二節フリバー・ライヘルド11
――嗚呼、その言葉にブレイルは息が詰まったように、完全に言葉を失った。
考えてもいなかったのか、思いついてもいなかったのか。
嫌、考えたく無かったのか…。
フリバーはその様子に呆れた。そんな想像ぐらい思いついて良い物だろうに、と。
むしろ、だからこそ。この世界の“死”は絶対に『殺せない存在である』という可能性に――。
ただ、その勇者の様子を見て少なくとも安堵もする。
この勇者は馬鹿だ。感情だけで後先考えずに動き、考えが至らない馬鹿――。
しかし、ただ己の感情だけで行動を続ける愚か者でもない。
――直情型であるが、『最悪』を想定できない程じゃない。
――……“死”と呼ばれる少女は間違いなく、この世界の唯一の『死そのもの』なのだ。
それが無くなると言う事は世界から“死”が無くなる。つまり『死が無くなる』と言う事。
死が無くなった世界。その先に待つのは間違いなく混沌だ――。
だからフリバーは“死”を殺すという事は考えたくも無い。
そして、たった今、ブレイルも、その事実に気が付いた。
「――てことだ、エルシュー。俺は少なくとも“死”は殺せない。あの死の嬢ちゃんを殺した結果、この世界にかつてない混沌が広がりました、とか俺一人抱えられることじゃない。けど、どうせ神様の事だ。あの死の嬢ちゃんをどうにかするまでは帰してくれないんだろ?」
「それは…うん…」
黙り込んでしまったブレイルから視線を外して、フリバーはエルシューに視線を戻した。
フリバーの言葉にエルシューは素直に頷く。
ああ、でもきっと、それも仕方がない事だ。
この世界に住む者にとって、具現化した“死”なんて、どうしようも無い。何よりもの恐怖で悪であり、なんとかしたい存在であるのは違いないのだから。
そこに人間とか、神様とか関係ないだろう。
特に“生命”は“死”と言う存在を認めたくないに決まっている。
自分が想像したモノを殺していく存在など――。
「お前は生命の神でいいんだよな?本にはお前がいるから命が芽吹く。新しい命が生まれて、次世代へと未来が続いていく。そう書かれていたが、お前の能力はそれでいいのか?それ以上は無理なのか?」
「う、うん。そうだよ…それぐらいしか出来ないけど…」
「原初の本の事は全部正しいんだな。お前は“死”には勝てない。そして、他の神も“死”には敵わない。――これれいいのか?」
「…うん」
フリバーの問いに、エルシューは俯きながらも肯定した。
その様子に、この“神”に対して、フリバーは呆れと怒りしか湧かない。
エルシューは“生命の神”。
命を増やして、次世代へのバトンを繋ぐ神。
でも、それしか出来ない。
『命を芽吹かせる神であるからこそ、誰かの命は奪う事が出来ない』
『死を与える事しか出来ない』
“死”とは対極の存在。
この“世界”で、不老不死の存在であり。絶対的な力を持ち永遠とされる、原初の神の二柱。
それが“生命”と“死”――。
そう。あの「原初の神」と言う本にはそう記されていた。
この“世界”には、他の“神”も存在するのであろうが。
“彼ら”は“死”には敵わない。“死”の力の前では足元にも及ばない。――これが真実だ。
だから、どうしようもなく『異世界人』に縋った。
“神様”が敵わないから、思いついたのが、他人を巻き込むことだった。
くだらない――
“生命”だから“死”を殺す事が出来ない?対抗手段が無いから縋るしかなかった?
だから、なんだと言うのだ。
つまり結局、自分達が困ったから、どうしようも出来ないことを理由に、
“世界”から“死”が消え去るかもしれない罪を、フリバー達に押し付けようとしているのだ。それだけだ。
コレだけで十分、あまりに身勝手で、ふざけるな、の一言でしかない。
それでも怒りを抑えて、フリバーはエルシューに、もう一つ、最後に重大な問いかけを送る。
「じゃあ、“生命の神様”。なんでお前は其処まで“死”を殺したいんだ?」
「そ、それは…。――それは“街”の皆がソレを求むからだ!死にたくないって!“彼女”が怖いって、助けて欲しいって願うからだ!僕は“生命”として苦しむ彼らを見たくない!」
エルシューの口から出た、絞り出すような、ほんね。
その答えに、フリバーは苦虫を噛み潰したような顔をするしか出来なかった。
ああ、確かに。“生命の神”としては苦しいだろう。
自分が生みだした愛すべき人間たちが、死んでいく姿は。
――でも、ただ。ただ、ソレだけの理由で、最悪な罪を此方に押し付けていい理由になる筈がない。
「――ふざけるな!“街”の皆が望むから!?そんなくだらない事で俺を巻き込むな!!」
もう我慢の限界だ。
フリバーは怒りに任せて、問答無用にエルシューの胸蔵を掴む。
“神”には怒りを向けない。そう決めていたが、コレばかりは我慢できなかった。
無理難題中のでも『最悪』を押し付ける上に、この“神”はその後の事を全く考え切れていないのだ。
「なんだ!お前が造った人間たちにでも助けを求められたのか!?『助けて』『怖い』『“死”を殺して』。それが不憫になって“死”を殺すことにしたのか!?その後の事を考えたか!死が居なくなったその後の世界の事だ!!少しでも考えているのか!?」
掴みかかるフリバーにエルシューは何も言わなかった。
ただ俯いて目を逸らすばかり。
その表情は嫌でも理解出来た。
「死が居なくなった世界……。その後の世界等考えてもいなかった」
――と。
その表情を見て、怒りすら遠く飛んでいくのが分かる。
もう、話にもならない。この“神”には頼る気にもならない。
そもそも考えなしに手あたり次第人を巻き込む“神”だ。人の話なんて全く聞かずに自分の都合を押し通す様な存在だ。こんな奴に手を貸して、元の世界に戻してもらおうと考えるのが馬鹿馬鹿しい。
それが愚行だとしても、フリバーには我慢が出来なかった。
フリバーは舌打ちを繰り出すと、エルシューを突き放す。
「――……馬鹿馬鹿しい!なにが“生命の神”だ!!」
今、目の前の恐怖を取り払おことだけを考え。
その後の未来の事を考えていない存在。それを、神とは呼びたくも無い。
フリバーは怒りのままに、怒号を向ける。
自分自身で、たった今決めた判断を。自信の答えを目の前の自称神にぶつける
「俺は絶対にお前の頼みは聞かない!“死”は殺さない!!――……どうしても“死”を殺したけりゃ、そこの勇者にでも他の馬鹿なお人よしにでも頼むんだな!!俺は勝手に元の世界の帰り方を探させてもらう!」
いままで冷静を装っていたが、これ以上は会話をするのも馬鹿馬鹿しい。
感情のままに、フリバーはエルシューに背を向ける。これ以上の会話は無駄であると、出口へ。
うしろから「待って」だとか声がしたけど無視をする。
もう会話は此処までだ。
こんなくだらない事に付き合っている暇はない。
そう、ただ怒りのままに、それが愚行だと気が付きながらも、フリバーは謁見場を後にした――。
残ったのは静まり返る、エルシューとブレイルだ。
うつむいたまま、エルシューは何も言わない。
それはブレイルも同じであった。
ただ黙って、何かを考える様に、フリバーが去っていた場所を呆然と見つめていたのである……。
『ソレが、”神”を殺すと言うもの』




