二節フリバー・ライヘルド10
フリバーの言葉にブレイルと、そしてエルシューは驚くしかなかった。
特にエルシューの驚きようは大きかった。
何せフリバーには自身の目的を話さないままに異世界に連れて来たのだから、彼が既に自分の目的を把握していたことに驚愕するしかなかったのだ。
「――違ったか?それがお前の助けて欲しい事じゃないのか?」
「い、いや、そうだよ…。そ、そうだけど何でもう知って…」
冷静に問いただすフリバーにエルシューは慌てふためく。
フリバーからすれば予想通りの反応だが。
というか、出来れば否定して欲しかったのだが。「やっぱりそうか」と諦めて口を開く。
「ここ二日間で色々調べた。まず、『原初の本』を見る機会があってな。そこに“死”ついて書かれていた」
「!」
「誰にも殺せない”死の神”。『彼女がいるから死がある』何よりも恐ろしい”神様”。街の住人にも聞いてみたが、彼女の情報だけは怯えて頑なに、誰も教えてくれなかった。正に生命の神が毛嫌いするような存在じゃないか?」
「…………」
エルシューは口を閉ざす。
否定しないと言う事は、やはり事実らしい。
次にフリバーはブレイルを指差す。
「――で、お前な」
「!」
「さっき凄い形相で”死の嬢ちゃん”について食いついて来ただろう。まるで親の仇でも探している顔だったぞ。そこに『異世界人で、同じ目的で呼ばれた』――そう言われたら予想は付く。――『自分は”死”を倒すために呼ばれたんだ』…ってな。」
フリバーは呆れたように小さな笑みを浮かべた。
もっと言えば、あえて「殺す」と表現をしたのだが、ブレイルは兎も角。エルシューは言い返さなかった。
つまり、『ソレ』がエルシューの助けて欲しい事。
――全く冗談じゃない。
フリバーは心から拒絶した。
「――馬鹿か。神殺しの上にもっと恐ろしい罪を俺に押し付けるな。というか、”死”を殺せとか馬鹿げている。だから俺は“神”殺しなんてやらない。これが答えだ」
迷いない言葉が容赦なく発せられる。
エルシューは何も言わない。目を伏せ黙るばかり。
フリバーの言葉に、誰よりも先に反応を示したのはブレイルの方であった。
「ふざけるな!!!」
そう叫び、怒りを露にしてフリバーを睨みつける。
「お前はやっぱり何もわかってない!ここ2日って言ったな!最近この世界に来て、簡単な情報を手に入れただけじゃないか!この世界の“死”が、どれだけ凶悪かお前はまだ分かってない!それとも少し親切にされたか!?だから“死”は倒せないと!?」
「――」
ブレイルの言葉にフリバーは何も言わなかった。
正直、そこの無能な“生命の神”よりは世話になった。なんて心で少しだけ小馬鹿にしたが、それも飲み込み、黙ってブレイルを見る。
少なくとも、彼は自分より先にこの世界にやって来て、“死”と何かがあった。それは間違いないだろう。
ここまで一人の人間を怒りに染め上げる事を“死”はした。“彼女”はこの”世界”の住人が何より恐れる存在。
その上で、フリバーは静かに首を横に振るのだ。
「“死”が凶悪かどうかは知らねぇよ。恐ろしいものってのは、まぁ理解できる。――その上で殺すことは出来ないって判断したまでだ。そもそも……」
「そんなのは――!!」
「はぁ。お前人の話聞かないな。……おいエルシュー」
激情するブレイルを呆れた視線を送り、フリバーはエルシューに静かに問いただす。
それは確信にもとれる一言――。
「そもそも、“死”ってのは…、“死の神”は殺せるのか?」。
「――それは……!」
フリバーの言葉にエルシューは更に俯き目を逸らす。
その反応だけでフリバーには十分だった。
コレはあの「絵本」にも書かれていた決定的な事実だ。
「――殺せる!」
だが、その言葉に言い返してきたのは、ブレイルであった。
彼は“神”について情報を持っていたから。
この世界の神は不老だ。しかし、不老であるだけ。不死ではない。
「この世界の“神”は、不老であるが、エルシューを除いて不死じゃない!!だったら、“死”だって同じだ!“死”は殺せる!」
ブレイルはありったけの声で叫ぶ。
感情のままに動いているのか、エルシューの様子に気が付いていない。
フリバーは息を付く。肩で息をする、ブレイルを見据え、冷静に言葉を発する。
