーは無表情。
困惑して頭で、それでも冷静を装って、ああそうだ。
地図を見せればよいのかと、判断。鞄から地図を取り出そうとして。
「つーかさ。わざわざ毎回毎回地図広げている奴は頭でっかちだよなぁ。絶対根暗で、馬鹿で。柔軟な考えも出来ない奴が多いよな!!」
――……その発言に、完全に固まった。
『そ、それは禁句よ』




