二節フリバー・ライヘルド15
フリバーはため息を付く。
最初にそれはまだ話さないと言ったのにかかわらず。
いや、元から最後には“死”について話すつもりであったが。
それはもう少し後にしたかった。――それが本題であり、一番長い話になるのが分かっていたから。
しかしブレイルを見据えている。金色の瞳が真剣に真っすぐとこちらを見ていた。
――ブレイルからすれば、我慢の限界だったのだろう。
彼の目的は最初から“彼女”の話をしたかったからなのだから。それはフリバーも気づいていた。
言い争いになる可能性だってある。それも考えられたからこそ、フリバーはこの話を最後に持って行きたかったのだが、仕方がない。話を変えられる雰囲気でもないのは気が付いたからだ。フリバーは腕を組む。
「……何が言いたい?」
「何がって……!お前もエルシューに呼ばれたんだろ!あいつの申し出を受け入れたんだろ!コレからどうするつもりで、どうしたいんだよ!」
静かなフリバーに対して、ブレイルは声を荒げる。
ただ、その問いにフリバーは眉を顰めるしかない。
“死”をどうしたいか?コレからどうするつもりか?
そもそもと思う、それ以上より前に間違いがあると。
呆れたようにフリバーは訂正する。
「……言っておくが勇者様、お前はどうやらエルシューの誘いを引き受けてこっちにやって来たようだが、俺は無理やり連れて来られたんだ。お前と俺とじゃ目的は大きく違うよ。――俺の目的は最初から一つ、元の世界に戻る事だ」
「――!」
当然の様に答えたフリバーに、彼と自分の違いにブレイルは息を呑む。
どうやらブレイルは勘違いしたままにフリバーに話しかけてきたようだ。
あの後、エルシューは何の説明もしなかったのか、説明を待てずに追いかけて来たか知らないが。
そもそも、前提が二人は違うのだ。
様子を見るにブレイルはエルシューを助けるために、この世界に来ることに決めた。エルシューの話を聞いて賛同して協力することを決めた訳で、無理やり連れて来られたフリバーとは違い過ぎる。
「お前があのエルシューって言う奴にどう言われたか知らないが。なんと言うか、俺はお前と違ってそこまで『英雄』ってやつじゃない。さっきも言った通り、困っているからとか、相手が“死”だからと言って、神殺しとかしたく無い」
だから言い切る。先ほどもエルシューの前で宣言したが。
今は“死”を殺すとか考えてもいない。
「……………それは、分かっている」
ブレイルは苦虫を潰したような声で頷いた。
少しの間、何か悩むようにブレイルは顔を上げる。
「さっきの話、俺なりに理解したつもりだ」
「……………」
「……“死の女”。“死の神”はこの世界の死そのもので、アイツを消せばこの世界から死が消える。――それは混沌しか呼ばない。死者が完全にいなくなる世界。それが良い世界だとは俺も思っていない」
「――なんだ、意外と冷静なんだな」
ブレイルの言葉にフリバーは少しだけ驚く。
思っていた以上に彼は冷静に、そう言葉を紡いだのだ。神を殺すと言った男がだ。
それも“死”が無くなった世界に関しても思うところがある。少々わるいが、意外である。
――そんなの知らない、“死”は悪だ。倒す。
なんて、馬鹿げたことを言い出すんじゃないか……。心の何処かで、まだ案じていた。
だが、そこまで考えられているのなら、この先ブレイルが何を目指そうが、口出しもしない。
「……だから、でも、分かんねぇんだよ。俺からすれば、どう考えても“タナトス”は悪だ。倒すべき悪なんだ……。だけど――……」
目の前でブレイルが頭を抱える。苦悩に染まった顔で、唇を噛みしめて。
――きっと、彼は“死”を絶対的な悪として判断し、“彼女”を倒すべく日々を奔走していたんだろう。
だが、此処で新しい問題が発生した。
“死”を殺したら、消したら、この世界はどうなるか。――その、最悪な問題に。
フリバーはため息を付く。
彼は、アレだろう。ブレイルは勇者なのは確かだ。でも、「正解がない」問題に直面したことが無かった。巨悪と呼ばれる存在を倒して突き進んでいった勇者。対峙した者達は其れこそ皆悪党中の悪党だった。
でも、今回だけは違う。違うとフリバーが叩きつけてしまった。
「……お前は、この世界に来て一ヶ月、ずっと“死”だけを探していたのか?」
「……え、ああ」
フリバーの問いに、ブレイルは迷いなく答えた。
僅かに絶句する。
この男は本当に本気で一ヶ月もの間、この世界で“死”を倒そうと奔走していたのかと。
早く帰りたいと願ってばかりの自分とは大違いだ。
なぜ?――そう問おうとして止める。
彼は勇者だから、自分とは違う答えを見つけたのだと。判断する。
だから、出来る限りの助言を。悩む彼に、自分の考え付いた言葉を送る。
「――……お前は俺と目指すものが違う。俺は一刻も早く元の世界に帰りたい。でも、お前はこの世界を救いたいんだろ?」
「――……俺は……」
「だったらさ、悩めよ。これからは沢山悩め…。何が正しいか自分なりに考えて、自分が何を行動するか、考えて行動しろ。その結果、俺と違う決断になっても可笑しくもなんともない。俺は、その考えは否定しない」
フリバーの肯定とも、励ましとも呼べる言葉にブレイルは顔を上げた。
少しの間、ブレイルは何か言いたげに、しかしきつく唇を噛みしめるばかり。
「ちがう……俺は……」
何かを言いたげに、苦し気に声を漏らす。
その様子を見て、フリバーも頭を掻くしかない。
なんと言えばいいのか、アレか“死”は此処まで、この勇者の心を抉る様な行動を起こしたのか。
そして、必死に追っていた相手が、実は倒したら不味い存在であったとか、確かに受け入れるに受け入れがたいだろうが。
どのようにフォローすればいいのか。
「――お前から見てさ、“死”は悪か?善か?」
フリバーが悩んでいると、ブレイルが口を開く。
その問いに、フリバーは悩むように僅かに口を閉ざして、自身の考えを言葉にする。
「悪い悪くない。悪か善かっていえば。行動は悪だとは思っているよ。お前たちの話を聞いた限りのなるが。――特に死を告げる行為は悪質だ。死を看取るだけならいいが、死を告げるってのは死刑宣告と同じだからな。それも5分前とか発狂しても可笑しくない」
「――!だったら!!」
「俺の考えに縋るな。行動が悪なだけで、存在は悪だとは思っていない。善だとも思っていない」
はっきりとした答えに、ブレイルはまた無言になる。
その様子に、フリバーはまた頭を掻いて、何か悩んでから口を開く。
「――神なんてな。善も悪もないぞ?あいつらは自分勝手に動いているだけだ。エルシューだって同じだ。アイツは自分の都合で俺達を巻き込んだ」
僅かに笑みを浮かべて、フリバーは「神」に対しての苦言を零すのだ。
『悪か、善か』