「――……お前、原初の神を知らないのか?」
「――……!?知ってる!だから、其処のエルシュー、“生命”だろう!」
問いにエルシューを指差すブレイル。
フリバーは眉を顰めた。
そして、決定的な事実を続ける。
「違う。原初の神は二神いる。原初の神が不老不死であるなら。その存在はもう一人いるんだよ」
「――はあ……!?」
理解できないと言う表情のブレイル。何かを求めるように、フリバーはエルシューを見た。
まるで、お前の責任だ。お前から言え。と、言わんばかりに。
エルシューは僅かに顔を曇らせる。
だが、それも僅か。決定的な言葉を、ブレイルに浴びせる――。
「……フリバー君の言う通りだよ……。原初の神は二人いる。不老不死と言う存在。それは僕の他に、もう一人、いる」
「――……え」
“神”から、肯定されたのだ。ブレイルも、その言葉に固まるしかない。
エルシューは続ける。
「――……分かるよね。ブレイル君……。なんたって、僕が勝てない相手だ。勝てないからこそ、僕は君を呼んだんだから――」
それは、余りにも、十二分すぎる。発言。
ブレイルの表情が固まる。
皆まで言わずとも、此処まで言われれば、気が付く筈だ。
フリバーは2人の様子を見て、ため息を付く。
あの本は、全て事実であったことが証明されたからこそ、溜息。
――……嗚呼、そう。
エルシューは”死”を殺したい。
しかしだ。
その“死の神”には「死」というものが存在しない。
そんな、誰にも殺せない、完全な不死の存在。――それがこの世界の“死の神”。
不老不死と呼ばれる原初の神の一柱。
それが、“死の神”だ。
◇
フリバーは、大きく息を付く。
推測が、完全に確定された。それを踏まえて思う
あまりに馬鹿馬鹿しい矛盾だ。本当に馬鹿げている。
“死”を、不老不死と呼ばれる、その存在を殺してくれなど。
海の水を一滴残らず全て無くしてくださいと言われているものだ。
そして、フリバーの推測が正しければ、“死”は――……
「だからなんだ!!」
だが、そこでブレイルは再び声を荒げた。
荒い息で、興奮した様子で、怒りに染め切った顔で、続ける。
「そんなものは関係ない。殺すことができないなら。消せばいい!この世界から追放すでもすればいい!!あんな存在は居なくならなければいけないんだ!!」
彼の言葉が、ただこの場に響き渡る。
きっと、ブレイルですら自身の言っていることは理解できてないはずだ。
殺せない。殺す方法が無い。なら消せばいい。世界から追放すればいい。
冷静になれば、それらは全て方法が無い。手段が無い。
なのに、ブレイルは出来るはずもない無茶苦茶な言葉をただ感情のままに並べ立てている。
それでも、叫ぶ。
「――……俺は、神を殺す覚悟はもう出来ている!!あいつは、許しちゃいけないんだ!!」
ひたすらに、思いの丈を。自信の決意を。
ブレイルは我慢できなかったのだ。
あの“死”の存在が。
あの日。一ヶ月も前。目の前で行われた惨劇。
「“あいつ”は自分の思うままに死を告げて人を恐怖に叩き落すんだぞ!意味も無く、いきなり目の前に現れて『お前は後5分で死ぬ』って告げて、その間恐怖におびえる姿を楽しんで見ているような奴だ!」
「………」
「目の前で人間が刺し殺されようが、血まみれで苦しもうが助けようともしない!そんな奴の何処が神だって言うんだ!!」
ブレイルは叫ぶ。あの日。“死”がブレイルの目の前に現れたあの日。
最後の瞬間まで、死と言う未知の恐怖の中で苦しみながら死んでいった人間の姿が、今でも目に焼き付いて離れない。
大切な人を奪われ泣き崩れる人の姿が忘れられない。
だから、ブレイルは叫ぶ。感情のままに。それが正しいかは分からないままに、
あの存在は居てはいけないのだと。
声を振り上げ、声がかれるまで、感情のままにフリバーにぶつけるのだ。
そんな話を、フリバーは黙って聞いていた。
確かに、話を聞く限り恐ろしい存在だ。想像以上だ。むしろ存在と言うより「行為」が恐ろしい。
正直言えば。二日前に会った”少女”はそんな事をするような子には見えなかったが、ブレイルの形相から、彼が見て体験したことは事実なのは違いない。
全てを叫び終えて肩で息をする。ブレイルに、フリバーは少し間を取って口を開いた。
「確かにそれは恐ろしいな。…それは死刑宣告も良いところだ」
“死”自らの死の宣告。
それは正に死刑宣告だろう。
…そして、その話を聞いてフリバーの“死”に対しての推測はより鮮明になった。
「だろう!だからあいつは――」
「――だが、それは“死”の役割だったんじゃないのか?」
「………は?」
フリバーの思いがけない発言にブレイルは声を漏らす。
この男、目の前のフリバーが言った事が理解できない。
ブレイルは目を吊り上げる。
「役割ってなんだよ!人殺しが仕事だって言いたいのか!!」
「違う。『人間の死を告げる』コレが“死”の仕事じゃないのかって言っているんだ」
「は、何を言って……!」
理解できないと言う顔をするブレイルにフリバーは小さく息を付く。
小さく息をついて、考え付いた「この世界の死の存在」を口にした――。
「――この“世界”では『死の運命』が決まっていて。“死”はその日、その時、死ぬべき人間の前に現れるのが役割なんじゃないかって事だ。――つまりさ、その子はただ『寿命』を告げに来ただけじゃないのか」
「――な……ぁ」
フリバーの発言に、彼の推察に、ブレイルは言葉を失った。
フリバーは確認するようにエルシューに視線を送る。
「エルシュー、確認したい。俺の考えは当たっているか」
「……そ、それは」
フリバーの問いにエルシューは目を逸らした。それは肯定にも近い態度。
少しして、溜息と共にフリバーは質問を変える。
「ならエルシュー。この“世界”の“死の神”とは一体どういう存在だ」
この問いに、僅かの間。
隠す事なんて出来やしない。
だって、フリバーは原初の本を見た。
その目は、もう確信に染まっている。
――……だから、エルシューは漸く口を開く。
「――“死”……。彼女はこの“世界”の『死そのもの』だ、よ……。原初の本を見たと言ったね。――……あの通り、だ」
嗚呼、それは最悪なほどに十分すぎる答えだ。
フリバーはもう一つ質問をエルシューに投げかける。
「じゃあ、この世界の“神”は、そう言う存在なんだな。絵本の通り。『彼女が居るから死がある』これは正しいと言う事だ」
「……う、うん」
隠せない。素直に頷く。
フリバーは僅かに目を細め、溜息。
最後の質問を繰り出した。
「――エルシュー、もう一つ質問だ。”死の神”は複数存在するのか?」
「そ、そんなのいないよ。”彼女”はこの世界で『たった一つの悪』だもの」
エルシューの言葉を聞いて、やはりとフリバーは目を閉じる。
ブレイルの言葉を聞いた。”死”の情報を知った。
確かに、この世界の“死”と言うものは恐ろしい存在なのだろう。おぞましい物なのだろう。
いや。この“世界”に限らず「死」は、どんな世界でも何より恐ろしい物だ。それが具現化され、自我を持ったとすれば、これほど恐ろしい物は無いだろう。
なにせ、 “彼女”が目の前に現れれば、それは自身の「死」であるのだから……。
でも、それは、逃れられない、自身の『運命』だ。
だからこそ。フリバーは”死”を殺すことは出来ない。
フリバーは静かにブレイルを見る。
「だ、そうだ。聞いたな、勇者。お前の覚悟は分かったよ。でも、もう少し考えろ」
「――……はぁ!?」
まだ、理解できていないのか。理解したくないのか。
フリバーは息を付く。首を横に振る。
「聞いただろ…つまりだ。あの”死の嬢ちゃん”は、この“世界”で唯一の『死そのものだ』――だから、少なくとも殺せる手段があっても、俺は殺せない…そこまでの重荷は背負えない」
「!?――“だから”?だからってなんだよ!そんなことは分かってるよ!あいつは“死”だ!この世界の『死そのもの』だろう!?何が重荷だ!そこまで理解しているんだったら――」
フリバーの言葉に我に返ったブレイルが再び吠える。
その様子にフリバーはもう一度ため息。分かっていて、その恐ろしさに目を逸らしているのかと。
だから、最後の、決定的な事実を浴びせる――。
「――――……おまえ、あの嬢ちゃんが居なくなれば、この世界から“死”が無くなる可能性があるんだぞ。それ、分かって言っているんだよな?」
冷徹な声が響き渡った。
『ソレを真実として、彼は何を思うのかしら』




